佐藤正雄
「どういうことだって言ってんだよ」
あの人はそのまま俺を殴り飛ばした。
「違います、俺はただあなたのためだけに動いたんです、だから凜々花もちゃんとあなたのところに行ったでしょう」
俺は精一杯あの人に説明しようとした。
ただ喜んでもらいたいだけだったんだ。
「凜々花は何でお前の言うことを聞いたんだ」
そう言われて、俺は返事に詰まった。
凜々花に告白されたとは言えない。
「なあ、答えろよ、どういうことなんだ」
あの人は本気で俺を怒っている。
でも、俺はずっとあの人のためだけに動いてきた。それだけは本当で。
「凜々花が、俺のためなら何でもするって言ってきて、だから俺は貴方に喜んでほしかっただけなんです。それに、傍にいれば凜々花だっていつかは貴方を愛するだろうって思ってましたから」
俺の顔面に靴底がめり込んだ。
「ふざけんなよ」
そう言ってそのままめったげりにされた。
「ふざけんな、ふざけんな」
そう呟くように言いながら。
ようやく俺は恐怖を覚えた。もしかしてこのまま殺されるんじゃないか?
そう思った俺は精一杯身体を転がした。そして必死に立ち上がってその場から必死に走った。
とにかく、凜々花を使うしかない。凜々花にあの人のご機嫌を取ってもらわなければ。
下手すれば俺が殺されるかもしれないんだ。木っと凜々花もうなずいてくれる。
つぶれた鼻と足跡だらけの格好で帰ってきた俺に家族は仰天した。
「何があった」
そう親父に聞かれ、ちょっとあの人を怒らせたと言うとその場で母ちゃんに荷造りをさせろと言い出した。
前々から親戚に頼んでこの街を出る準備だけはしていたと。
「なんで」
俺がそう言うと姉期は軽蔑したように言った。
「当たり前でしょ、あんたみたいな間抜けがあの家の人間の周りをちょろちょろしてうまくやり続けるなんて無理に決まってる。何かしらドジを踏んで怒らせるのが関の山ってやつよ」
「だから準備だけはしていたの。思ったより早かったわね」
母ちゃんもそう言ってすでに今使わない季節用品は他県の貸倉庫に送ってしまったと言っていた。
遠からずこの街を出ていく準備をすでにしていたのだ。
「あんな家のある街なんて長居するところじゃないわ、もともとおじいちゃんのためにとどまっていただけ。去年亡くなったから引っ越しは決定事項よ」
姉期はそう言って当座の荷物をまとめていた。
「だから大丈夫だって、俺が何とか」
「できるわけないでしょ」
姉貴が一蹴して。さっさと荷物をまとめろと言い放った。
俺はスマートフォンで凜々花を呼び出そうとした。ラインには凜々花から一件あった。
『凜々花の兄です。凜々花は遠くに連れていきます。このスマートフォンは捨てました。さようなら』
俺は凜々花のラインにメッセージを送り続けた。だけど既読が付くことはなかった。




