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灯篭図書館  作者: Ryu-ne
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館長さんと就職先

字に癖がある。そもそも貴女はあまり淑女教育に熱心ではなかった。文章が拙くて、喋るような調子で書いてある手紙を私が指摘しては、苦い顔をしながら書き直していた。本の一頁に何とか収まるように書いたような、冒頭の部分の字が大きく、段落が下がるにつれて小さくなる文章。この本は貴女の人生を記した本だというのに、私宛の手紙代わりにしては半端じゃないか。


様々な想いが私の脳裏をよぎるが、遂には大きな感情に塗りつぶされてしまった。


悲しみ。袖で乱暴に目をこすっても、自分の意志とは反対に目頭が熱くなる。息をうまく吸えず、嘔吐えずくのが止められない。別れが惜しい、そう感じたのはいつぶりだったか。もう会えないことはわかっているが、もう一度逢えたらと思う。恋慕というほど若くはない。親愛にしては欲がない。言葉に表現しきれぬ不思議な関係が作り上げてきた、貴女なりの不器用な愛が、ここにあった。


幾ばくかの余白を開け、深く息を吸い、己の心の濁流を沈め、息を吐く。段々と繰り返していくうち、ただゆっくりと瞼が重くなっていった。体の緊張が解け、感じていなかったはずの眠気がゆっくりと身体中を包む。


夢の中でも逢えるだろうか。いや、逢う必要はない。貴女はいつかまた、私に逢いに来てくれると言ってくれたではないか。私は知っている。貴女は義理堅い人だから。










どうやらずいぶん長く眠っていたらしい。頭の気怠さを感じながら起きたのは自室として案内された部屋だった。誰かが運んでくれたのだろうか。だとしたら少し申し訳ないと思いつつ、枕元にある一冊の本が、ここが夢ではないと証している。喉の渇きと腹の空きを覚えた私は、部屋にあるデンワを取る。


「ロンドだ。るーむさーびすをお願いしたい。何か飲み物と食べ物はあるか?」


『ロンド様、目覚められたのですね。ルームサービス承りました。凛がロンド様が起きられたらお会いしたいと言っていますが、連れてきてもよろしいでしょうか』


「リン殿が私に? 構わないとも。それではお願いするよ」


「承知いたしました。凛が勤務中ですので、少しお時間かかりますことご了承くださいませ」


そう言ってデンワが切れた。十数秒後。チリリンと部屋の呼び鈴が鳴る。




「ええ、ロンドさん。僕たち、起こそうと思ったんですよ? けど、メアリーーちゃんが『ロンドおじ様はいろいろあって疲れていると思います。なので、休ませてあげてください』って丁寧に書置きしてくれてたので、じゃあ起こさないでいいか、数時間眠らせておいてもいいでしょう、なんて言ってたんですけど」


「だとしても一週間眠ったままの人間だ、何かしら体に不調が出てもおかしくはないと思うのだが…」


「ロンド様の体調には問題ございません。灯篭図書館は()()()()()機能も備えておりますので。とはいえ、利用者様の健康面に配慮するのも灯篭図書館奉仕係たるわたくしの務めです。こちら、お粥です。スプーンをお使いくださいませ」


「ああ、ありがとう、アリサ殿。リン殿も、ご心配をかけてしまってすまないな」


「いえいえ! ロンドさんが元気になってくれるのが一番なんですから」



身体を起こしてベットの上から二人と会話することになった。さすがに失礼なのではないかと思ったが、アリサ殿が「あまり無理をなされないようにしてください。一週間も眠っておられたのですよ」なんて言われたものだから驚いた。経緯を説明してくれたリン殿もそうだが、一週間も眠るとなると健康面的に起こすのではないかとも思った。そこについては心配ないというアリサ殿もだが、やはりどこか異質な空間なのだなということを改めて実感する。



「あ、ロンドさん、館長戻ってきてますよ。ロンドさんの事情を館長にある程度説明させてもらいました。最初の方にお会いしたいっておっしゃってましたけど、どうしますか?」


「……! それならお会いしよう。ここにはいろいろと世話になった。その礼を言わせてほしい」


「承知いたしました。館長にアポイントメントを取らせていただきます。お時間は少し後にしましょうか。今が午前10時ですので…11時でよろしいでしょうか」


「ああ、ありがとうアリサ殿」



目の前に出された粥を少しづつ食べながらふと考える。この図書館が異常な場所だということは私も十分に分かった。では、なぜ彼ら彼女らはここにいるのだろうか。私がここにたどり着いたのは何か原因があるのだろうか。一番の悩みの種がなくなったこともあり、先日では考えられなかったようなことが次々と不思議に思えてくる。目の前にいる二人も、名前や見た目から人種が違うことは明らかだ。特にリン殿にいたっては黒髪黒目。アリサ殿の見た目も美しいものではあるが、リン殿と比べるとどちらかというと私に近いものを感じる。老若男女、様々な人がいるこの図書館は一体何なのだろうか。


食べ終わったのを見届けた後、二人はここに長くいるわけにもいかないからと部屋を出ていった。当然ではあるが、二人はそれぞれに仕事がある。ここの仕事も少なくはないのだろう、忙しそうに出ていった。忙しい中わざわざ時間を作ってくれるなんて、私のことをよっぽど心配してくれていたのだろうか。そこまでしなくてもいいのに、と少し申し訳なく思うのと同時に、彼らの気遣いに嬉しさを感じる。



面会の時間まで1時間もないほどだったが、それほど長く待ったようには感じなかった。歳を取るとどうも一日が早くて敵わないと思っていたが、肉体は若くなっているように感じるというこの違和感は何故なのか、そういえばメアリー嬢に感謝を伝えきれていないな、後で言いに行こうかなんていろいろなことを考えていたらあっという間に11時前になった。


チリリン、と呼び鈴が鳴る。きっと、アリサ殿が呼びに来てくれえたのだろう。



「どうぞ、入ってくれ」


「失礼します、ロンド様…。アポイントメントの時間が近いのでお呼びしようと思ったのですが…」


「? なにか不都合でも?」


「…本来であれば執務室にご案内する予定でしたが、その…。館長が…」



言い淀むアリサ殿の後ろからとある男性の姿が見える。



「彼は客人。しかも病人と言っていいほどに衰弱しきったんでしょ? わざわざ執務室につれてくる道理はないし、こちらから出向くのが筋ってもんじゃない?」


「それは確かにそうですが…。いえ、客人の体調管理を怠ったのは私の責任です。どうか処罰を」


「いやいやいや、しないよ? わざわざ優秀な人材をクビにしないでしょうに。気にしないでいいし、どうせならミスを挽回してくれるぐらい働いてくれたら嬉しいな」


「あ、その、なんだ。アリサ殿。もしかして彼が件の館長殿で相違ないか?」


「はい、そうです。彼が…」


「はじめまして、ロンド・ジルバーグさん。灯篭図書館で館長をやってる東本願寺 義理ぎりだよ、名前呼びだと面倒くさいから館長って言ってくれればいいかな」



私は遂にこの不思議な図書館の主と対面したのである。






「…考えられることはいろいろあるけど。あ、そうそう。ロンドさんがここに来た理由だけどね、僕にもさっぱりわかんないな。”原因不明”と言うほかに表現はないかな」



今現在行われているのは、館長との面会という名前の私の疑問解消会である。開口一番、「君が疑問に思っていることについて多少なりとも教えてあげられるけど?」と言われてしまってそれに乗らないものなどいないだろう。この図書館の不思議、本当に館長は全ての本を読んだことはあるのか、私がここに来た経緯など。様々な疑問に答えてくれたり、くれなかったりする。答えられないものは大抵「規則だから」という一言で終わってしまう。こちらとしては少し不満が残るが、これ以上踏み込むには覚悟が必要だというようなごん外の雰囲気に気おされてしまったので仕方あるまい。


この疑問解消会で特に内容の中心となっているのは「何故権利も案内もないロンドがここに来ることができてしまったのか」ということだ。



「灯篭図書館の主である貴方でも、か?」


「館長でいいって、必要以上に堅苦しくしなくていいし。あと、確かに僕は図書館ここの全権を行使できるけど、全容を把握しきっているわけじゃないよ」


「ではなんだ、君は雇われの館長とでも?」



館長から出てくる言葉にしてはなかなか興味深い発言が出てきた。事前に聞いていた話では、彼はこの図書館の全ての本を読んだことがあるのだというのに、全容を把握していないと言った。本のことは知っていても施設の仕様はわかっていないとでも?



「……ノーコメントで。ま、来た方法はともかく、帰る方法はこっちで準備できる。君が望むなら君の元いた世界でも、それとは別の、比較的戦乱の少ない平穏な世界に案内することもできるよ。後者を選ぶなら、凪にお願いしなきゃいけないけど。どうする?」



露骨に話を逸らされた気がするが、それも規則に触れる内容だとすれば。疑心暗鬼にもなるが、とりあえず今は現状の話をした方が良いように思えた。



「それなんだが…。正直今の私は元の世界に返るという選択肢はない。戦乱の有無に関わらず、あの世界に私を必要とするような人間はもういない。たかが老骨の騎士が一人消えたところで、何も問題はないだろう」


「成程。じゃあ、後者を選ぶわけだ」


「いや、そうではなくて、な。ここからは私、騎士であるロンドではなく、ただのロンドとしての頼み事だ」


「……」


灯篭図書館ここで働かせてもらえないだろうか」

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