第24話:メモリ・リークのデボラと、忘却の処理落ち
「……あれ? 僕、今、何しにここへ来たんだっけ?」
カズキが塔の廊下で足を止めた。手にはアルミホイルのアンテナを握っているが、それを何に使うのかが思い出せない。
『クフフ……効いてるわね。私の領域に足を踏み入れた瞬間から、あなたたちの「目的」や「リソース」は、少しずつ私へと漏れ出しているのよ』
浮遊メカに乗った少女、デボラが不敵に微笑む。 彼女の能力【メモリ・リーク】。それは対象の精神的・魔力的な一時記憶を際限なく吸い出し、対象を「処理落ち(スローモーション)」の状態に追い込み、最終的には「動作停止」させるという、エンジニア泣かせの権能だった。
「カズキ殿……、体が、重い……。剣を抜くという動作の……『手順』が、思い出せな……い……」
クレアがゆっくりとした動きで、虚空を掴む。彼女の強靭な肉体も、制御する精神が不足すればただの鉄塊だ。
「師匠……、えーっと、魔法を撃つときの……『合言葉』、なんでしたっけ? ぽち……? ぽち、なんとか……?」
アリスに至っては、すでに魔法の使い方すら忘れかけていた。
「(マズいわ……。私の管理者権限(OS)まで重くなってる。このままだと、全員『応答なし』で強制終了されちゃう!)」
アイリスが必死にカズキを揺さぶるが、カズキの瞳はどこか虚ろだ。
「……ポチ。……そうだ、ポチだ。……でも、ポチって……『円周率』だったかな? それとも『素数』だったかな……?」
『残念。あなたの記憶はもう、ほとんど私が「スワップ(入れ替え)」しちゃったわ。さあ、そのまま何も考えられない木偶の坊になりなさい!』
デボラが追い打ちをかけるように、巨大な「ゴミ箱のアイコン」を模した魔導弾を放った。 スローモーション状態で避ける術はない。……誰もがそう思った、その時。
カズキの「運」が、極限状態で「誤作動」を起こした。
呆然としていたカズキの足が、床に落ちていた「デバッグ用通信ケーブル(の死骸)」に引っかかった。 「おっと……」 カズキの体は、処理落ちの影響で「ゆっくりと」倒れ込み……その結果、デボラの魔導弾は、カズキの頭上を「ゆっくりと」通り過ぎていった。
そして、転んだ拍子にカズキのポケットから飛び出したのは、以前に作った『魔法のアルミホイル(食べ残しの焼き芋を包んでいたやつ)』。
それが偶然にも、デボラの浮遊メカの「吸気口(メモリ取り込み口)」に吸い込まれたのだ。
『えっ!? ちょっ、何これ、ゴミが入った!?』
ギギギギ……ッ! と嫌な音が鳴り響く。 デボラが吸い出したカズキたちのメモリが、アルミホイルに付着していた「焼き芋の蜜(不純物)」によって汚染され、異常な『断片化』を引き起こした。
『あ、あだだだだ! 頭の中が、ぐちゃぐちゃになる! 「焼き芋」と「円周率」と「騎士道」が混ざって……処理が……処理が追いつかない!』
「……今だ! なんだか知らないが、一瞬だけ動作が軽くなったぞ!」 カズキの脳に電気が走る。
「アリス、適当でいい! 覚えている一番単純な『単語』を叫べ! クレア、お前はただ『重力に従って』剣を振り下ろせ! 論理を捨てて、物理で殴るんだ!」
「わかりました! ……えーい、『肉』!!」
アリスが叫びながら放ったのは、魔法ですらない、ただの「魔力の塊」。
「……承知! 『落下』!!」
クレアが重力に任せて、自重で剣を叩きつける。
複雑な演算を放棄した「脳筋(物理)」の同時攻撃が、メモリ不足で混乱していたデボラの防壁を粉砕した。
『ウソ……私のメモリが、焼き芋の甘い香りで……上書き……される……ッ!』
ドォォォォン! という爆発とともに、デボラは廊下の奥へと吹き飛んでいった。
「……ふぅ。……で、僕たちは今、何をしてたんだっけ?」 カズキが首を傾げる。
「(……ダメね。デボラは倒したけど、奪われたメモリがまだ完全に戻ってないわ)」 アイリスが溜息をつきながら、塔の上層を見上げた。 そこには、パスワードノートの「本番環境」を持つ第三の幹部が待ち構えている




