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灯篭図書館  作者: Ryu-ne
3/5

3話 妖精と副館長

そもそもこの部屋には窓がある。そして景色がない。灯篭図書館の全てに窓が設置されているが外という概念が存在しないのだという。特別な職員用扉以外に外界を行き来する術はないらしい。早速その扉を見せてもらった。次元の扉と言う、灯篭図書館の館長殿が作った代物らしい。曰く、灯篭図書館と異なる世界を繋げる扉だと。リン殿が言っていた帰る方法とはこれの事であり、行き先を定める魔法は館長しか使えない、と彼は言っていた。


窓から見えるのは何もない漆黒。虚無が存在するとでもいうのだろうか。リン殿はこれを狭間と呼び、狭間に吸い込まれれば館長でも危ういとのこと。そうして今に至るのだがやはり窓の向こうに変化はなかった。代わり映えしない黒がただでさえ狂った体内時計をより狂わせる。先程食べた『びーふしちゅー』という一皿も腹の中に消え、本を読み進めた私には少し億劫だった。


時間というのは一定に進んでいないのかもしれないと考える真夜中。時計の針が日付を超えた私を笑い、手には読み終わった本が一冊。驚くべき内容の連続だった。口伝され、欠けて伝えられた私の知るトリン・ジルバーグがいかなる傑物だったかを鮮明に物語っていた。この本を探すのを手伝ってくれたリン殿も中身を気になっていたようだったが、『ねたばれ』は厳禁だと言われていたことを思い出す。口にしたい、感想を言い合いたいという気持ちを抑えつつ、私はとあることで迷っていた。


寝るか、起きるか。既に遅い時間であることもわかっているのだが、これほどまでに興奮しては寝付けないに違いない。少しの身体の気だるさとはやる気持ちを隠し切れないように私は部屋を出た。この部屋があるのは図書館の離れ。長い廊下を歩いたら本の山だ。リン殿に利用時間は特にないため、気が向いた時に本を探すのがいいと言ってくれた。ただし、職員が起きていないこともありえるので、本探しは少し難しいかもしれない、一応深夜にも活動する職員はいるがかなり癖の強い人物なので気を付けてくれと。彼の助言を胸に私はもう一冊気になる本はないかと足早に歩みだした。


扉を開ければ本の世界。灯篭? と呼ばれる明かりを頼りに進んでいく。先程借りていた『トリン・ジルバーグ』を返却棚という所に置き、何を読もうかと少し周りを見渡すと、リン殿と同じ制服を着る人影が。



「夜分遅くに失礼する。灯篭図書館の職員の方で間違いないだろうか」


「ええ、そうですよダンディーなおじ様。何かお探しの本でも?」



声が返ってきたのは私の腰ぐらいの高さから。小さな可愛らしい女の子を『妖精』と呼ぶのであればまさしくこの子のことを言うのではないだろうか。手入れされた美しいブロンドヘアー、好奇心が形作ったかのような大きい碧の瞳。何より小さい。私の孫と同じくらいの年齢ではないだろうかという少女が、灯篭図書館の職員をしていた。



「おっと…。お嬢さん、失礼だがおいくつかな? 良い子は布団で眠る時間だが」


「あら、私のことを知らないのねおじ様。私、東本願寺・メアリー、10歳! これでもれっきとした灯篭図書館の見回り係ですのよ? それに、私は夜に動く性質たちですので、特に眠くなりません!」


「そ、そうなのかな…。私はロンド。ロンド・ジルバーグだ。好きなように呼んでくれて構わないよ」


「ではロンドおじ様と呼びますね! 私のことはメアリーちゃんと呼んでください。それで? 私に何か手伝ってほしいことがあったのでしょう?」


「ああ、ついさっき本を読み終わってね。次に読む本がないかなと探していたところなんだ。なにか、おすすめの本はあるかい?」



東本願寺という新しい苗字が出てきた。しかもこんな夜に働いているのだという。これがいつもの私なら夜遅くまで子供が起きているのは何事か、と叱ったかもしれないが、彼女は他所様の子である以上、特に強く注意はできない。しかも夜中に見回りをしているというのだから、凄腕の警備員なのではないかと考えてしまう。今小さなくしゃみをしたこの少女がいいと言うのであれば、私から特に何か言うこともあるまい。



「えーとぉ、私が好きな本でよければこんなのですね! 強さを求め、数多の武術を会得し、最強のぶじゅちゅ(武術)を編み出した男の人生、『東里正三郎』。女性ながらに世界の謎とも言われたお宝『不可侵の宝珠』と手に入れた冒険家、『リリアン・ハンター』。平民から貴族へ成り上がり! 異世界の物や技術を販売し、総資産でまるっと世界を買い上げた! 商人『安里商利』。さあ、お好きなものをどうぞ!」



癖の強いとはこういうことだったのかと遅れて納得がいった。想像していた本とはえらく違っている。てっきり、年相応に絵本をおすすめされたり、童話などを読んでいるものだと思ったが。灯篭図書館にある本が人生をテーマにしている以上、子供向けな内容の本はないのだろう。トリンの本にトリンの妻の話もあったところを踏まえると読む本の内容も限られてくるに違いない。私は少なくともトリンの性癖など知りたくなかった。


武術という言葉を噛んでしまったところだけは年相応なのか。なのに特に恥ずかしがらず、自信満々の表情を浮かべているメアリー嬢。少しだけ武術家に興味を惹かれたが他の本が読みたい。数多の武術の中に騎士向けの剣術がないかと一瞬妄想したなんてことはない。ないと言ったらないのだ。



「そうか…。だが、できれば私の故郷の本が読みたいな。郷愁というわけではないけれど、どこか気になってしまってな。ほら、自分の知る一面とは違う一面を知るのもまた趣があるだろう?」


「ざんねん…。んー、だったらこの区画じゃなくてあっちの方に行かないといけないかも。ついてきてくれますか、ロンドおじ様?」


「エスコートをお願いしようかな、メアリーちゃん」


「あらまあ、ロンドおじ様ったら。それでは行きましょう!」



なんとも可愛く首をかしげながら、小さい手で私の手を引っ張る。まるでおじいさんと孫の一幕だが、引っ張る力が強い。私の腕の感覚が壊れてなければだが、成人男性5人分の力で引っ張られているような気がした。比喩表現に収まらないメアリー嬢の怪力がどこからきているのか疑問に思う余裕はなかった。



「ところで、ロンドおじ様はどうやってここに来たんですか? 灯篭図書館に来る人は滅多にいませんし、来る方法も一見さんではわからないように細工されているはずなのに…」


「そうなのかい? なにせ、私もここに来る時の記憶が曖昧でな…。覚えているのも『豊穣迷宮』というダンジョンに潜ったところまでは覚えているんだが」


「『豊穣迷宮』? どこかで誰かがそんなことを言っていた気もします…。あれを使いましょう! 来てくださーい、さーちちゃーん!!」



突然誰かを呼ぶメアリー嬢。数拍の合間を経て、なにやら小さな物体が飛んできた。鳥のように早く空を飛ぶこの物体に、私の知る鳥の特徴は一切なかった。浮いている球体の周りを赤、青、緑、黄色の四色に光る石がそれぞれ、ぐるぐると回っていた。



「それは一体?」


「これはさーちちゃんです! 知りたいことが載っている本や探している本がどこにあるのかを教えてくれる便利な機械! 単語から関連する本を一気に調べてくれるんです」


「声で調べてくれるのか? なるほど、ここに声を? 『豊穣迷宮』」


『ホウジョウメイキュウ…検索中。『豊穣迷宮』検索結果100件以上の関連する本が存在します。検索結果の統計から判断。『豊穣迷宮』はビシュラ王国にゲートが存在する世界型迷宮。通常星の中心にあるはずの核が迷宮に置き換わり、星の生態が迷宮に反映されている。『豊穣迷宮』のダンジョンコアはマリー・ビシュラの身体と魂を依り代としている』



マリー・ビシュラ。初代にして偉人、ビシュラ王の王妃様。生物学と薬学に長けており、幾度も起こった飢饉を自身が品種改良して作った植物を民に配り歩いた慈悲の王妃。トリンの本にはマリー様は突如として行方が分からなくなり、ビシュラ王が深く悲しんだ、と書かれていた。


「まさか、初代王妃様が豊穣迷宮の一部になっているとは…。国民が知れば大騒ぎになるに違いないが…」


「そっか、マリーちゃん。…そっかぁ。もう、遊べないんだぁ…」



懐かしい人を思い出したように飛び上がるメアリー嬢。しかし亡くなっていると聞いた瞬間、長年の友を亡くしたように肩を落とす。似たような光景を、私の父が父の友人を亡くした時に見た覚えがある。大きさも異なる父の肩とメアリー嬢の肩を見間違えたのは、その雰囲気が似通っている。



「マリー様と知り合いだったのかい? お友達だったとか」


「うん、友達。最近ここに来なかったから心配してたのに…。マリーちゃんはよく灯篭図書館に遊びに来てくれていましたから…。マリーちゃん、悪役令嬢モノが大好きで、ここの本を片っ端から読んでいったんです。館長も驚いていましたよ。『ここまで読書家な子は初めて見たけど…、全部悪役令嬢モノかあ。しかも実は悪役令嬢の方がいい人だったパターンの』って。読む本に偏りはありましたけど、私が読みやすいような本を探して持ってきてくれた、歳が近くて優しいお姉ちゃんでした」



ぽつぽつと独り言のように漏らすメアリー嬢。泣いてこそいないが、彼女の声からその悲哀が感じ取れる。



「マリー様もこの灯篭図書館に…。どうやって来ていたのだろう」


「来る方法はいろいろあるけど、普通は招待制ですね。ただ、マリーちゃんがいたあの星に灯篭図書館の利用者さんを見たことないです。多分あの人かな。本人は契約があるから話せないとは言ってたけど、他の星や世界を渡り歩ける人なんて少ないんですもの」


「心当たりがあるのか…。して、その人物とは?」


「灯篭図書館副館長、東本願寺 なぎ。館長の双子の弟さんです」



これまた新しい名前が出てきた。まだ見ぬ館長殿には双子の弟君がいるらしい。副館長と名乗る以上、何か仕事をしているものだと思ったが、メアリー嬢の悲しみの感情が消え、件の副館長殿への呆れがその全身から溢れ出ていた。



「メアリーちゃん、その人は今どこで何をしているのかな…?」


「凪さんは本を探すお仕事をしてます。極稀に、だいぶ例外的ですが、この灯篭図書館に来ない本があるんです。どうして灯篭図書館に来ないのかというのは秘密なんですけど、そういう本があると思ってもらえれば大丈夫です。そういう本を回収したり、何らかの方法で本にして灯篭図書館に運んでくるのが凪さんなのです。そこで問題が発生しまして…」


「問題?」


「はい、凪さん、灯篭図書館に滅多に来ないんですよ。館長曰く前に来たのが数百年前だと。進捗報告のために来ることはあっても、館長の不在を狙ってくるんです。館長がいないと修さんのお仕事の催促が難しくてですね…」


「えー、メアリーちゃんったらひどーい。オレだって任された仕事サボらずやってんのによー」



メアリー嬢のため息に返ってきた軽い声。見慣れない服装だが私でも理解できる軽薄さ。体は薄いが、筋肉が意外としっかりしている。大きめのシャツの前のボタンを全て開け、短いズボンを履いている。銀色の髪の中に一筋の青が映える。彼が副館長なのか。



「凪さん…! 来るときは連絡してくださいっていつも言ってましたね? どうして毎回アポなしなんですか!」


「だって兄貴ちょーこえぇんだからしゃあねえだろ、メアリーちゃん。会ったら絶対オレの事説教してくくるし。今回は本持ってきてあげたからゆ・る・し・て」


「本があるなら…しょうがないです、館長には一応報告しておきますけど…」


「サンキュー、メアリーちゃん! マジでカワイイ! よっ、世界一カワイイ! いや、宇宙一カワイイ! 一周回って日本一カワイイ!」


「スケールが下がってます!」



副館長殿は軽薄な人物らしい。軟派という表現が正しいか。彼の言葉の節々から彼がいかなる人物かどうかがある程度理解できた気がする。可愛いとメアリー嬢に言っているが口説き文句というより揶揄からかいだろう。メアリー嬢は馬鹿にされていると尾でも思ったのか不服なご様子だ。



「もう! 凪さん! からかわないでください! あと夜ですよ、静かにしてください」


「あっ、そうだった。そしたら凛君とかアリサちゃんは起きてないな。あの健康優良児どもめ、夜更かしの一つや二つしたっていいだろうに」


「私も一回夜にお誘いしたんです。凛くんは翌日の読書とか作業に支障が出るからヤダ、アリサちゃんはほどほどにしておかないと肌が荒れるって言ってましたよ?」


「本格的に健康優良児じゃないの…。ん? あ、お客様なのこの人。イケおじっていうか、へぇー。ダンディーな方だねぇ」



二人の会話に入れずに若干気まずく感じていたが、どうやら彼らの話題が変わったようだ。副館長殿の好機の視線が私に刺さる。



「ロンドおじ様はロンドおじ様なのです。ロンドおじ様、この人が凪さんです。さっき話してた人ですね」


「ロンド・ジルバーグだ。この図書館に迷い込んでしまってな、しばらく滞在させていただくことになった。貴方が件の副館長殿で?」


「ああ、こりゃどうもご丁寧に。オレ、東本願寺 凪。一応副館長してっけど、まあ形ばかりっつーか、そんな堅苦しいもんでもないし、気軽に話してくれ。あ、凪って呼んでくれりゃいいし、副館長殿はやめてな?」


「わかった、では凪殿と…」


「ああ、だめだめ! 呼び捨てでいいって! こっちがムズムズする」



軽薄そうに見えたが、意外と感じの良い男、東本願寺 凪。話し方に癖はあるが、気さくな人物のようだ。



「それでは凪と。ところで、凪は本を集める仕事だそうだな。先程新しい本が手に入ったというような口ぶりだったが」


「え? あ、うん、そりゃ仕事だからな。でも、一般人には見せらんねぇよ? 検閲が必要だからな」


「検閲?」


「ぶっちゃけ人の人生って上澄みもあれば良くねぇ本もあんのよ。まあ、一応本人の許可もらったりしてるわけだから、あんま悪く言えないんだけど。とはいえ、残酷な運命の人だっているわけさ。意中の人が寝取られたとかさ、親から虐待されたとか、婚約破棄されて貶められたりとか、それ以上。流石にそんな内容の本を利用者に読ませるわけにはいかねえよなっていう話よ」


「なるほど、利用者のための検閲か。ちなみに利用者がそれらの本を読みたいと思ったときはどうするんだ?」


「職員の許可が必要になるな。よっぽどの事情がない限りにゃ読めん代物よ。ま、今日持ってきたこの本は、あんたに関係ありそうな感じするけどな?」



さらりと衝撃の発言をする凪にいささか揺れる。私に関係があるというのであれば、ヴァン王の本だろうか。それともトリンのような私の祖先だろうか。何処か嫌な予感が私の警報を騒がしく鳴らす。





「シリル・ビシュラ。ビシュラ王国継承者第二位にして稀代の悲劇、『亡命王女の悲劇』で名高い王女様さ」

訂正:小説を書く上で致命的なミスがあったので訂正します。わかった方は秘密にしておいてください。それもこれも0話を消したせい…。どっから生えて出てきたんだ、そのミス。

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