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第30話:ハングアップした村と、世界樹の帯域不足

一行が到着した「精霊の村」は、息を呑むほど美しく、そして不気味なほどに「静止」していた。


「……これ、写真じゃないわよね?」

アイリスが呟く。

空中で跳ねた水滴がそのまま止まり、風に揺れていたはずの洗濯物も鋼鉄のように固まっている。村人たちは、笑顔で挨拶を交わそうとしたポーズのまま、彫像のように動かない。


「お父様! お母様!」

アリスが両親に駆け寄るが、その体に触れても、冷たい大理石のような質感があるだけだった。


「アリス、落ち着け。死んでるんじゃない。……これはOSの『カーネルパニック』だ」

カズキは村の中央にそびえ立つ、巨大な『世界樹』を見上げた。その根元からは、本来なら目に見えるはずの魔力の光線が、ノイズ混じりの細い糸のようになって、苦しげに明滅している。


「師匠、カーネル……なんですか?」

「簡単に言えば、この村を動かしている根本的なシステムが、処理しきれないエラーで固まってるんだ。……原因はあそこだ」


カズキが指差したのは、世界樹の幹に寄生するように生え、禍々しい紫色の光を放つ『巨大なキノコ(魔導菌類)』だった。


「あれが世界樹の『パケット』……精霊の魔力を吸い取って、代わりにゴミデータ(呪い)を流し込んでる。つまり、世界樹という超高速回線が、あのキノコのせいで『帯域不足』に陥り、村全体の処理が追いつかなくなってるんだ」


「じゃあ、あのキノコを斬ればいいのですね!」

クレアが剣を抜こうとするが、カズキが制止する。


「待て、迂闊に物理攻撃するな。キノコが世界樹の神経系に深く食い込んでる。無理に剥がせば、世界樹ごと村のシステムがクラッシュ(消滅)するぞ」


カズキはアリスの杖を預かり、ガムテープとアルミホイル、そしてルーターから伸ばしたLANケーブルを複雑に巻き付け始めた。


「アリス、お前の魔力をこの杖に流せ。ただし、攻撃としてじゃない。キノコが流しているノイズと『逆の波形』……つまり、癒やしの魔力を一定の周期クロックで送り込むんだ。僕が横でタイミングを指示する」


「……は、はい! やってみます!」


カズキの精密な計算に基づいた、アリスによる「魔導デフラグ」が始まった。 カズキは「1、0、1、1……」とリズムを刻み、アリスはその合図に合わせて魔力を流し込んでいく。少しずつ、世界樹の根に本来の輝きが戻り、止まっていた水滴がポタ、と音を立てて落ちた。


「(……すごい。師匠、本当に何でも治しちゃう。……でも)」


アリスは、カズキの真剣な横顔を見つめた。 村が治れば、自分は「立派な後継者」として村に残るよう言われるかもしれない。そうなれば、師匠と一緒にガレージでポテチを食べる日々は終わってしまう。


(……もし、私の魔力がわざと『少しだけ』ズレたら。このまま、師匠と一緒にこの村でずっと修理を続けられたら……)


アリスの指先が、ほんのわずかに震えた。 その迷いが、カズキの計算に予期せぬ「誤差」を生じさせようとしていた。


「アリス! 集中しろ、周波数がズレてるぞ!」

「あ……ごめんなさい、師匠!」


アリスの心のバグが、世界の修復を揺るがし始める——。

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