第14話:安全係数と、騎士の盾
水の都に【ガレージ】という発明家がいる…
カズキたちの活躍は噂を呼び、隣接する農業都市から「古代のダムの異変を調査してほしい」という緊急依頼が舞い込んだ。 到着した一行を待っていたのは、山間の渓谷に築かれた、今にも決壊しそうな巨大な石積みダムだった。
「アイリス、スキャンしろ。……ひどいな、これは。構造全体の『応力』が限界を超えている。いわゆる『疲労破壊』の一歩手前だ」
「カズキ、まずいわ。このダム、管理用コードが書き換えられてて、水位調整弁が完全にロックされてる。このまま雨が降り続けば、あと数時間で決壊、下流の村は全滅よ」
アイリスの報告を聞くや否や、クレアが剣を抜き、ダムの最上部へと駆け出した。
「——ならば、私が身を挺して水の勢いを食い止めましょう! 聖騎士の奥義『不動の盾』を展開すれば、数時間は持ちこたえられるはず。カズキ殿、その間に村人たちの避難を!」
「待て、バカ騎士! 戻れ!」
カズキの制止も聞かず、クレアは激流が溢れ出しそうな亀裂の前に立ち、黄金の魔力を全開にした。
「……ぐぅっ! なんという圧力……! ですが、弱き者を守るのが騎士の誉れ。私の命一つで数千の民が救えるなら、安いものです!」
「……チッ。どいつもこいつも、すぐに『命』という有限のリソースを投げ捨てようとしやがる!」
カズキはカバンから『万力』と、ガレージで作っておいた『超高張力ワイヤー』、そして『水に反応して膨張する特殊樹脂(発泡ウレタン的な魔法素材)』を取り出した。
「アリス、その辺の岩を『火炎放射』で加熱しろ! 熱膨張を利用して、あの一番大きな亀裂の隙間を一時的に広げるんだ!」
「はいっ! でも師匠、広げたら余計に水が出てきちゃいます!」
「いいからやれ! その瞬間に僕が樹脂を流し込む。……クレア! お前は盾を張るのをやめろ。そんな局所的な防御は、構造全体の崩壊を早めるだけだ!」
「何を仰る! 私が退けば、今すぐここが崩れますぞ!」
「いいか、工学に『自己犠牲』なんてパラメータはない! あるのは『安全係数』だけだ! 1人の命で支える設計なんて、設計ミス以前の問題なんだよ!」
カズキはダムの縁を命綱なしで駆け寄り、クレアの鎧に直接『万力』を噛ませた。
「クレア、お前の仕事は『壁』になることじゃない。僕が今から打ち込むワイヤーを、その馬鹿力の腕で引き絞り、ダム全体の『引張強度』を補強する『支柱』になることだ!」
「……支柱、ですか?」
「そうだ。お前が死ぬ必要はない。お前という『最強の物理的強度』を、このダムの構造計算の一部として組み込む。……死ぬより、重いぞ。耐えられるか?」
カズキの言葉に、クレアの瞳に新たな光が宿った。
「……自己犠牲ではなく、構造の一部として。……承知いたしました! このクレア、カズキ殿の設計図の一部となり、全霊でこの壁を支えましょう!」
アリスが岩を熱し、カズキが膨張樹脂を流し込み、クレアが唸りを上げてワイヤーを引き絞る。
「……ぬぅぅおおおあああっ!」
筋肉が悲鳴を上げ、黄金の鎧が軋む。しかし、カズキが計算した「力の分散パス」に従って、ダムの歪みは確実に吸収されていった。
数十分後。 アイリスがロックを強制解除し、放水弁が静かに開いた。水位が下がり、ダムの危機は去った。
「……ふぅ。安全係数1.2、ギリギリだな」
汗を拭うカズキの横で、クレアはワイヤーを握ったまま、膝をついた。
「カズキ殿。……私、気づきました。騎士とは、ただ死に場所を探す者ではなく、誰かと共に『生き残るための力』を振るうべきなのだと。……不覚にも、あなたの冷徹な計算に、救われてしまいました」
「……冷徹じゃない。効率を求めているだけだ」
カズキは不器用そうに顔を背け、クレアに手を差し出した。
「立てるか。……拠点に戻ったら、お前の鎧の『応力分散』を再設計してやる。あんな無茶な盾の使い方をしても、壊れないようにな」
「……はい、喜んで!」
クレアの差し出した手は、騎士の誇りと、カズキへの深い信頼で満ちていた。 感覚のアリスに続き、堅物のクレアもまた、カズキという「数式」なしではいられない存在となっていく。




