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第5話:世界のバグと、デバッグの代償


「……いい、カズキ。よく聞いて」


爆炎の谷へと続く道中、アイリス(零式)は珍しく真剣な表情で歩を止めた。ポテトチップスの袋も今は閉じられている。


「この世界は、本来なら厳密な物理法則と魔導理論の『プログラム』で動いているの。でも、何らかの原因で外部から余計なデータ……つまり君みたいな異物が混入したり、私の計算ミスが重なったりして、理論値と現実に『誤差』が出始めた。それが、私たちが呼んでいる**『世界のバグ』**よ」


カズキは関数電卓を弄りながら、眉をひそめた。 「バグか。ソフトウェアエンジニアなら吐き気がする言葉だな。で、そのバグが起きるとどうなる?」


「物理法則が崩壊するわ。重力定数が場所によって変わったり、熱力学の第二法則が無視されたり……。さっきの『コンロの聖火』も、本来はただのガス火であるべき場所で魔力が異常増幅したバグの一種。あのまま放置すれば、いつか熱暴走して聖都ごと消し飛ばしてたわね」


カズキの背中に冷たいものが走った。自分が「接点を直した」だけだと思っていた行為が、実は爆発寸前のシステムを止めていたのだ。


「そして、ここからが本題。……カズキ、君はこの世界の住人と違って、**『法則が変わる前の数式』**を唯一持っている存在なの」


「数式……? ああ、大学で習った物理や工学のことか」


「そう。この世界の住人は、バグった現実を『魔法』や『奇跡』として受け入れちゃう。でも君は『おかしい、計算が合わない』と違和感を抱き、元の正しい法則に当てはめて修正しようとする。君が何かを『修理』したり『計算』したりするたびに、その周囲のバグが上書きされて、正常なコードに書き換わっていくのよ」


アイリスはカズキの持つ関数電卓を指差した。


「君がバグを直せば直すほど、その対価として『帰還エネルギー』が私のシステムに溜まる。それが満タンになれば、君を元の世界の……ええと、月曜の試験会場だっけ? そこに送り返せるわ」


カズキの目が、かつてないほど鋭く輝いた。


「……つまり、この世界の不合理な現象を、僕の工学知識で片っ端から論破して直していけば、単位に間に合うってことだな?」


「え、ええ。理屈としてはそうなるけど……」


「よし、話は決まった。デバッグは工学部生の日常だ。アイリス、次のエラーログはどこだ? 効率重視で回るぞ。一秒でも早く、この不規則な世界からおさらばしてやる」


やる気(と単位への執着)に燃えるカズキの前に、最初の「大規模エラー」が姿を現した。 それは、アイリスが言っていた「爆炎の谷」の入り口。本来なら上昇気流が発生するはずの谷底で、なぜか「下向きの重力」が通常の3倍に増幅され、あらゆる飛行物体を叩き落とす**『重力加速のバグ領域』**だった。


「……計算が合わんな。あそこの落体運動、空気抵抗を無視しても自由落下の速度が速すぎる。アイリス、あそこに溜まってるエネルギーはどれくらいだ?」


「かなりのものよ。でも、不用意に近づけば君も地面のシミになるわ……」


「ふん。重力が3倍なら、3倍の浮力か、あるいは3倍の反発係数を用意すればいいだけだ。……おい、さっきからこっちを見てるあいつを使わせろ」


カズキが指差した先。 重力異常に巻き込まれ、重すぎる杖を杖とも思わず「地面に突き刺して必死に耐えている」一人の少女——アリスがいた。


「あわわわ……! なによこれ! 身体が地面に吸い込まれるぅ! 詠唱……詠唱しなきゃ……『浮け、私! 浮けってば!』」


「……あんな壊滅的な呪文(構文エラー)を使ってるから、バグが悪化するんだ」


カズキはカバンから「ガムテープ」と「計算尺」を取り出し、不敵に笑った。 「アイリス、見てろ。工学的アプローチによる、世界最速のデバッグを見せてやる

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