表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

才能談義集

不都合センスは恋故に

作者: 不弁

 日が落ちるのも早くなった秋の終わり。

 3人の男子高校生が部活動を終え、駅を目指していた。


「今月何回目だっけ、幸機(こうき)がフラれるの?」

「5回目」

「はぁ~・・・」

「まぁそんなに落ち込むなよ。今度の土日、いつもみたいに皆でパーッと遊んで忘れようぜ」


 街灯に照らされた夜道を並んで歩きながら、友人たちは励ましの言葉を投げ、肩を叩いてコウキを励ましていた。

 しかし、次第に話の筋はずれていき、遊びの予定を立て始め、最後にはくだらない話へと移り変わっていった。


「俺、カラオケに一票」

「は?やっぱ、ボーリングっしょ。お前のゴミボなんて聞きたかないね」

「誰がゴミボだ。ターキーも出せない、へなちょこボーラーがよぉ」

「・・・」


 2人の友人が取っ組み合いをし出したのを後ろから見守っていると、高架駅が見えてきた。

 周りに比べて明るい駅前には、様々な商業施設が立ち並び、たくさんの人々の往来で賑わっていた。


「それじゃあ俺たちは行くけど、元気出せって」

「そーそー。その内一人ぐらい彼女になってくれるって」

「ああ・・・ありがとう・・・」


 友人達は別れを告げると手を振り、駅構内へと走っていく。

 その姿が見えなくなるまで見送ると、幸機(こうき)はそのまま帰宅せず、駅近くの学習塾へと向かった。



 5階建てのビルの出入り口には、1人の少女が立っていた。

 同じ高校の制服を着用し、綺麗に整えられた長い髪をかき上げながら、切れ長の目をスマホの画面に落としている。

 ビル中から他校の生徒が出てきても、目もくれず、必死にスマホの画面と睨めっこしている彼女を見て、幸機(こうき)は溜息をついた。


「中で待ってろっていつも言ってるだろ、優良(うい)


 少女は顔を上げると、いそいそとスマホをしまい込み、すました顔で反論した。


「別にどこで待ってても良いでしょ」

「スマホに夢中で、他人が近づいてきても気づいてないのにか?もし万が一があったら、おばさんになんて説明すりゃいいんだよ」

「・・・幼馴染だからって過保護すぎ。うざい」


 そう言って、優良(うい)はそっぽを向いてスタスタと先を歩き始め、幸機(こうき)は頭を掻きながら、その後ろを追いかけた。



 比較的明るく開けた道を歩く2人に会話は無かった。

 行き交う人々の会話や遠くで鳴るサイレンが良く聞こえたが、特に幸機(こうき)が気になったのは、路肩でいちゃつくカップルだった。

 愛を囁き、じゃれ合う様子は、今の幸機(こうき)にとって毒に他ならず、歩調は徐々に落ちていき、優良(うい)の背中は遠くなっていった。


「ちょっと」


 どんどんと離れる幸機(こうき)に気づき、優良(うい)が不満そうに振り返る。


「離れないでよ。万が一があったらどうするの?」

「悪い悪い」

「何か変な様子だけど、どうしたの?」


 幸機(こうき)が駆け寄ると、2人は並んで歩き始めた。


「今日も告白したんだけどダメでさ・・・さっき通り過ぎたカップル見た?」

「・・・見たけど」

「俺に彼女がいなくて、あっちの男には彼女がいるのは、いったい何が違うのかなって。あの人は何人に告白して、何人目でOK貰えたのか、OKした側も何が良くてOKしたのか、何で誰も俺と付き合ってくれないのか気になってさ」


 幸機(こうき)は不思議そうに夜空を見上げながら、とうとうと話し続ける。


「どうやったら俺に彼女ができると思う?」


 優良(うい)の握っていたカバンの紐には、先程より深い皺が寄っていた。



 2人は大通りからわき道に入り、住宅街を進み始めた。

 静まり返った生活道路には、バタバタと揃わない2人の足音が鳴り響いていた。


「俺って足早いじゃん。何でモテない?」

「それがモテるのは小学生まででしょ」

「髪も染めて、生徒指導にも呼ばれたことあるぞ。ちょっとヤンチャしてる奴の方が女子的には良いんじゃないのか?」

「それでモテるのは中学生ぐらいまででしょ。まぁ私はそういう人、ずっと嫌いだけど」

「顔だって悪くない方だろ?」


 幸機(こうき)優良(うい)の前に回り込み、顔を近づけて見せる。

 しかし、彼女は視線を逸らし、彼を避けて歩みを止めない。


「顔が良くても、賢くない。この前の中間テストの点数も赤点ギリギリだったでしょ?」

「なるほど。馬鹿じゃモテないのか・・・」

「・・・教えないけど」

「なんでだよぉ!?俺に一生彼女が出来なくても良いって言うのか!?」


 再び2人は肩を並べて歩み始め、相も変わらず足並みも不揃いなままだった。


幸機(こうき)は、どうしてそこまでして彼女が欲しいの?」

「そりゃ欲しいだろ。もう高2だし」

「理由になってなくない?」

「じゃあ優良(うい)は彼氏欲しくないのか?」


 その質問に優良(うい)は黙り込んだ。

 気になった幸機(こうき)が彼女の顔を覗き込むと、唇を固く結びながら薄暗い足元を見つめていた。

 その様子に、彼は周囲に気を配り始める。


 どこかからか漂ってくる中華料理の匂い。

 猫が喧嘩する声に、頭上を飛んでいくヘリコプターの音。

 そして少し先の十字路から聞こえる車のエンジン音に気が付いた。


「ストップ」


 幸機(こうき)優良(うい)の前に腕を出すと、1台の車が十字路を一時停止せずに走り去っていった。

 車を見送り、左右を確認する幸機(こうき)の隣で、優良(うい)は自身の髪を触りながら小さくつぶやく。


「ありがとう」

「ん」


 そしてまた歩き始めた2人の足並みは、半歩だけ近づいていた。


「さっきの答えだけど、分からないかな」

「なんだよ、それ」

幸機(こうき)だって、ちゃんとした答えを持ってないでしょ?」

「あるよ。もう高2だし、このまま彼女いない歴=年齢は避けたいでしょ」

「それって彼女が欲しい理由じゃないよね?彼女がいない現状が嫌なだけじゃない?」


 今度は幸機(こうき)が黙り込み、腕を組んで唸りだす。

 優良(うい)はその様子を伺いながら、言葉を選んでゆっくりと話始める。


「カップルってさ。デートするじゃん。相手の行きたい場所とか自分の行きたい場所、それから2人共が行きたい場所とか」

「ああ、そうだな」

「それってつまり、自分の時間を差し出したり、相手の時間を貰ったりしてるって言えない?」


 角を曲がると、すぐ目の前に優良(うい)の家が見えた。

 2人は角で足を止め、月明かりの下で話を続ける。


「時間って、つまり人生じゃん。そんな大切なものをあげたり、もらったりする関係になるのに、大した理由が無いって、少し軽率じゃないかな?」

「・・・いや、でも皆そんな事考えてるのか?」

「皆が考えてなければ、幸機(こうき)も考えなくていいの?」


 幸機(こうき)は眉間に皺を寄せ、夜空を見上げて目を瞑った。

 誰かの庭先で鳴く小さな虫の音を聞きながら、彼が思案する様子を優良(うい)は固唾をのんで見守った。


「俺、もう一回ちゃんと考えてみるよ」

「うん。私も考えてみるから、また話そう」

「おう。そんじゃ、また明日な」

「送ってくれてありがとう。また明日」


 最後に手を振って角で別れた2人の足音は、息がそろったように綺麗に重なっていた。



 優良(うい)は自室のドアを開け、勢いよく自身のベッドに倒れ込んだ。


「都合のいい事言っちゃってさぁ・・・」


 深い溜息をつき、枕を手繰り寄せると強く抱きしめた。


 自分だって他人に言えるほどの大層な理由なんて無いのに・・・


 寝返りを打ち、机の上に飾っていた写真立てを見つめる。

 移っていたのは小学生の入学式の日に母が撮ってくれたツーショットだった。


 でもしょうがないじゃん。

 ああやってハードル高くしないと、また誰かに告白しちゃうんだから。

 その内、絶対誰かがOKしちゃって、もう夜も送ってくれなくなって、学校でも話しかけづらくなって、次第に距離が出来て、疎遠になって、そうなったら・・・


 告白の報告を聞いた時の様に、心臓が締め付けられ、息が苦しくなる。

 抱きしめていた枕には、先程よりも深い皺ができ、今にも綿が飛び出そうだった。


 ・・・これじゃあ自分勝手すぎる。私の都合に幸機(こうき)を合わせようとしてる。

 これは良くない。良くないのは分かってる。だけど、だけどな~・・・


 優良(うい)は俯せに枕に顔を埋めると、足をばたつかせて悶絶した。


「あんた、何やっての?」


 優良(うい)は急いで枕から顔を出すと半開きのドアの方を見た。

 気配を殺して隙間からこちらを覗き込んでいたのは、母だった。


「ノックしてよ!!」

「その様子だと、また進展なしか。母がこんなにアシストしてあげてるのに・・・恋愛センスが無いのは、お父さんに似かしら?」

「うっさい!!」


 優良(うい)は鼻息荒くドアを勢いよく閉めると、母は廊下でやれやれと溜息をつくのだった。



 朝の教室で、男女が集まり、窓の外を眺めていた。


「あ、登校してきた」

「今日も2人一緒に登校ですか・・・」

「あれで付き合ってないんだから不思議だわ」

学校(うち)じゃ有名なのにな~」


 窓から見える校門には、幸機(こうき)優良(うい)が並んで登校して来ていた。


「で、あれから告白してないの?」

「だな。どういう心境の変化があったのか知らないけど、無差別告白はしなくなったよ」

「じゃあ、とうとう優良(うい)ちゃんの気持ちに─────────」

「「妹にしか見えない」だとさ」

「あの唐変木・・・!」


 外では幸機(こうき)が講釈を垂れ始め、それを聞いていた優良(うい)がそっぽを向いていた。


「俺が直接、幸機(こうき)に言ってこようか?」

「言ったら絶交」

「なんでだよ!?付き合うなら早い方が良いだろ!?」


 女生徒は男子生徒に向き直り、真剣な表情で言い放った。


「あんな不器用な恋愛、ずっと見てたいでしょ。結ばれるのは卒業式の日で良いの」

「・・・勝手すぎん?」

「身勝手の極意」

「我儘の間違いだろ」


 教室内には拳が飛び交い、入ってきた幸機(こうき)優良(うい)は驚きながらも阿吽の呼吸で止めに入る。

 そうして今日も、共有される時間に気づく才能の無い2人は、周りを楽しませ続けるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ