最終話:仕様変更(ハッピーエンド)は日常の中に
ゲートを永久封鎖してから数週間。 カズキのガレージは、相変わらず……いや、以前にも増して騒がしかった。
「師匠! 師匠ーッ! 杖の先端から、なんかピンクのハート型の煙が出るようになっちゃいました! これもバグですよね? すぐに『密着メンテナンス』が必要な緊急事態ですよね!?」
アリスが顔を真っ赤にして、煙を吐く杖を突き出してくる。カズキはコンソールを叩きながら、細身の体を器用にひねってそれをかわした。
「アリス、それはバグじゃない。お前の感情出力が、増幅回路の許容値を超えてるだけだ。自己抑制パッチ(深呼吸)を当ててろ!」
「そんな! 師匠の冷たい態度こそ、再起動が必要なフリーズ状態ですぅ!」
そこへ、重厚な金属音を響かせてクレアが踏み込んできた。
「カズキ殿! 報告です! 貴殿が調整してくださったこの鎧……心拍数が上がると、勝手に各部のボルトが緩み、着脱しやすい『リラックス・モード』に移行する不具合が発生しています! 今すぐ、貴殿の手で締め直していただきたい!」
「……クレア、それ絶対自分でわざと緩めてるだろ。というか、そのモードを設計した覚えはないぞ!」
「いいえ、これは『愛の共振』による物理現象です。さあ、遠慮なく……!」
二人のヒロインに左右から詰め寄られ、カズキはガレージの壁際まで追い詰められる。細身ながらも引き締まった彼の腕は、今や機材の修理だけでなく、ヒロインたちの「突進」を押し留めるための防御力も試されていた。
「ちょっと、あんたたち! 私のガレージで勝手に演算リソース(カズキ)を独占しないでよ!」
天井のモニターからアイリスが身を乗り出す。彼女の口元にはポテチの粉がついている。
「カズキ、こっちのメインサーバーも深刻なエラーよ! 『管理者の孤独レベル』が急上昇して、システムが停止しそうなの。解消するには……そうね、あんたと一緒に新作のポテチを実食レビューする『対面デバッグ』が必要だわ!」
「アイリスさん、それただのおやつタイムですよね!?」
「ずるいです、アイリスさんだけ管理者権限使うなんて!」
アリス、クレア、アイリス。 性格も種族も、そして「バグの傾向」もバラバラな三人。だが、彼女たちがカズキに向ける眼差しだけは、一点の曇りもなく共通していた。
「……はぁ。どいつもこいつも、仕様書にない挙動ばっかりしやがって」
カズキは、腰に差した愛用のレンチを軽く叩き、呆れたように笑った。 かつては「単位」と「帰還」のことばかり考えていた。だが今の彼にとって、この予測不能なカオスこそが、守るべき「最高のシステム」だ。
「よし、分かった! 全員、順番にデバッグしてやる。まずはアリスの感情制御、次にクレアのボルト締め、最後にアイリスとポテチだ。……文句はないな?」
「「「はいっ!!」」」
三人の元気な返声が、ガレージの屋根を突き抜けて異世界の青空へと響き渡る。
カズキは軍手をはめ直し、コンソールに向き直った。 この世界のバグは、まだ尽きない。彼女たちの愛も、きっと一生治ることはないだろう。
だが、エンジニアとして、そしてこの世界の住人として、彼はこれからも立ち向かい続ける。 手に馴染んだレンチと、騒がしくも愛おしい「家族」と共に。
「さて……今日のメンテナンスを、始めようか!」
カズキが力強く宣言した瞬間、ガレージの外では、アリスの魔法の暴走で「ポテチ味の虹」が架かった。 異世界の空は、今日も驚くほど、正常で美しい。




