第37話 ドタバタは一旦置いておいて、パンの出来栄えは?
「はぁ。それで、パンの効能については後で調べるとして。次は妖精たちの方だな。今は、瞳がマジックバッグから出したパンを食べているのか?」
「違うわよ」
「違う? そういえば、今回焼いたパンはどうだったんだ? これだけの魔獣や虫たちが集まってくるほどだったんだ。最初から上手くいくとは思っていないが、それでも、まぁまぁには焼けたんじゃないのか?」
「……」
「……」
「なんだ、全員黙り込んで。妖精が関わるということが、どれほど大変なことか、お前たちも分かっているだろう。もし、まだ焼けていない状態のパンを求めて、毎回押し寄せてくるようになったら、いつかヒトミのパンは無くなってしまう。そうなれば、被害が出る可能性だってあるんだぞ」
「セバスチャン、あれを持ってきてくれるかしら」
「かしこまりました」
そう言って、すぐに部屋を出ていったセバスチャンさん。
「おい、なんなんだ。できたのか、できていないのか、それくらいさっさと教えてくれてもいいだろう。俺はこれから、やらなきゃいけないことが山ほどあるんだ」
「まぁ、ちょっと待って。これくらいなら、そんなに時間はかからないわ。そうそう、ヒトミちゃんはこっちよ」
呼ばれてママの方へ行くと、ちょうどセバスチャンさんが戻って来て、持って来たものをママに渡したよ。セバスチャンさんが持って来たそれには蓋が被せてあって、中が見えないようになっているんだけど、十中八九あれだろうね。
パパに聞こえないように、小さな声で話しかけてくるママ。
「ヒトミちゃん、パンを1つ出してくれるかしら。もともと持っていた物よ。今回の物と似ている物があると良いのだけれど、なければどれでも構わないわ」
「これ、どうでしゅか?」
私も、それがパパに見えないように、それをカバンから出す。
「あら、そっくりね。これなら、あの人も分からないでしょう。ふふ、楽しみね」
「あい!!」
ママがセバスチャンさんの持って来たものの蓋を開けると、やっぱりあれが入っていて、ママはその隣に、私が出したものを置いて、ニヤッと笑ったよ。私も一緒にね。
「おい、いい加減に……」
「待って。もう準備はできたわ。さぁ、あなた、これを食べてみて」
振り返ってパパに見せたのは、今日私が焼いたパンと、マジックバッグから出したパン。
「なんだ、これはヒトミのパンだろう? わざわざ持ってこさせて……、焼けたのか?」
「まぁまぁ。とりあえず食べてみて。それから、どちらが今、ヒトミちゃんが出したパンか当ててみてちょうだい」
パパはテーブルの方へ移動、そしてパパの前にパンが置かれる。見た目はほぼ同じパン。だから見ただけじゃ、パパは分からないはず。というか私でも、ママが置いているのを見ていなかったら、分からないんじゃないかな?
しかも焼き上がってから1個食べて、その後すぐにマジックバッグにしまったから、暖かさもほぼ一緒。
「ふむ。見た目はほとんど変わらんな。香りも……同じような? いや、こっちの方が、いつものヒトミのパンに近い気がするな。どちらかが、今日焼いたパンで間違いないんだな?」
「ええ」
「なるほど。私たちがいつも食べているパンが、ここまで香りの良いものになるとはな。まだ、どちらかは分からないが、それだけでも凄いことだ。さて、次は手触り、それからパンを割った時の状態、最後に舌触りと味か……」
そう言って、順番に確かめていくパパ。香りに続いて、手触りもほとんど差はない。それから、パンを割った時のふっくらとした感触や、さらに広がる香りも、ほぼ差はないよ。というか、片方はいつもの私のパンだしね。
そして、いよいよ試食の時。両方のパンを、じっくり時間をかけて確かめるパパ。その様子は、まるでパンソムリエみたいだった。ああでもない、こうでもないと、独り言を言いながら、細かく確認している。
そんなパパの隣では、まったく関係のないモルーが、わざわざ私に2つパンを出せと言ってきて、パパの真似をしながら、
『う~ん、こっちのパンはふっくらなんだじょ。でも、こっちのパンもふっくらなんじょ』
なんて言って、パパの邪魔をしていたよ。
そうして、パパがパンを食べ始めてから10分後。
「俺は、こっちがいつものヒトミのパンで、こっちが新しく焼いたパンだと思うが? それとも、俺は騙されていて、どちらもヒトミのパンなのか?」
「騙すわけないでしょう。それで答えは……正解よ」
「……本当か? 本当に、俺は正解したのか?」
「しぇいかい!!」
私は、パチパチと拍手をする。
「まさか、これほど素晴らしいパンを焼くことができたとは……」
「あのね、ちょっとちがうの。でも、おいちいパンがやけまちた!!」
私にしてみると、というか、私とグルルとモルーにしてみると、やっぱり私のパンとは、少し違う感じがするの。それでも、これから微調整していけば、なんとかなると思うんだ。
でも、今までの、この世界での普通のパンと比べてだったら、まったく違う、とっても美味しいパンを焼く事ができた。たぶんこれなら、洞窟にいるシエラやマーゴおばあちゃん、アース、他のみんなも喜んでくれるんじゃないかな。
それくらい、美味しいパンを作る事ができたんだよ。
「まさか、1回目のパン作りで、ここまで素晴らしい物ができるとはな」
「でしょう? 私もびっくりよ」
「俺たちが今まで食べていたパンって、なんだったんだろうな」
「作り方や直し工程を変えるだけで、こんなに変わるなんてね。材料の量もだけど」
私も、最初からここまでのパンが焼けるなんて、思っていなかったよ。そして、そのおかげで『あれ』についても、どうにかなりそうで良かった。まさかパンに、あんな危険が孕んでいたなんてね。




