第18話:逆位相の魔法(パッチ)と、幸運のデバッグ
「——チッ、なんて酷いコード(バグ)の書き方だ。これじゃスタックオーバーフローで世界がフリーズするのも時間の問題だぞ!」
ルーターから溢れ出す、砂嵐のようなノイズを纏った魔王軍の兵士たち。彼らは実体を持たない「バグの塊」であり、クレアの物理攻撃もアリスの通常の魔法も、触れたそばから「無効化」されてしまう。
「師匠、攻撃が当たりません! 魔法が、変なモザイクみたいになって消えちゃいます!」
「カズキ殿、私の盾も通り抜けてくる! 奴ら、存在そのものが法則を無視しているのか!」
「落ち着け! 奴らが『バグ』なら、正攻法で戦うのは非効率だ」
カズキはカバンから『アルミホイルの芯』と、『ガムテープ』、そして『断線したイヤホンジャック』を取り出した。
「アリス、その杖の先端にこのアルミ芯を固定しろ。僕が今から、奴らのノイズを打ち消す『逆位相の魔導波』の周波数を計算する。お前は僕が合図した瞬間に、全力で『一番気持ち悪いと思う魔法』を放て!」
「ええっ!? 気持ち悪い魔法!?」
「そうだ! 奴らのノイズ(正位相)に対して、真逆の波(逆位相)をぶつけて、波形をゼロにする。……アイリス、お前はルーターのポートを物理的に押さえろ! 外部からのパケット流入を阻止するんだ!」
「わ、わかったわよ! もう、管理者なのに指先がビリビリするわね!」
カズキは関数電卓を叩き、魔王軍のノイズ周期を読み取る。
「……今だ、アリス! 周波数2.4GHz、位相を180度反転……撃て!」
「えーい、もう、ぐにゃぐにゃになれー!!」
アリスが放ったのは、攻撃魔法ですらない、ただの「ねじれた魔力の塊」。しかし、それが魔王軍の兵士に触れた瞬間、パズルのピースが噛み合うようにノイズが相殺され、敵が霧散していく。
「消えた!? 師匠、すごいです!」
だが、魔王軍も黙ってはいない。ルーターの中枢から、さらに巨大な「バグの腕」が伸び、カズキを押し潰そうと迫る。
「カズキ殿、危ない!」
クレアが「(今度こそ魔王軍ごとルーターを叩き壊して、彼の帰還を阻止する!)」という邪な、もとい必死な想いを込めて、全力の唐竹割りを振り下ろした。
しかし。 その瞬間、カズキが偶然足元の『空き缶』を踏んで滑った。
「おっとっと!?」
カズキが絶妙な角度で転倒したことで、クレアの剣先はルーター本体をわずか数ミリ逸れた。そして、剣が叩きつけられたのは、ルーターの横にあった『バグの核』。
カキィィン! と小気味よい音が響く。 「……え?」 クレアが呆然とする。彼女の渾身の一撃は、ルーターを壊すどころか、内部に溜まっていた魔力の「接触不良」を完璧に解消する「衝撃修理」となってしまったのだ。
「ナイスだクレア! 今の振動で、スタックしていたデータが流れたぞ!」
さらに、カズキが転んだ際に手をついた場所は、ルーターの『リセットボタン』の上だった。
「——システム再起動。魔王軍のパッチを全消去、初期設定に戻す!」
ルーターから清浄な青い光が放たれ、森を覆っていたノイズが一気に晴れていく。 魔王軍の残党たちは、「ありえない……我々のバグを、ただの『転倒』で修正するだと……!?」という断末魔(?)を残して消滅した。
静かになった森の中。 カズキの手元には、かつてないほど安定して青いランプを点灯させるルーターが残った。
「……勝った。通信状態、極めて良好(バリ5)だ」 カズキが満足げに頷く。
一方で、ヒロイン三人は顔を見合わせた。
「(……失敗したわ。ルーターを壊すどころか、カズキの運のせいで完璧に修理されちゃったわね……)」
アイリスが小声で吐き捨て、アリスとクレアは深く溜息をつくのだった。
「よし! 通信を確立するぞ。……あ、あれ?」
ルーターの画面を見たカズキの顔が、急に青ざめた。
「……どうしたの、カズキ?」
「……『パスワードを入力してください』……。工学部のWi-Fi、先週パスワード変更したんだった……。思い出せない……」
「「「(やったーー!!!)」」」
三人の乙女たちの歓喜の咆哮(心の声)が、森に響き渡った。




