不都合センスは恋故に
日が落ちるのも早くなった秋の終わり。
3人の男子高校生が部活動を終え、駅を目指していた。
「今月何回目だっけ、幸機がフラれるの?」
「5回目」
「はぁ~・・・」
「まぁそんなに落ち込むなよ。今度の土日、いつもみたいに皆でパーッと遊んで忘れようぜ」
街灯に照らされた夜道を並んで歩きながら、友人たちは励ましの言葉を投げ、肩を叩いてコウキを励ましていた。
しかし、次第に話の筋はずれていき、遊びの予定を立て始め、最後にはくだらない話へと移り変わっていった。
「俺、カラオケに一票」
「は?やっぱ、ボーリングっしょ。お前のゴミボなんて聞きたかないね」
「誰がゴミボだ。ターキーも出せない、へなちょこボーラーがよぉ」
「・・・」
2人の友人が取っ組み合いをし出したのを後ろから見守っていると、高架駅が見えてきた。
周りに比べて明るい駅前には、様々な商業施設が立ち並び、たくさんの人々の往来で賑わっていた。
「それじゃあ俺たちは行くけど、元気出せって」
「そーそー。その内一人ぐらい彼女になってくれるって」
「ああ・・・ありがとう・・・」
友人達は別れを告げると手を振り、駅構内へと走っていく。
その姿が見えなくなるまで見送ると、幸機はそのまま帰宅せず、駅近くの学習塾へと向かった。
5階建てのビルの出入り口には、1人の少女が立っていた。
同じ高校の制服を着用し、綺麗に整えられた長い髪をかき上げながら、切れ長の目をスマホの画面に落としている。
ビル中から他校の生徒が出てきても、目もくれず、必死にスマホの画面と睨めっこしている彼女を見て、幸機は溜息をついた。
「中で待ってろっていつも言ってるだろ、優良」
少女は顔を上げると、いそいそとスマホをしまい込み、すました顔で反論した。
「別にどこで待ってても良いでしょ」
「スマホに夢中で、他人が近づいてきても気づいてないのにか?もし万が一があったら、おばさんになんて説明すりゃいいんだよ」
「・・・幼馴染だからって過保護すぎ。うざい」
そう言って、優良はそっぽを向いてスタスタと先を歩き始め、幸機は頭を掻きながら、その後ろを追いかけた。
比較的明るく開けた道を歩く2人に会話は無かった。
行き交う人々の会話や遠くで鳴るサイレンが良く聞こえたが、特に幸機が気になったのは、路肩でいちゃつくカップルだった。
愛を囁き、じゃれ合う様子は、今の幸機にとって毒に他ならず、歩調は徐々に落ちていき、優良の背中は遠くなっていった。
「ちょっと」
どんどんと離れる幸機に気づき、優良が不満そうに振り返る。
「離れないでよ。万が一があったらどうするの?」
「悪い悪い」
「何か変な様子だけど、どうしたの?」
幸機が駆け寄ると、2人は並んで歩き始めた。
「今日も告白したんだけどダメでさ・・・さっき通り過ぎたカップル見た?」
「・・・見たけど」
「俺に彼女がいなくて、あっちの男には彼女がいるのは、いったい何が違うのかなって。あの人は何人に告白して、何人目でOK貰えたのか、OKした側も何が良くてOKしたのか、何で誰も俺と付き合ってくれないのか気になってさ」
幸機は不思議そうに夜空を見上げながら、とうとうと話し続ける。
「どうやったら俺に彼女ができると思う?」
優良の握っていたカバンの紐には、先程より深い皺が寄っていた。
2人は大通りからわき道に入り、住宅街を進み始めた。
静まり返った生活道路には、バタバタと揃わない2人の足音が鳴り響いていた。
「俺って足早いじゃん。何でモテない?」
「それがモテるのは小学生まででしょ」
「髪も染めて、生徒指導にも呼ばれたことあるぞ。ちょっとヤンチャしてる奴の方が女子的には良いんじゃないのか?」
「それでモテるのは中学生ぐらいまででしょ。まぁ私はそういう人、ずっと嫌いだけど」
「顔だって悪くない方だろ?」
幸機は優良の前に回り込み、顔を近づけて見せる。
しかし、彼女は視線を逸らし、彼を避けて歩みを止めない。
「顔が良くても、賢くない。この前の中間テストの点数も赤点ギリギリだったでしょ?」
「なるほど。馬鹿じゃモテないのか・・・」
「・・・教えないけど」
「なんでだよぉ!?俺に一生彼女が出来なくても良いって言うのか!?」
再び2人は肩を並べて歩み始め、相も変わらず足並みも不揃いなままだった。
「幸機は、どうしてそこまでして彼女が欲しいの?」
「そりゃ欲しいだろ。もう高2だし」
「理由になってなくない?」
「じゃあ優良は彼氏欲しくないのか?」
その質問に優良は黙り込んだ。
気になった幸機が彼女の顔を覗き込むと、唇を固く結びながら薄暗い足元を見つめていた。
その様子に、彼は周囲に気を配り始める。
どこかからか漂ってくる中華料理の匂い。
猫が喧嘩する声に、頭上を飛んでいくヘリコプターの音。
そして少し先の十字路から聞こえる車のエンジン音に気が付いた。
「ストップ」
幸機が優良の前に腕を出すと、1台の車が十字路を一時停止せずに走り去っていった。
車を見送り、左右を確認する幸機の隣で、優良は自身の髪を触りながら小さくつぶやく。
「ありがとう」
「ん」
そしてまた歩き始めた2人の足並みは、半歩だけ近づいていた。
「さっきの答えだけど、分からないかな」
「なんだよ、それ」
「幸機だって、ちゃんとした答えを持ってないでしょ?」
「あるよ。もう高2だし、このまま彼女いない歴=年齢は避けたいでしょ」
「それって彼女が欲しい理由じゃないよね?彼女がいない現状が嫌なだけじゃない?」
今度は幸機が黙り込み、腕を組んで唸りだす。
優良はその様子を伺いながら、言葉を選んでゆっくりと話始める。
「カップルってさ。デートするじゃん。相手の行きたい場所とか自分の行きたい場所、それから2人共が行きたい場所とか」
「ああ、そうだな」
「それってつまり、自分の時間を差し出したり、相手の時間を貰ったりしてるって言えない?」
角を曲がると、すぐ目の前に優良の家が見えた。
2人は角で足を止め、月明かりの下で話を続ける。
「時間って、つまり人生じゃん。そんな大切なものをあげたり、もらったりする関係になるのに、大した理由が無いって、少し軽率じゃないかな?」
「・・・いや、でも皆そんな事考えてるのか?」
「皆が考えてなければ、幸機も考えなくていいの?」
幸機は眉間に皺を寄せ、夜空を見上げて目を瞑った。
誰かの庭先で鳴く小さな虫の音を聞きながら、彼が思案する様子を優良は固唾をのんで見守った。
「俺、もう一回ちゃんと考えてみるよ」
「うん。私も考えてみるから、また話そう」
「おう。そんじゃ、また明日な」
「送ってくれてありがとう。また明日」
最後に手を振って角で別れた2人の足音は、息がそろったように綺麗に重なっていた。
優良は自室のドアを開け、勢いよく自身のベッドに倒れ込んだ。
「都合のいい事言っちゃってさぁ・・・」
深い溜息をつき、枕を手繰り寄せると強く抱きしめた。
自分だって他人に言えるほどの大層な理由なんて無いのに・・・
寝返りを打ち、机の上に飾っていた写真立てを見つめる。
移っていたのは小学生の入学式の日に母が撮ってくれたツーショットだった。
でもしょうがないじゃん。
ああやってハードル高くしないと、また誰かに告白しちゃうんだから。
その内、絶対誰かがOKしちゃって、もう夜も送ってくれなくなって、学校でも話しかけづらくなって、次第に距離が出来て、疎遠になって、そうなったら・・・
告白の報告を聞いた時の様に、心臓が締め付けられ、息が苦しくなる。
抱きしめていた枕には、先程よりも深い皺ができ、今にも綿が飛び出そうだった。
・・・これじゃあ自分勝手すぎる。私の都合に幸機を合わせようとしてる。
これは良くない。良くないのは分かってる。だけど、だけどな~・・・
優良は俯せに枕に顔を埋めると、足をばたつかせて悶絶した。
「あんた、何やっての?」
優良は急いで枕から顔を出すと半開きのドアの方を見た。
気配を殺して隙間からこちらを覗き込んでいたのは、母だった。
「ノックしてよ!!」
「その様子だと、また進展なしか。母がこんなにアシストしてあげてるのに・・・恋愛センスが無いのは、お父さんに似かしら?」
「うっさい!!」
優良は鼻息荒くドアを勢いよく閉めると、母は廊下でやれやれと溜息をつくのだった。
朝の教室で、男女が集まり、窓の外を眺めていた。
「あ、登校してきた」
「今日も2人一緒に登校ですか・・・」
「あれで付き合ってないんだから不思議だわ」
「学校じゃ有名なのにな~」
窓から見える校門には、幸機と優良が並んで登校して来ていた。
「で、あれから告白してないの?」
「だな。どういう心境の変化があったのか知らないけど、無差別告白はしなくなったよ」
「じゃあ、とうとう優良ちゃんの気持ちに─────────」
「「妹にしか見えない」だとさ」
「あの唐変木・・・!」
外では幸機が講釈を垂れ始め、それを聞いていた優良がそっぽを向いていた。
「俺が直接、幸機に言ってこようか?」
「言ったら絶交」
「なんでだよ!?付き合うなら早い方が良いだろ!?」
女生徒は男子生徒に向き直り、真剣な表情で言い放った。
「あんな不器用な恋愛、ずっと見てたいでしょ。結ばれるのは卒業式の日で良いの」
「・・・勝手すぎん?」
「身勝手の極意」
「我儘の間違いだろ」
教室内には拳が飛び交い、入ってきた幸機と優良は驚きながらも阿吽の呼吸で止めに入る。
そうして今日も、共有される時間に気づく才能の無い2人は、周りを楽しませ続けるのだった。




