突撃、雑魚お兄s何でもございませんすみません
スカイ・エルクラシス。
ヴァラール魔法学院の副学院長にして、七魔法王が第二席【世界監視】の名前を冠する魔法使い。魔法工学の界隈では天才発明家と名高く、世の中に様々な魔法兵器を流通させた魔法工学界の重鎮。
その本性は『怠惰』と『色欲』を司る魔族の混血であり、元怠惰の魔王様。世界とは別の次元にある悪魔族の世界『魔界』に於いては逆らうのも恐ろしく、意見することすら許されないと言わしめるほど恐ろしい怠惰の魔王として君臨し、怠惰の悪魔族の系譜たちを守護し続けた功績を持つ。世にも珍しい現在視の魔眼を持ち、その場にいても世界中をどこでも見渡すことが出来るとされる。
そんな悪魔族としては恐怖の魔王、世界的に見れば天才発明家の顔を持つ彼には妹がいる。
「ざーこ、ざーこ、雑魚お兄様〜♡」
新作の魔法兵器を設計中のスカイに、他人を小馬鹿にしたような女児の声が投げかけられる。
胡乱げに振り返ったスカイは、自分の背後に佇む人物の姿を認識するなり「はあ」と深いため息を吐いた。ため息を吐かれた相手はあからさまに怯えたように肩を震わせるも、まるで「怖くなんかないですけど」と言わんばかりに胸を張って偉そうな態度を見せる。
燃えるような赤い髪と色鮮やかな緑色の瞳、片側の眼球の虹彩には紫色に輝く魔法陣が刻み込まれている。そのひん曲がった根性を表すかのように頭上には立派な角が生えており、華奢で貧相な体躯を見せつけるかの如く真っ黒なボンテージ服を身につけていた。
彼女こそが現在の怠惰の魔王でありスカイの妹――サニィ・エルクラシスである。ちなみにちゃんと血の繋がりはある、実の妹だ。
「お、こんなところに実験台が」
「お兄様ごめんなさい勘弁してくださいまたぐちゃぐちゃの粘液塗れになるのは嫌なんですごめんなさい!!」
「秒速で分からせられてるんじゃないッスよ」
実兄に対して「ざーこ♡」とか言ったので実験台にしてやろうと思った途端に秒速で土下座をする愚妹に呆れた視線をやり、スカイは肩を竦めた。
この妹、悪魔族としては優秀な部類なのだが頭が悪すぎるのだ。悪魔族は他人を誘惑して堕落させることに至上の喜びを感じるもので、サニィも例外に漏れず他人を堕落の道に引き摺り込むのが得意なのだが、いかんせん「人間ってこういうのが好きよね」という固定観念を捨て去ることが出来ないでいた。阿呆である。
そんな性格で生きてきちゃったものだから、こんな風に家族に対しても他人に対しても偉そうな態度が抜けずにいた。実に可哀想な阿呆の子である。多分、母親の方が甘やかしに甘やかしたのだ。
スカイは設計書に向き直り、
「邪魔するなら実験台にするんで」
「せっかくお兄様の誕生日をお祝いに来たのに」
「開口一番『雑魚お兄様』って言ったの忘れてねえからな。脳味噌いじくりまわすぞ愚妹」
「はいすんません」
雑魚な妹は、いつまで経っても兄であるスカイに逆らえなかった。というか、実力としてはスカイの方が遥かに優秀なので逆らえば一捻りにしてやる所存なのだが、怖がるぐらいなら「雑魚お兄様♡」など止めればいいのに。
「わざわざ魔界の扉をこじ開けてまで誕生日を祝いに来るとは殊勝な考えッスね」
「雑魚お兄様の誕生日なんか誰もお祝いしないでしょうから、あたしが仕方なくお祝いに来てあげたのよ」
「自分の身体を誕生日プレゼントに差し出すとは、兄ちゃん嬉しくて泣けてくるわぁ」
「ごめんなさい勘弁してください」
本日何度目か分からない土下座を敢行する妹に呆れ果てたスカイは、
「誕生日プレゼントはそこら辺に置いといて。あとすぐ帰れ」
「そうしますご迷惑をおかけしました」
サニィは一抱えほどもあるプレゼントの箱を適当な場所に置くと、
「お兄様は」
「何?」
「もう、家には帰らないのですか」
どこか寂しげに、サニィは言う。
スカイがこの世界にやってきて、長い年月が経過した。その間、一度も里帰りをしたことはない。
もうこの世界にも馴染んでしまっているし、楽しく過ごしている。魔界での生活も悪くはなかったが、今と比べると桁違いに退屈だ。
「お父様もお母様も心配なさっておりますが」
「あの2人がボクのことを心配するようなタマだとは思わないッスけどね」
スカイは定規で設計図に線を引きながら、
「まあでも、こっちの世界に遊びに来れば案内ぐらいはしてやるとお伝えくださいな」
「!!」
サニィの表情が明るくなる。
こんな態度を取ってはいるものの、やはり可愛いところもあるのだ。妹を完全に憎めないスカイもちゃんとしたお兄ちゃんである。
そんな妹の態度を一瞥し、スカイは「しゃーないッスねぇ」なんて呟くのだった。
「ところでお兄様、帰る前にお伺いしたいのですが」
「はいはい」
「何を作っておられるので?」
「あー……」
設計図から顔を上げたスカイは、目の前に鎮座する魔法兵器を眺めた。
途中で開発を投げ出して新たな設計図を作成し始めたが、目の前に置かれた魔法兵器は巨大な花の様相をしていた。巨大な花弁が広がり、にこやかな――というよりは何故か下品な笑みを浮かべる花がゆらゆらと揺れている。
異世界からやってきた少年に「音に反応して踊る花がありまして」なんて話を聞いたから面白そうなので作ってみたが、徹夜した脳味噌が誤作動を起こしてつい巨大なものになってしまったのだ。
先程から兄妹の会話に反応してくねくねと茎の部分をくねらせ、葉っぱの部分で合いの手を入れ、花弁をひらひらと揺らして、全身を使って踊る巨大な花を見上げてスカイは言う。
「何だろ、これ」
「お兄様、やはり帰ってきた方がいいのでは? こっちの世界に来てから頭ポンチになってませんか?」
「そんなイカレポンチみたいに言わんでもろて」
「昔のお兄様は怖かったですけど、今は馬鹿っぽいですよ」
妹からの素直すぎる一言は、スカイを傷つけるのに十分だったのは言うまでもない。
《登場人物》
【スカイ】ヴァラール魔法学院の副学院長。本当は優秀な元怠惰の魔王様だが、最近はマッド発明家の部分が滲んできているので「頭がイカれている」と思われる節がある。解せない。
【サニィ】スカイの実妹。母親に甘やかされたのと、最近の人間を堕落に引っ張り込むのに有効的な知識として『メスガキ』の文化をインストールしてしまった影響で生意気になってしまった。事あるごとに兄から実験台にされる可哀想な妹ちゃん。