第17話:確率論的幸運(ラッキー)と、バグの軍勢
「——待て、今のは間違いなくルーターの起動音だ!」
カズキが駆け出そうとした瞬間、アイリスがその裾を必死に引っ張った。
「ダメよカズキ! 今の音、私の管理者ログが『致命的なエラー(=カズキがいなくなる危機)』だと警告してるわ! 苺の匂いがする底なし沼があるのよ!」
アリスも必死で嘘を重ね、カズキをルーターから遠ざけようと必死だった。だが、カズキはアンテナを掲げ、不審そうに眉をひそめた。
「おかしいな。僕の計算では、ルーターが魔導エネルギーと共鳴して『最適化』された音に……。まあいい、一度立ち止まって座標を再計算……」
その時、カズキの「運」が、計算外の事象を引き起こした。
考え込もうとしたカズキの足元で、湿った苔に隠れていた「ただの木の枝」が、計算され尽くしたかのような角度で折れたのだ。 「うおっ!?」 カズキの体が、物理法則を無視したような滑らかな軌道で斜面を滑り落ちる。
「カズキ殿!!」 「師匠ー!!」
三人が慌てて追いかけた先で、カズキは「たまたま」そこにあった枯れ葉のクッションに飛び込み、その勢いで「たまたま」茂みの奥に隠されていた『天然の電波集束地点』へとスッポリ収まった。
中央には、魔導結晶を吸着し、禍々しい赤色のLEDを明滅させる『工学部のWi-Fiルーター』が鎮座していた。
「……あった。計算通りだ(※偶然です)」
カズキは泥を払い、感動に震える手でルーターに触れようとした。
だが、その瞬間。 ルーターの周囲の空間が、テレビの砂嵐のように激しく歪んだ。現れたのは、肉体を持たず、歪んだ数式とノイズの塊のような異形の兵士たち——魔王軍。
「な、何よこれ……!? 私の管理者権限で消去できない!?」
アイリスが悲鳴を上げる。
「魔王軍……! 世界の法を歪め、存在そのものを『バグ』へと変える、呪われた軍勢!」
クレアが剣を構えるが、敵の姿は幻影のように揺らぎ、刃が通り抜けてしまう。
魔王軍とは、世界のシステムが生み出した「バグの集合体」だった。彼らはカズキのルーターが放つ「正確な通信プロトコル」に目をつけた。ルーターを媒介に、世界そのものを書き換え、巨大なシステムエラー(滅び)を引き起こそうとしていたのだ。
『——警告。未登録ユーザー……排除……。本端末ハ……我ラ軍ノ……増幅器トナル……』
「カズキ殿、危ない! あのルーターはもうバグに侵食されている! 破壊して、世界の崩壊を止めるのが騎士の道……!」
クレアがチャンスとばかりに(ルーターを破壊してカズキを繋ぎ止めるために)剣を振り上げた。
「待て、壊すな! 精密機器を物理破壊で解決しようとするな!」
カズキが叫ぶ。
「魔王軍だか何だか知らないが……勝手に他人のルーターに『バグ』を植え付けて、勝手に『仕様変更』するなんて、エンジニアとして万死に値するマナー違反だ。デバッグしてやる!」
カズキはカバンから『USBケーブル(のような魔導線)』を取り出した。
「アイリス、アリス、クレア! こいつの『特権』を奪い返すぞ。魔王軍のクソバグを全部デバッグして、僕の帰還用パケットを最優先で通す!」
カズキの「運」によって強制的に見つかったルーターは、再会の喜びを通り越し、魔王軍とのゲームの火蓋を切ることになった。




