第31話:偽りの帰還シグナルと、乙女のパケットロス
「よし、波形が安定してきたぞ! このままデフラグを続ければ、あと数時間で村の全システムが再起動する!」
カズキは熱心にコンソール(ルーターの画面)を叩き、アリスに指示を出し続けていた。しかし、アリスの魔力は、彼女の不安を反映するように繊細に揺れていた。
その揺らぎが、世界樹の根を通じてルーターへと逆流したその時。
『——ピコン! 外部ネットワーク接続を検知。帰還プロトコル、フェーズ3に移行します』
ルーターのスピーカーから、聞き慣れた合成音声が響いた。画面には**「帰還ゲート開放まで:120分」**というカウントダウンが表示されている。
「な……ッ!? ついに繋がったのか!? 試験会場への直通回線が!!」
カズキの目が、かつてないほどに輝く。
「すごいぞアリス! お前の魔力が、世界樹を介して異世界間のゲートを強制的にブーストしたんだ! これで月曜日の試験に間に合う!」
「えっ……。ゲート、開いちゃうんですか……?」
アリスの顔から血の気が引く。
村を救おうと頑張った結果、最も恐れていた「師匠との別れ」を、自分自身の手で引き寄せてしまった。 だが、アイリスはルーターのログを凝視し、眉をひそめた。
「ちょっとカズキ、おかしいわよ。私の管理者権限で見ても、空間の接続なんて確立されてないわ。これ、キノコのノイズがルーターの表示系をバグらせてるだけじゃないの?」
「いや、そんなはずはない! このパケットの挙動は間違いなく工学部の……!」
興奮するカズキの横で、アリスの心は限界に達していた。 (師匠が行っちゃう……。試験、試験って、私の村よりもあっちの世界の方が大事なんだ……!)
「——もう、バカぁ!!」
アリスが叫びながら杖を振り回した瞬間、計算し尽くされていた魔力の供給ラインがメチャクチャに乱れた。 その衝撃で、世界樹に寄生していた紫のキノコが、防衛反応として**『大量の幻覚胞子』**を放出した。
「うおっ!? 目が、目がチカチカする!」
「カズキ殿、周囲の景色が……二重、三重に見えます!」
幻覚胞子と、ルーターのバグった表示が混ざり合い、ガレージの仲間たちの姿が「工学部の同級生」や「試験監督の教授」に見え始めるカズキ。
「あ、浅井教授!? すみません、今すぐ回答用紙を出しますから、その巨大なキノコを片付けてください!」
「し、師匠!? 何を言ってるんですか! 私はアリスです!」
アリスが泣きながらカズキに抱きつこうとするが、カズキは「カンニング疑われるから近寄るな!」と必死に拒絶する。 カズキの「幸運」が、ここでは最悪の形で発動した。彼が振り回したアンテナが、偶然にも世界樹の『緊急停止スイッチ(のような枝)』に激突。
村全体の再起動が中断され、かわりに村中の洗濯物や水滴が、高速で「逆再生」を始めるというカオスな現象が発生した。
「(……最悪ね。アリスの自爆で、村のシステムが『セーフモード』ですらない『混濁モード』に落ちたわ)」
アイリスが頭を抱える中、カズキは幻覚の中で「見えない単位」を追いかけて走り出し、アリスはそれを追って村の迷宮へと消えていった。




