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灯篭図書館  作者: Ryu-ne
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2話 紅茶と本とサンドウィッチ

 「人生」とは何か。長きにわたり議論され、なにかと物議を醸すこのテーマを、非常に端的に言葉に表してしまうのなら、「人の一生」だろう。生まれてから死ぬまでのことを指すと考えていい。よく、どこからが人生のスタート、誕生のラインなのかと、出産の時と受精の瞬間に分かれ、議論されている。物事を明確に定義づけしないこともまた、人間の美徳である。


 人生を綴った本。そう聞いたロンド・ジルバーグは、初めは何を言っているのか理解できなかった。いわゆる伝記、英雄伝説として語られた物語があることも知っている。それを人生を綴った本と題するというのはなかなか大胆ではある。英雄伝説という言葉から連想するのは、大抵決まって決まってあれ《・・》だ。幼き頃に母から子守歌のように聞かせてもらった一人の英雄の話。私の祖先にして、かつて国を興したビシュラ王の傍で戦った最強の騎士。


 守護騎士トリン・ジルバーグ。


 だからこそ私は信じられなかった。彼の人生の全てが描かれた本が今、私の手の中にあるのだから。






むかしむかし あるところに 一人の騎士さまがおりました

うまれながらの騎士ではありません かれはただの狩人でした


ある日 山にはいった狩人は くまに襲われたなさけない男をみつけました

男はみっともない声をあげながら たすけてと叫んでいます

狩人はまよいました むらびとがいくら集まろうと くまは倒せません

しかし 狩人はくまと戦いました 目のまえで人が死んでしまうのをみたくなかったからです

ながい戦いの末 村にきたのは狩人と男でした


男は旅のながれもの 僕とともに旅にでないかと 狩人をさそいました

狩人はことわりました 今のくらしで生きていけるし きけんは嫌だと

すると男はしつこいぐらいに 狩人をさそいました

いちにち ふつか みっか・・・ 気がつけばもう一年も 男は狩人の家にきていました


どうしてそうしつこいのかと聞く狩人に 男は笑ってこたえました


僕はよわい ちからもないし走るのもおそい 君とくらべるまでもないほどに

でも僕には夢がある いろいろなところを旅したい そこで君と ばかみたいな話をして 笑いあうんだ


なんてふぬけた理想だと 笑うこともできました しかし狩人は笑いません

その理想にこめられた想いが 嘲笑ってはいけない尊いものだと 気づいたのです


次の朝 狩人は男がくるまえに 荷物をまとめ 男をたたき起こしました


それで? どこに行くんだ?


やさしく 不敵に笑う狩人 嬉しくて ゆめみたいだと喜ぶ男

かれらの旅はここから始まりました






 まるで童話のような調子で書かれている文章。記録がなく、誰も知らなかったはずのジルバーグ家の祖の生い立ち。読み進めていくうちに明らかになるこの男の正体。


 案内された部屋で一人黙々と読んでいたのか、自分の年齢としを忘れて本に没頭した。ふと一息つくと、喉の渇きを覚える。自分の身体が透けて本の世界の住人になる心地は何とも心地よかったが、人の本能さえも忘れさせる衝撃の内容につられたのだろうか。とりあえず、部屋のベッドの近くにあるデンワ? とやらを手に取り、1と書かれた突起を押す。



『はい、こちら灯篭図書館ルームサービスです』


「あ、ええっと。ロンドだ。喉が渇いたので何か飲み物をいただけるか?」


『かしこまりました。アレルギー…、いえ、好き嫌いや身体に何か影響があるようなたべものはございますか』


「ああ、いや。特にはない」


『承知いたしました、まもなく到着しますので呼び鈴が鳴りましたら扉をお開けください』


「ん? まもなくとは一体…」



 すると本当に間もなく、呼び鈴が鳴る音がした。デンワというのが何か文のような連絡手段であることは推測できるが、ここまで早く来るものなのだろうかと不思議に思った。私は椅子から腰を上げ、部屋の扉を開けに行く。扉を開けるとそこに立っていたのは女のメイドだった。



「失礼いたします。こちらロンド・ジルバーグ様のお部屋でお間違いないでしょうか」


「ああ、確かに私がロンドだが。…それにしても早くないか? まだるーむさーびすとやらを頼んで数秒もたたないのだが」


「それは私が超一流の元メイドだからです。例え職を辞したとしても、私のメイドの魂は常に宿り続けているのです」



 何やら意味の分からぬことを言いながら、テキパキとティーワゴンの中から取り出すメイド。超一流と豪語する腕前が確かなことが素人の私にでもわかる。



「そうか…。失礼だがお名前を伺っても?」


「これはこれは。大変失礼いたしました。私の名前はアリサ・メイド・ローズガルドでございます。アリサでも、メイドでもどうぞお好きなように」


「それではアリサ殿と。私はロンド・ジルバーグだ。年老いた騎士だと思ってくれ。変に気を遣われるのも好きではないのだ」


「そうでしたか…。ですが、私のこの口調は誰かに敬意を表すと同時に自分を律するものです。どうかご容赦を」


「いや、特に気にしないとも。それより、頼んでいた飲み物は?」



 慣れた手つきで机にクロスを引き、お湯をポッドに注ぎつつ、コップにもお湯を注ぎ温めている。ふんわりと漂う香りからして紅茶であろうか。少しした後、コップのお湯をボトルに回収。温まったコップに注がれた褐色。気がつけば紅茶の傍に並んでいる見慣れない食事。



「ダージリンと呼ばれる紅茶でございます。香り高い紅茶としても有名であり、本来はダージリン単体でも十分味わえるかと思いましたが、ロンド様のご様子を窺っておりますと何も食べていないご様子でしたので、軽食をご用意させていただきました」


「香り高い紅茶に…これは…パンか。薄く切ったパンに野菜や肉が挟んである。これも君が用意してくれたのか」


「はい、サンドウィッチという食べ物です。娯楽の途中にお腹がすいた、とある貴族が考えた”手を汚さない食べ物”です」


「なるほど、読書の軽食には相応しいな」


「しかし、完全に汚れがつかないわけではございませんし、当館の本に汚れがついてしまわぬようにご注意していただきたく…」



 席についてまずは紅茶からいただく。カップに指をかけ口に近づけると、紅茶の香りが優しく鼻孔をくすぐる。口に含んで驚いたのはその味の繊細さだ。ビシュラ王国で作る紅茶は他国と比べても出来が良い。貴族や商人などの嗜好品として国内・国外でも人気を博していたのだ。だが、この紅茶はなんだ。味も香りも全てビシュラ王国のものより優れているではないか。


 ゆっくりと味わうように飲み干して、サンドウィッチを試してみる。触り心地から違うそのパンでいつも食べていた堅いパンを思い出す。肉や野菜を挟むというのは聞いたことがない。私の食べ方は蜂蜜やキイチゴのジャムなどを付け、ちぎりながら食べるというもの。珍しいものだとレーズンやくるみが入っているものもあったが、倍近くの値段になってしまうため普通のパンしか食べてこなかった。


 サンドウィッチを一口。葉野菜のみずみずしさと燻製肉の歯ごたえがたまらない。薄く切られたチーズもまたいいアクセントになっている。



「これはまた、どれも美味しいな。紅茶もそうだが特にこのパン。柔らかくて食べやすい。このパンの製法を知っているか? 私は作るのも食べるのも好きでな、ぜひこれと蜂蜜やジャムを合わせて食べたいものだ」


「お褒めいただき恐縮です。パンはスーパー…、いえ、一般的な商店で手に入る品物です。作り方に関しましては商店の秘密でして…。これほど美味しいパンを真似したいと、私も一度試作を作りましたが、出来が悪いと同僚から一言言われてしまいまして」


「そうか…作るのも難しい、か。私にいくらか金があればパンを自費で買ったが、生憎手持ちがない」


「もしご購入なされたとしても、このパンは傷みやすいです。ロンド様の故郷のパンとは違い、保存にではなく、味や食感などに重きを置いておりますので、お持ち帰りになさるのは少々難しいかと」


「なるほど。では次から軽食を頼むときはこの柔らかいパンに合う食事も持ってきてはくれぬだろうか。ここでしか食べられないのならせめて味だけでも覚えていたい」


「かしこまりました。当館の料理人に伝えておきます。お食事に何かご不満な点はございますか?」



 不満な点と言われても、これほど美味しい食事を出されて何の不満があるだろうか。優雅にくつろぎながら飲む紅茶。食感も味も見事と言うべきものだ。



「では、次のるーむさーびすではこの柔らかいパンにあった食事をお願いしたい」


「承知いたしました。それでは私は失礼させていただきます。またルームサービスをご利用くださいませ」



 彼女は慇懃丁重に礼をして部屋を去った。ふと一息つくと時計の針が夕刻であると私に教えてくれる。紅茶をもう一度味わい、途中まで読み進めた一冊の本を手に取る。そうして私は再びトリンの世界へと沈んでいくのであった。


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