第37話:偽装の緩み(ルーズ)と、重なるメンテナンス
「……おかしい。計算が合わない」
ガレージにて、カズキはクレアの膝当てを手に取り、眉間にシワを寄せていた。 先日、街を救った「巨大レンチの一撃」のあと、クレアの鎧は完璧に調整されたはずだった。構造の黄金比、魔力伝達率、どれをとっても「今後10年は整備不要」なはずの代物だ。
だが、ここ数日、クレアは毎日「カズキ殿、なんだかここのネジが……」と、頬を染めながらやってくるのだ。
「クレア、このボルト、昨日の夜に僕が15ニュートンメートルで締め付けたはずなんだけど……。なんで今、指で回るほど緩んでるんだ?」
「そ、それは……やはり、私の騎士としての闘気が凄まじすぎて、物理法則が悲鳴を上げているのではないかと……!」
クレアは目を泳がせ、必死に言い訳をする。
(……本当は、昨夜自分でこっそり緩めましたとは、死んでも言えません!)
彼女にとって、カズキが自分の鎧のすぐ近くで息を詰め、真剣な顔でボルトを締めてくれる時間は、もはや中毒的な至福の時となっていたのだ。
「ふむ、闘気による振動……つまり『超高周波の共振』か。これは興味深い。もっと強力なネジロック剤を開発しないとな」
カズキが研究ノートを広げたその時、背後から猛烈な「冷気(殺気)」が漂ってきた。
「師匠。……クレアさんのメンテナンス、長すぎませんか?」
アリスが、自分の魔導杖を引きずりながら立っていた。その瞳には、かつてないほどの「対抗意識」が燃えている。
「私の杖も、最近なんだか調子が悪いんです。ほら、ここ! 宝石の角度が1度くらいズレてる気がします! 今すぐ、クレアさん以上に精密な……そう、『密着オーバーホール』をお願いします!」
「1度のズレ? アリス、お前その角度を肉眼で……。いや、待てよ、もし魔法の指向性がズレてるなら、出力ロスに繋がるな」
カズキは、右手にクレアの足、左手にアリスの杖を抱える形になった。 二人のヒロインが、カズキを挟んで火花を散らす。
「カズキ殿、まずは私の『股関節』の油圧系統を……!」
「師匠! 私の杖の『握り(グリップ)』の感触を、師匠の手で確かめてから調整してください!」
「(……ああ、もう。カズキ、あんたのガレージ、もうエンジニアの作業場じゃなくて『恋愛のデッドロック状態』よ)」
アイリスがポテチを袋ごと口に流し込みながら呆れる。
しかし、この「女の戦い」が、カズキの「運」を介して、とんでもないハードウェアトラブルを引き起こす。
アリスが杖を無理やりカズキに押し付け、クレアがそれを「順番待ちです!」と押し返した瞬間。二人の魔力と闘気が、カズキの手元にある『実験用超伝導グリス』に凝縮された。
「あ、危ない! 混ぜるな、危険だ!」
カズキの警告も虚しく、物理エネルギーと魔導エネルギーが化学反応を起こし、ガレージ全体を包み込む『引力フィールド』が発生した。
「な、何これ!? 体が勝手に……カズキ殿の方へ、吸い寄せられる……っ!」
「私も! 師匠から離れられません! ……あ、でもこれはこれで……」
「喜んでる場合か! 磁気嵐が発生してる! このままだと、ガレージの全機材がカズキに激突して、物理的な『圧縮破壊』が起きるぞ!」
アイリスの叫び通り、周囲のスパナやレンチ、果てはルーターまでもが、中心にいるカズキに向かって猛スピードで飛んできた。
「うわぁぁぁ! 誰かこの『恋の引力』をシャットダウンしてくれー!!」
カズキは、二人の美少女に抱きつかれながら、飛来する工具を必死に避けるという、命がけのハーレム・デバッグを強いられることになった。




