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第3話:魔導コンロの火力を工学的に定義する

聖都の石畳は、夕暮れ時の淡い光に包まれていた。カズキは案内人を背負ったまま、宿屋が立ち並ぶ路地へと足を踏み入れた。

足が痛いと騒いでいる背中の案内人に最初は女性を感じていたが今はただの荷物だ。


その案内人が選んだ宿は…なんとただらしい。

さすが案内人。だがな、俺にも選ぶ権利がある。


「おい、案内人。おんぶはいいが、せめて店くらいは自分で選ばせろ。なぜわざわざ『コンロが壊れている』宿なんて選ぶんだ?」


案内人は選んだのではなかった。ただ人の足元をみてただにしようとしているのだ。


「いいじゃない。君のその『運』だか『工学』だかっていうので直せば、宿泊代くらいタダになるかもしれないわよ? 合理的でしょ?」

「……それは工学的解決というより、ただの労働搾取だ」


二人が入ったのは、宿屋『金の麦穂亭』。しかし、食堂には不穏な空気が漂っていた。宿泊客たちはテーブルを囲み、不機嫌そうに冷えたパンを齧っている。 「悪いね、お客さん」と、エプロン姿の店主が申し訳なさそうに頭を下げた。「魔導コンロが完全に沈黙しちまってね。火が出ないんじゃ、名物のシチューも作れやしない。今夜は火を使わない料理だけだよ」


カズキは周囲の落胆した様子を一瞥し、溜息をついて厨房へと向かった。 「ちょっと見せてみろ。熱源が魔力だろうが電気だろうが、熱交換の基本は変わらないはずだ」


厨房の奥に鎮座していたのは、精緻な魔法陣が刻まれた巨大な鉄の箱——魔導コンロだった。店主が慌てて止めに入る。

「おいおい、素人が触っちゃいけないよ! これは一流の魔導職人が作った高価な代物なんだ。呪文の波長が狂うと爆発するって——」

「黙って見てろ。爆発は『不完全燃焼』か『圧力の逃げ場がない』時にしか起きない」


カズキはカバンから十徳ナイフとペンチ、そして大学の講義ノートの間に挟んでいた「シャーペンの芯(HB)」を取り出した。


「……ふむ。やっぱりな」

カズキはコンロの底にある魔力供給部を覗き込んだ。そこには、魔力を熱に変換するための「魔導結晶」が配置されていたが、長年の使用で表面が黒ずんでいた。


「案内人、お前にはこれがどう見える?」

「どうって……魔力の流れが滞って、術式が呼吸を止めているように見えるけど」

「工学的に見れば、ただの『接点の酸化』だ。金属の表面に絶縁膜が張ってるのと同じだよ。おまけに、この魔力導線の引き回し……無駄にカーブが多すぎて、インピーダンス(抵抗)が上がってる。設計者の正気を疑うね」


カズキはペンチを使って、複雑に絡み合った導線を強引に引き剥がした。店主が悲鳴を上げるが、無視する。 「導線は最短距離で繋ぐ。これが鉄則だ。そして、この酸化した接点には……」


カズキはシャーペンの芯を指で細かく砕き、結晶の接点に塗り込んだ。

「炭素は導電性が高い。これを潤滑剤代わりに挟むことで、ミクロな隙間を埋めて魔力のバイパスを作る。……よし、これで直列回路の再構築オーバーホール完了だ」


「な、何をしたんだい? 黒い泥を塗っただけで……」

「接点の復活だ。スイッチを入れるぞ」


カズキが起動レバーをカチリと倒した。その瞬間。


ドォォォォン!!


コンロのバーナーから、眩いばかりの「黄金の炎」が噴き出した。それは単なる調理用の火ではない。あまりにも不純物のない、完全燃焼を体現したかのような神々しい焔だった。


「ひ、ひぃぃっ! 伝説の『浄化の聖火』だ!」

店主がその場に膝をつき、祈りを捧げ始めた。

「聖都の大聖堂で、高位の司教様たちが三日三晩祈りを捧げてようやく灯るという奇跡の火を……あんな黒い棒一本で……!」


カズキは火力の強さに眉をひそめ、つまみを調整した。 「……少し電圧、いや魔力圧が高すぎたか。まあ、すぐに鍋が沸騰するから時短になるだろ。効率的だ」


案内人は、黄金の火に照らされるカズキの横顔を、呆然と見つめていた。 (……ありえない。炭素の粉一本で、劣化した術式を『最適化アップデート』したっていうの? 私たちが『神の奇跡』と呼んでいる現象を、この男はただの『修理』として扱っている……!)


「おい、店主。火は直った。早くシチューを作れ。腹が減って計算ミスしそうだ」

「は、はいぃっ! すぐに! すぐに作らせていただきます、賢者様!」


その夜、宿屋には史上最高に美味いと言われるシチューの香りが立ち込めた。カズキはそれを当然のように食べながら、手元の関数電卓でこの世界の「熱力学定数」を逆算し、案内人はそんなカズキを「未知の怪物」を見るような目で見守るのだった。


カズキは気づいていない。彼が「接点を直した」だけのそのコンロが、翌朝には『聖なる遺物』として国中の教会から注目されることになることを。

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