第3話 パン争奪戦と転び損
『う~ん、良い匂いなんだじょ。…ん? あれ? 何で人間が居るんだじょ? それに、何でグルルも一緒に居るんだじょ? まぁ良いじょ。良い匂いはどこだじょ~』
目を閉じてクンクンと匂いを嗅ぎながら、うっとり顔でどんどんこっちへ近づいて来た、もふもふのコウモリ似の生き物。目を瞑っていたせいか、途中まで私の存在には気づかず、ふと目を開けて私を確認した時は、一瞬だけ真顔に戻ったよ。
だけどすぐに良い匂いの方へ気持ちが戻ったみたいで、またクンクン匂いを嗅ぎながら、良い匂いの元を探し始めた。
というかね、グルルって誰よ。さっきの言葉、何でグルルと一緒に居るんだってやつ。人間は私のことで間違いないとして、一緒に居るってことは、この大きなオオカミ似の生き物のことかな?
本当にそうなら、体に見合わずずいぶん可愛い名前なんだね。まぁ今の姿は、最初の圧なんて少しもなく、いや全くなくて。威厳っていうのかな、それも消えちゃっていて、ただのご飯をたらふく食べて満足し、良い笑顔で寝ているわんちゃんって感じだけども。
それと私、このもふもふコウモリの言葉が普通に分かるけど。これってあれかな? バカ神にもらった、言語能力のおかげかな? それともこの世界では、こういった生き物の言葉をみんな理解できるとか?
『どこだじょ~、良い匂いどこだじょ~』
最初は、どんどん近づいてきたもふもふのコウモリ。だけど途中からはしっかり匂いを嗅ぎ、少しずつ確実に、私たちの方へ近づいてきて。
そして近づいてくるうちに、私たちの真後ろじゃなく、少し斜めにずれて飛び始めたせいで、大きなオオカミ似の生き物の体に隠れて見えなくなっちゃったんだ。だけどすぐ、
『あっ!! それなんだじょ!? 匂い、それからするんだじょ!!』
と、何かに気づいたらしい声が聞こえたんだ。
私は場所を移動して、大きなオオカミ似の生き物の顔の前に出ると、もふもふコウモリの声がした方を見てみる。
するとそのもふもふコウモリは、大きなオオカミ似の生き物の前足のあたりをじっと見ていて、とても嬉しそうな顔をしていたんだ。
実は、大きなオオカミ似の生き物、パンを1つだけ食べずに残していてね。それを手で囲うようにし、パンの横に顔を置いて、パンの匂いを嗅いでいたの。そのパンに、もふもふコウモリが気づいたみたい。
どこから飛んできたのか分からないけど、今まで姿が見えなかったってことは、少なくとも見えない場所から飛んできたんだよね。パンの匂いって、そんな遠くまで届くものなのか? 生き物だから、遠くの匂いまで分かるとか?
『う~ん、とっても良い匂いで、それからとってもふわふわしてそうで、こう、もっちりもしてそうで。あとはあとは、色もきれいで、ツヤツヤもしてて、これ、ぜったい世界で1番美味しいやつなんだじょ!!』
お、おう。そんなに褒めてもらえるなんて。ありがとう! まぁ、ちょっと褒められ過ぎて、嬉しいような恥ずかしいような気分だよ。
ただ、こんなにニコニコしながら褒めてくれていた、もふもふコウモリだったけど、それは長く続かなかったんだ。
急に真顔に戻ると、じっと大きなオオカミ似の生き物を見て、そのあとはジト目で見始め。そして……。
『グルル、ひとりじめダメなんだじょ。グルル、それ絶対にそれ食べたんだじょ』
やっぱりこの大きなオオカミ似の生き物、グルルって名前みたい。
『食べてない、言わせないないんだじょ。口の毛に、同じ色のやつ付いてるんだじょ。床にも少し、同じ色のやつ落ちてるんだじょ。それにそんなに大事に持ってるの、他のやつに渡さないためなんだじょ』
おお、なかなかに鋭い。私は大きなオオカミ似の生き物を見る。ただ、大きなオオカミ似の生き物は、我関せずって感じで目を瞑ったまましっぽをフリフリ。それから大きな溜め息を吐いたあと向きを変え、そのまま寝続けようとしたんだ。
『絶対、独り占めダメなんだじょ!』
『……』
『おいらにも分けるんだじょ!』
『……』
『おいら世界で1番、食べたいんだじょ!!』
『……』
何を言われても、無視を決め込む大きなオオカミ似の生き物。しかも煩いとばかりに、嬉しそうにフリフリ振っていたしっぽを一旦止めて。それから、しっしっと追い払うみたいに、しっぽを振ったんだ。
そしてそのあとは、何事もなかったように、ふりふりと嬉しそうなしっぽ振りに戻したの。
『むー、おいら絶対食べるぞ!! 突撃だじょ!!』
それに怒ったもふもふコウモリが、パンに向かって突撃してきた。そりゃあ、あんなしっぽの振られ方されたら、誰だって怒って、よこせってなるわな。ただ……。
もふもふコウモリの飛んできた方向が悪かった。パンは、大きなオオカミ似の生き物の腕の中。私たちの真後ろじゃなく斜めの位置にいたとはいえ、パンともふもふコウモリの間には、ブンブンと揺れている、大きなオオカミ似の生き物のしっぽがあって。
大きなオオカミ似の生き物は、ライオンの3、4倍の大きさだからね。となるとしっぽもそれだけ大きいわけで。それに比べて、もふもふコウモリ似の生き物は子犬の大きさ。それなのに、もしもしっぽにぶつかったら?
『世界で1番美味しい、食べさせるじょ!!』
危ないと思った私は、急いでもふもふコウモリ似の生き物に声をかけた。
「しょのまま、あぶない!! いっかいとまっちぇ!!」
『ん、じょ?』
うん、言うのが遅かった。というか思ったよりも、もふもふコウモリの飛ぶスピードが速く、私が声をかけた時にはすでに、しっぽの所まで移動してきていて。しかも私が声をかけたから、そこで止まっちゃって。そして……。
『おい、うるさいぞ! 良い気分で寝ているんだ。静かにしないか!』
そう誰かの声が聞こえた瞬間、パシッ!!
『へぶっ!?』
もふもふコウモリ似の生き物に、大きなオオカミ似の生き物の大きなしっぽが、もふもふコウモリに直撃。もふもふコウモリはかなり遠くまで飛ばされたあと、地面を滑るようにして止まったんだ。
というか今の、喜びフリフリの延長じゃないよね? わざともふもふコウモリを攻撃しなかった!?
「こ、こもりしゃん!?」
『こもりさん? 誰だそれは。あれのことなら、あれはモルフィンだぞ』
こもりさんじゃないよ、コウモリさんって言ったんだよ。まったく、子供言葉になっちゃうから、上手く伝わらないじゃないか。って、ん?
「こもりしゃんじゃない?」
『ああ、モルフィンだ』
私は声のした方を見る。
「もるふぃん?」
『そうだ、モルフィンだ』
声は大きなオオカミ似の生き物の声だった。うん、姿に合う、ダンディーな声だね。って、そうじゃなくて。
「どちて、もるふぃん、はたきことばちたの。たまたまぶちゅかったんじゃない。わじゃわじゃはたいちゃ。もるふぉん、けがちたかも」
いや、あの当たり方。もしかしたら……。
『あんなもので、奴がどうにかなるものか』
「でも……」
と、その時だった。
『ううう……』
そう声が聞こえて、私は急いで声の方を見る。
モルフィンと呼ばれているらしいもふもふコウモリが地面に落ちた時、少し土煙が上がって、モルフィンが見えなくなっていたんだけど。
話している間に土煙がおさまっていて、モルフィンの姿がハッキリと見えるようになっていたんだ。そしてモルフィンは仰向けで、パタリと地面に倒れていたよ。
良かった、うめき声が聞こえたってことは死んでないね。でも、あの感じ、やっぱり怪我をしたんじゃないかな。
「だいじょぶ!?」
『ううう……』
『おい、何を寝転んでいる。お前があれくらいでどうにかなるたまか。結界でかすり傷も負わんだろうが』
『ううう……じょ』
何を言われても起き上がらず、呻いているモルフィン。結界? かすり傷さえ負わない? でも全然起きないじゃん。
「やっぱり、けがちたのかも! だいじょぶ!?」
今の私に何ができるってわけじゃないけど、それでも放っておけなくて、私はモルフィンの方へ走り出す。
『おい! 奴なら大丈夫だ! 奴は本当にあれくらいでは怪我はしない! それよりもお前の方がこんな所で走ったら……』
そう、大きなオオカミ似の生き物が言った瞬間、ドシャーッ!!
ええ、思い切り転びましたとも。一応手はついたけどね。今までは大人だったのに、急にちびっ子になって、その体に慣れていなかったせいか足がもつれ。手と同時に顔からドシャーッ!! といきましたよ。
「い、いちゃ……」
『はぁ、だから言わんこっちゃない』
目に涙が滲む。い、痛い~!?
私は少しだけ顔を上げる。と、仰向けで倒れていたはずのモルフィンが顔だけ上げ、驚いた顔で私を見ていたよ。そして、それからすぐだった。
『だ、大丈夫じょ!?』
モルフィンが勢いよく私の方へ飛んできたんだ。何だよ、元気じゃない。うん、元気で良かった。そして私は走り損だよ、いててて。まぁ、元気だったから良いか、はぁ……。




