第35話:トルクの愛と、隣の芝生(アリス)の焦燥
ガレージの奥、魔導ランプに照らされた空間で、カズキは真剣な眼差しでクレアの鎧と向き合っていた。
「——よし、クレア、そのまま動くな。接合部のボルトを限界まで締め込む。……ここが緩いと、魔力伝達のインピーダンスがズレるんだ」
「は、はい……。あうっ、カズキ殿……そこは、少し……締めすぎでは……っ」
クレアは鎧を半分脱いだような、極めて無防備な姿で頬を染めていた。カズキがスパナに体重をかけるたび、鉄と革の擦れる音が静かなガレージに響き、カズキの指先がわずかにクレアの肌に触れる。
カズキにその気はない。彼はただ、ハードウェアの最適化に命を懸けているだけだ。だが、その光景を隅っこで見ていたアリスにとっては、耐え難い「ノイズ」だった。
(……な、なにあれ。ずるい。ずるすぎるわ、クレアさん!)
アリスは膝を抱え、唇を噛んでいた。自分は精霊の村であんなに勇気を出して、大好きだと叫んだのに。師匠は「面白いデータが取れた」なんてはぐらかして、今は目の前で別の女の装備を「ああでもない、こうでもない」と弄り回している。
(私の時は『ソフト』……つまり心の問題だったけど、クレアさんは『ハード』……物理的な接触じゃない。師匠、無自覚なんだから……もう、バカぁ!)
アリスは、自分が先に告白したという「既得権益」が、クレアの圧倒的な「物理的メンテナンス」によって侵食されていく恐怖を感じていた。
「——アリス、そこにある『高粘度グリス』を取ってくれ」
「……はいはい。これですよね、どうぞ!」
アリスが差し出したグリスの瓶。しかし、ここでカズキの「運」が発動する。 アリスの嫉妬混じりの乱暴な差し出し方のせいで、グリスが少し床にこぼれ、カズキがそれを踏んで派手に滑ったのだ。
「うわっとぉ!?」
「カズキ殿!?」
転倒を避けようと反射的に掴んだのは、整備中のクレアの腰回り。勢い余って二人は重なり合うように床へ倒れ込み、カズキの手は偶然にも鎧の「構造的な急所」を強打した。
パキィィィィィィィン!!
「……あ」
「……え?」
その衝撃で、クレアの旧式鎧の深部にあった「魔力回路の不純物」が粉砕され、偶然にも鎧の全パーツが黄金比の角度で再結合された。 一瞬にして、クレアの鎧は旧式とは思えないほどの神々しい輝きを放ち、彼女の身体能力を120%引き出す「奇跡のフルチューン」が完成してしまったのだ。
「……すごいです。カズキ殿、倒れ込みながら私の鎧の重心を完璧に補正するなんて……。やはり、貴殿の手は魔法の手だ……!」
クレアの瞳は、もはや心酔しきっていた。
「(ち、違うのよクレアさん! 今のはただ滑っただけ! 私がこぼしたグリスのせいなのよー!!)」
アリスの心の叫びは届かない。皮肉にも、アリスの嫉妬が、カズキの幸運を介して、クレアの強化を助けてしまったのだ。
その時、ガレージのモニター(アイリスの管理者画面)に、緊急アラートが鳴り響いた。
「二人とも、イチャイチャしてる場合じゃないわよ! 騎士団の『全自動鎧』たちが、街のメインサーバーに勝手にアクセスを始めてる。……あれ、修復じゃない。街を『自分たちのパーツ』として取り込もうとしてるわ!」
自動化された鎧たちの「暴走」。 カズキとクレア、そして複雑な想いを抱えるアリスは、街を救うための「手動vs自動」の戦場へと駆り出されることになる




