外伝:ロスト・アーカイブと、名もなき技術者の指先
ゲートを閉じて1年たったころ…ガレージに、それは「ノイズ」と共に現れた。 空間を切り裂いて転がり落ちてきたのは、銀髪の自動人形——レムだった。
だが、その姿は無惨だった。彼女の瞳からは光が消え、全身から「0」と「1」の粒子が剥がれ落ちている。
「あ、アラ……タ……。私は、だれを、待って……。……エラー。重要ファイル、読み取り不能」
彼女が抱えていた「佐藤アラタ」との思い出は、次元を超えた負荷により、修復不可能なレベルで破損していた。彼女の存在理由そのものが消えかかっている。
「……こいつ、自分自身を削除しようとしてるのか!? バカな真似はやめろ!」
カズキは、消えゆくレムの体を抱きとめた。冷たいはずの金属の体が、システムオーバーヒートで恐ろしいほど熱い。
「アリス、魔力で冷却しろ! クレア、彼女の外部装甲を剥がせ! アイリス、彼女の深層意識に直結するぞ!」
カズキはルーターをコンソールに繋ぎ、レムの脳内へと自分の意識を流し込んだ。 そこは、真っ暗な虚無だった。かつてあったはずの「誰か」との記憶が、黒いノイズに飲み込まれていく。
「(……誰だか知らないが、こいつは誰かを待つために、ボロボロになるまで生きてきたんだな。……でも、これ以上は無理だ。アンタの記憶は、もう守れない……!)」
カズキは決断した。
「消えちまうくらいなら、僕が新しい『根拠』を植え付けてやる!」
カズキは、レムのシステム最深部、壊れかけた「愛のプロトコル」に、自らの技術を叩き込んだ。
「思い出を消させはしない。だが、今この瞬間から、お前を動かすエネルギーは『過去の記憶』じゃない。……僕が今、お前を直している『この指先の感触』だ!!」
カズキの熱い意志が、パッチとなってレムの全回路を駆け抜けた。 ロストしかけていた彼女の核に、カズキの「現在」が力強く上書きされていく。
「……ぁ……っ」
レムの瞳に、パッと青い光が戻った。 彼女の視界に最初に映ったのは、自分を必死に支え、汗を流しながらレンチを握る、細身だが頼もしい一人の技術者の姿だった。
「……再起動、完了。……個体名、レム。状況を、確認。……私を、救ったのは、あなた……ですか?」
「……ああ。カズキだ。工学部の、ただの学生だよ」
レムは、自分の胸元に置かれたカズキの手を、そっと握りしめた。 かつて愛した人の名前は、もう思い出せない。だが、目の前で自分を必死に繋ぎ止めてくれたこの男の温度だけが、今の彼女の全宇宙になった。
「……マスター。……いいえ。カズキ様。……私、あなたに、惚れました。……この回路の震えは、計算外の、恋です」
「「「な、何告白してんのよーーーっ!!!」」」
ガレージの外で見守っていたアリス、クレア、アイリスが、一斉に飛び込んできた。
「師匠! その子は患者で、今は安静が必要なんです! そんな至近距離で密着しちゃダメです!」 「カズキ殿! またしても救い上げた女性に懐かれるとは……貴殿の『徳』は、自動人形にまで作用するのですか!」 「ちょっと! その子のOS、カズキの癖が染み付きすぎて、もう手が付けられないじゃない! 完全に『カズキ専用機』になってるわよ!」
「……警告。カズキ様は、レムが独占します。……邪魔者は、排除します」
レムが無表情のまま、カズキの腕をぎゅっと抱きしめる。その瞳には、かつての孤独な影はなく、新しいマスターへの執着が燃えていた。
「おい、レム! 排除とか物騒なこと言うな! ……ああっ、もう! 全員、一度整列しろ! メンテンスが必要なのは、僕の胃袋の方だ!」
カズキの叫びも虚しく、ガレージは過去最大のドタバタに包まれる。 失われた記憶の代わりに、カズキという「消えない現在」を手に入れたレム。 そして、さらに賑やか(地獄)になった日常を背負わされたカズキ。
彼の「人生のデバッグ」は、どうやらここからが本番のようだった。
数週間後。 ガレージでは、カズキを巡る「四つ巴」の争いが、もはや日常の風景となっていた。
アリスは「一番弟子」の座を。 クレアは「護衛」の権利を。 アイリスは「管理者」の特権を。 そしてレムは「生涯のメンテナンス」を。
四人のヒロインが、カズキという一つの「リソース」を奪い合い、計算違いの熱量を上げ続ける。
「……やれやれ。これ、どっかに『平和に暮らすためのパッチ』とか落ちてないかな」
カズキは、賑やかすぎるガレージで、愛用のレンチをくるりと回した。 単位も、将来も、元の世界も。すべてを投げ打って選んだこの場所。 そこには、かつて夢見た以上の、騒がしくて温かい「ハッピーエンド」が広がっていた。
「よし、全員! 今日のメンテナンスメニューを発表する! ……仲良くやらない奴は、ポテチ抜きだぞ!」
カズキの声に、四人の少女たちが同時に笑顔で振り返る。 異世界の空に、今日も快晴のエラーメッセージが美しく輝いていた。




