第13話:流体解析と、アリスの小さな手
「師匠! 見てください、この『自動で動く箱(魔導トラック)』の試作機! 師匠の図面の通りに、水の魔力でタイヤが回るようにしました!」
ガレージの一角。アリスは顔を真っ黒に汚しながら、木製の手押し車に魔導タービンを無理やりくっつけた「自走車」を披露した。しかし、彼女が魔力を流した瞬間、車輪は猛烈な勢いで空転し、ガレージの壁に激突して粉々に砕け散った。
「……アリス。出力と伝達の計算を忘れるなと言ったろ。今のままじゃ、ただの『自走する爆弾』だ」
カズキの冷淡な言葉に、アリスはシュンと肩を落とした。
「ごめんなさい……。私、師匠みたいに数字が見えないから……。感覚だけでやると、どうしても『最大出力』になっちゃうんです」
そこへ、ガレージの重い扉が乱暴に開かれた。
「おい、新参者が好き勝手やってるってのはここか!」
現れたのは、水の都の物流を牛耳る『船頭ギルド』の男たちだった。
「お前らが作ってる怪しげな箱のせいで、俺たちの運河が汚れるって噂だ。だいたい、水の上を走らない荷運びなんて、この都の伝統に対する冒涜だぞ!」
「……伝統ね。渋滞と腐敗を放置するのが伝統なら、その定義を書き換えるべきだな」
カズキが冷たく言い放つが、男たちはアリスが作った失敗作の残骸を見て鼻で笑った。
「ハッ! こんな壊れたオモチャで何ができる。明日までにここを立ち退かなきゃ、ギルドの総出でこの倉庫を運河に沈めてやるからな!」
男たちが去った後、ガレージには重い沈黙が流れた。
「……やっぱり、私じゃダメなんです。師匠の『工学』は、私みたいな感覚だけで生きてる人間には、扱えない魔法なんだわ」
アリスの手は、慣れない工具で傷だらけだった。それを見たカズキは、無言で彼女の隣に座り、カバンから『液体絆創膏』と『精密ピンセット』を取り出した。
「アリス、手を出せ。……いいか、お前の『感覚』はエラーじゃない。それは、僕の計算尺には現れない『超高精度のセンサー』だ」
「センサー……?」
カズキはアリスの傷を丁寧に手当しながら、静かに語りかけた。
「さっきの失敗、お前は『水が嫌がってる』って感じたんじゃないか?」
「えっ……。は、はい。タービンに魔力を流したとき、水が『狭いところに閉じ込められて怒ってる』みたいな感覚がしました」
「……それが流体力学における『キャビテーション(空洞現象)』だ。僕が計算機で何時間もかけて導き出す現象を、お前は一瞬で感じ取っている。それは、工学者にとって喉から手が出るほど欲しい才能なんだ」
カズキはアリスの杖を手に取り、その先端に結束バンドで小さな「整流翼」を取り付けた。
「アリス。数字は僕が管理する。お前は、その『感覚』を信じて、水が一番『気持ちいい』と感じる流れを指先で探れ。僕の理論とお前の感覚……二つのパラメータが同期すれば、この世界に不可能なデバッグはない」
「師匠……。はい、もう一度やってみます!」
二人は徹夜で試作機の改良に没頭した。カズキが図面を引き、アリスが魔力の「手触り」を微調整する。計算と感覚が、初めて一つの「設計図」として重なり合っていく。
翌朝。ギルドの男たちが再び現れたとき、彼らの前を、音もなく滑らかに走る『魔導台車』が通り過ぎた。 アリスが杖を軽く振るだけで、台車は水の流れに乗るように、驚異的な速度と正確さで荷物を運んでいく。
「な……なんだ、あの滑らかな動きは! 船よりも速いのに、波一つ立ってないぞ!」
「流体抵抗の最適化だ」 カズキはアリスの肩に手を置き、不敵に笑った。
「そしてこれは、僕の最高のアシスタント……アリスの『感覚』がなければ完成しなかった、最新の物流ソリューションだ」
「えへへ、師匠……!」
アリスは照れくさそうに笑いながら、カズキの顔を見上げた。
師匠と弟子。数字と感情。 正反対の二人が、この異世界で初めて「一つの数式」を共有した瞬間だった。




