第10話:水の都の共振エラーと、帰還数式の消失
カズキは何度も確認していた。
「クリス、聖都になにか用事があったんじゃないのか?」
「い、、、いえ!いいんです。まずはその…バグですか?そちらの方が優先かと!」
クリスも今更言えない、あの快適な空間をもう少し味わいたいなど…
そんな読者の皆様からみたら「どこのキャンパー?」と思われがちな一行がたどり着いたのは、無数の運河が網の目状に走る水の都『アクア・リミティア』。ここはかつてアイリスの「管理者システム」の冷却塔として機能していた場所だった。
「ふむ、この都市の水流、一定のパルス(周期)を感じるな。アイリス、ここは『定常波』を利用した大規模な冷却システムか?」
カズキは運河の淵にしゃがみ込み、水面に電卓をかざして周波数を計測していた。
「正解。ここは私のメインサーバーの熱を逃がすための排熱都市。でも……見て。水の色がおかしいでしょ。澱んでるわ」
アイリスが指差す先、本来ならクリスタルのように澄んでいるはずの水が、どす黒い紫色のノイズを放っていた。
「大変です、師匠! 水の精霊たちが『なんか、こう……グニャグニャして気持ち悪い!』って叫んでます!」
感覚派のアリスが、杖を抱えて震えている。彼女には物理的な理屈はわからないが、世界が放つ「違和感」を肌で感じ取っていた。
「アリス、具体的にどう気持ち悪いんだ?」
「ええと……いつもは『スーン』って流れてるのに、今は『ドロドロのベタベタ』が無理やり『カクカク』動かされてる感じです!」
「……粘性の異常と、流体運動のデジタル化エラーか。アイリス、状況は?」
アイリスの顔が青ざめる。
「深刻よ。都市の制御コアに、深刻な『時空の癒着』が起きてる。……カズキ、残念だけど、今すぐこのバグを直さないと、君の帰還エネルギーを溜めるための『計算機』が物理的に消滅するわ」
「何だと!? 試験が消滅するということか!?」
カズキは即座に都市の中央塔へと駆け込んだ。そこには、巨大な水の渦を閉じ込めた魔導リアクターが鎮座していたが、その回転軸が「バグ」によって空間ごと歪み、凄まじい摩擦音を立てていた。
「クレア、アリス! 軸受の代わりに魔力で空間を固定しろ! アイリス、お前は座標の整合性を維持しろ! 僕がこの『歪んだ数式』を無理やり叩き直す!」
カズキはカバンから、最後の切り札である『工学用精密ドライバーセット』と、『大学の講義ノート』を取り出した。 彼はノートに書かれた『流体力学』の公式をリアクターの制御盤に直接書き込み、電卓の赤外線通信を利用して、無理やりエラーコードを上書きし始めた。
「落ちろ! 収束しろ! Re(レイノルズ数)は一定だ! 乱流を許容するな!」
カズキの指が、キーボードを叩くような速度で制御盤を書き換えていく。その時、リアクターから眩い光が溢れ出し、カズキの脳内に「世界のログ」が直接流れ込んできた。
「が……ぁぁああ!」
「カズキ殿!?」
光が収まったとき、リアクターの回転は正常に戻り、都の水は清らかな輝きを取り戻していた。しかし、カズキはノートを握りしめたまま、その場にへたり込んでいた。
「……アイリス。……一つ、聞いていいか」
カズキの声は震えていた。
「……何よ、急に。バグは直ったわ。エネルギーも一気に溜まって、帰還まであと一歩……」
「……今、修正したコードの中に、僕の『帰還用の方程式』が混ざってた。……それを、リアクターの安定のために……『変数』として消費してしまった」
「え……?」
アイリスの端末がエラー音を鳴らす。
「つまり、どういうことだ……。この世界の崩壊を止めるための代償として、僕が元の世界へ戻るための『唯一の解』を……この世界の物理法則の一部として、完全に埋め込んでしまった……ということか?」
カズキの電卓の画面から、元の世界を示す座標データが消え、代わりに『World System Revision 1.01』という文字が点滅していた。
「師匠……? 戻るって、どこへ……?」
アリスが不安そうにカズキの袖を引く。
「……ハハハ。笑えよ、アイリス。工学部生が、たかだか一都市のデバッグのために……自分の帰路を『定数』として固定しちまった。……これじゃあ、教室には……一生、座れないじゃないか」
カズキは、もはや「異世界の物理法則そのもの」の一部と化してしまった自分のノートを見つめ、絶望の淵で力なく笑った。
一方、管理者であるアイリスの瞳には、カズキが決して気づいてはいけない「あるデータ」が表示されていた。 (……嘘でしょ。カズキが数式を埋め込んだせいで……この世界、彼がいないと『物理的に維持できない』状態に書き換わっちゃったの……?)
それは、カズキがこの世界の「神」として、永遠に閉じ込められたことを意味していた




