第23話:デバッグの塔と、公開されたパスワード
魔王軍・第4開発局、通称『デバッグの塔』。
そこは、周囲の空間が常にパッチを当て続けているかのように明滅し、積み上がったジャンクパーツから不浄な煙が立ち上る、エンジニアにとっての悪夢のような場所だった。
「許せん……。僕のパスワード『Pochi31415』を、あんな大音量のグローバル放送で流すなんて……。これでもう、このパスワードは使い物にならない(漏洩した)じゃないか!」
カズキはアンテナを握りしめ、かつてないほど激昂していた。
「カズキ殿、落ち着いてください! 敵は我々を誘っているのです。……それにしても、『ポチ』とは何かの聖騎士の隠語ですか?」
「違う! 実家で飼ってた犬の名前だ! 覚えやすいように円周率(3.1415.…)を足したんだよ!」カズキが恥ずかしさのあまり絶叫したその時、塔の入り口から、数え切れないほどの小鬼——【スパム・インプ】が溢れ出してきた。
「ギギギ! 広告! クリックシロ! 登録シロ! 増殖中!!」
「うわっ、何これ!? 倒しても倒しても、同じ顔のやつが隣から湧いてくるわ! まさにスパムメールの山ね!」
アイリスがキーホルダーを光らせて威嚇するが、インプたちは物理法則を無視した「コピペ(複製)」で増殖し、視界を埋め尽くしていく。
「師匠、魔法が追いつきません! 狙いをつける前に、隣に新しいのが出てくるんです!」
アリスが悲鳴を上げる。これぞ魔王軍の「非効率な物量作戦」。
「……ふん、ただのスパムか。フィルタリングしてやる」
カズキは冷静に周囲を見渡した。彼の『運』が、ここでまたしても奇妙な働きを見せる。
カズキが激昂して地面を蹴った際、そこにあった「古い排水溝の蓋」が外れた。中にはなぜか、過去の転生者が捨てたと思われる『大量の使い捨てカイロ(の残骸)』と、『巨大な磁石』が詰まっていた。
「……これだ。アイリス、アリス、クレア! 土嚢を積め! 入口の幅をこの計算式(物理的な帯域制限)に合わせて狭めるんだ!」
カズキはインプたちの移動経路を予測し、塔の入口に「V字型」の土壁を作らせた。
「いいか、インプたちは『複製』する際に、直前の個体の座標をコピーしている。つまり、入口を狭めて個体密度を上げれば……」
インプたちが狭い入口に殺到した瞬間、カズキは磁石を放り込み、クレアが霊水の霧を散布した。すると、増殖しようとしたインプたちが互いの座標に干渉し合い、『衝突』が発生。
「ギギッ!? 座標ガ……重ナル……エラー……ッ!」
インプたちは次々と「重なりすぎたデータ」として崩壊し、入口を塞ぐ巨大な「ノイズの壁」へと変わってしまった。
「よし、物理的なファイアウォールの完成だ。これで後続のスパムは入ってこれない」
カズキが眼鏡を光らせる。
「……すごいです師匠! 転んだ拍子に見つけた磁石とゴミで、あんな大群を止めるなんて!」
「(……運がいいにも程があるわね。でも、カズキの顔がマジすぎて突っ込めないわ)」
一行は、インプが固まって動かなくなった「門」を乗り越え、ついに塔の内部へと侵入した。しかし、塔の内部はさらに不気味な構造をしていた。壁には「Hello World」と書かれた血文字のようなコードが走り、天井からは切れたLANケーブルのような触手が垂れ下がっている。
『……ククク。よくぞ来た。パスワードを知られた屈辱、察して余りあるぞ』
奥の廊下から、車椅子のような浮遊メカに乗った少女——第二幹部、【メモリ・リークのデボラ】が姿を現した。
『私はデボラ。ここから先は、あなたの「帰りたいという熱意」を少しずつ奪わせてもらうわ。……まずは、その恥ずかしいパスワードの由来を、もう一度詳しく教えてもらいましょうか?』
「……この野郎……。エンジニアの尊厳を傷つけた罪、高くつくぞ!」
カズキの怒りは最高潮。パスワード奪還(と口封じ)を賭けた、塔の攻略戦が本格的にスタートした。




