第44話:ハッピーエンド・メンテナンス
ゲートが砕け散り、静寂が戻ったガレージ。 足元には、完全に沈黙した黒焦げのルーターが転がっている。
カズキは、はだけた作業着を整え、少しだけ煤けた顔で立ち上がった。
「……さて。これで本当に、僕はこの世界の『常駐プログラム』だ。もう、アップデートの配信(助け)は来ないぞ」
そう言って笑うカズキに、まずアリスが顔を真っ赤にして詰め寄った。
「師匠! さっきの『人生最大の留年』って……つまり、私が死ぬまで卒業させない、って意味でいいんですよね!?」
「え、いや、それは工学的な比喩で……」
「認めません! 師匠はもう、私の『永久専属教師』です!」
アリスがカズキの腕に抱きつくと、反対側からクレアが彼の肩をがっしりと支えた。
「カズキ殿。退路を断った貴殿の覚悟、感銘を受けました。これからは『異世界騎士団長』の座など捨て、私は貴殿を守る一枚の装甲となりましょう。……まずは、その……先ほどの抱擁の続きを……」
「クレアさん、職務権限の乱用ですよ!」
二人がカズキを左右から引っ張り合う中、アイリスがポテチの袋を放り投げ、カズキの目の前に立った。
「……ま、せいぜい頑張りなさいよ、新人。この世界はバグだらけ。あんたが直さないと、明日にも空がジャガイモ味になるかもしれないんだから」
アイリスはそう毒づきながらも、そっとカズキの頬に手を触れた。
「……ありがとう、カズキ。残ってくれて」
カズキは、三人の温もりを感じながら、改めてガレージを見渡した。 油の匂い、魔力の残光、そして自分が直してきた数々の機材。 地球の大学で「単位」のために机にかじりついていた頃よりも、今、自分の手にあるレンチはずっと重く、そして誇らしい。
「ああ。……まずは、この壊れたルーターの部品を流用して、村の通信網を再構築しよう。それからクレアの鎧の定期検診、アリスの杖の感能検査……やることは山積みだ」
カズキは、棚から使い古した油差しと、新しい軍手を取り出した。 もう「異邦人」ではない。彼はこの世界の、かけがえのない「エンジニア」なのだ。
「よし、全員配置につけ! メンテナンスを開始する!」
カズキの声がガレージに響く。 アリスが魔法の火を灯し、クレアが重い機材を運び、アイリスがシステムのログを読み上げる。
窓の外には、カズキが守り抜いた異世界の広大な景色が、夕日に照らされて輝いていた。 そこにはもう、ゲートのノイズも、不吉なエラーメッセージもない。
ただ、若き技術者と、彼を愛する少女たちが紡ぐ、 終わることのない「仕様変更」の日常が続いていく。
「……さて。今日のデバッグも、楽しくなりそうだ」
カズキは愛用のレンチを握り直し、最高の笑顔で、新しい世界の第一歩を踏み出した。




