34話 歪
翌朝、窓から差し込む朝日に照らされ目が覚める。
「くぁ~……」
身体を起こし、背筋を思いっきり伸ばす。
その時ふと、ふわりと花のような香りが鼻をくすぐった。
「ふぁ~、バライムおはよ~」
「トラス!?」
横を見ると、トラスが俺のベッドに寝そべっていた。
「バライム、昨日はごめんね?うれしかったよ…?」
トラスはそういって上目遣いで俺を見る。
その視線は、なぜか妙な色っぽさを含んでいた。
まさか、昨日トラスと……。
必死に思い出そうとするが、そんな記憶は全くどこにも……。
「…って、おいトラス、しょうもないいたずらしてるんじゃない」
「バレたか」
トラスはそういうと、ぺろっと舌を出して跳ね起きる。
まったく、またしょうもないいたずらを……。
というか……
「随分と元気になったな」
トラスは上機嫌でベッドに腰かけ、足をパタパタと揺らしている。
昨日の夜、あんなに泣いていたのが嘘のようだ。
「うん、バライムのおかげでね。……私がしっかりしないと、二人が困っちゃうでしょ?だから私は私のやるべきことをやるって決めたんだ。まだ悲しいけど、泣くのはもう終わりにするよ。ガイアだって、私たちが笑っていることを望んだに決まってる」
トラスはそういってニッと笑う。
どうやら彼女の中で、踏ん切りというか覚悟というか、まぁ、いわゆる心の整理は済んだようだった。
「そうか。そうだな」
「それじゃ、朝ごはんにしよっか。……あ、さっきのはほんとだからね?」
トラスはそういうと、さっさとリビングのほうに行ってしまった。
俺も着替えて、リビングに降りる。
すでにトラスもクルトもそろって、テーブルに集まっていた。
クルトは……相変わらずうつむいたままだ。
「―――そろそろ、ここを出ようと思う」
朝食のさなか、トラスがそう切り出した。
パンを運ぶ手が止まる。
「ここを出るって…」
「黄泉を出る。向こうの世界に戻ろう」
ここを出る……。
確かに、世界を救うという目的ならばここにとどまる意味はないだろう。
すでに修行も終え、俺の傷も完全に癒えている。
ここを出ていくという判断も、自然ではある。
だが、クルトは昨日からろくに会話もできていなかった。
今朝も無気力にパンを口に運んでいるばかりで、とても健全といえるような状態じゃない。
トラスだって、いくら気丈に振る舞っていても、昨日の今日でまだすべてを受け入れられたわけではないだろう。
今は、心の回復を待つのが先だ。
「俺は反対だ。いくらなんでも時期尚早だろ。クルトだって、まだこんな調子じゃ…」
「むしろ今だから出るんだよ。ここにいてももう収穫はない。ここにいたって、ガイアのことを引きずるだけだ。ガイアだってそんなこと望んでないのは、バライムだってわかるでしょ?」
「それは……そうかもしれないけど……」
「だから、ここを出たほうがいい」
トラスはきっぱりとそう言い切った。
「クルトはどう思う?」
「………いいんじゃない」
トラスの問いかけに、クルトは小さく答える。
「これで二対一だね。決定!」
「おい、無茶苦茶いうなよ。そんなの……」
「決まりね。二人とも、出発の準備してて。私は少しやることがあるから……」
トラスは俺の言葉を遮るように強引に話を切り上げると、さっさと食器を片付けて家を出てしまった。
――――――
「バライム様、クルト様、少々お時間よろしいでしょうか」
トラスが出ていった数分後、トラスと入れ替わるようにオルカが訪ねてきた。
昨日の天使のような姿はなりを潜め、いつものギルド職員の格好に戻っている。
「オルカさん……えぇ、もちろん構いませんが……クルトは……」
俺がクルトのほうを見ると、オルカは察したようにうなずいた。
「……なるほど、わかりました。バライム様だけで構いません」
「すみません。クルト、少し行ってくる」
「では、いきましょうか」
そういうと、オルカはすたすたと歩き出す。
俺は慌ててオルカを追いかけた。
そうして連れられてきた場所は、ギルドホームの一室だった。
「おかけください。お茶は?」
「いえ、大丈夫です」
「そうですか。少々お待ちください。お渡ししたいものがございます」
オルカに勧められ、ソファに腰を下ろす。
オルカは俺を座らせると、部屋を出ていってしまった。
かと思えば、すぐに何かを持って戻ってきた。
手に持っている紙の束は、何かの書類か何かだろうか?
「おまたせしました。本題に入りましょう」
オルカはそういって書類の束を広げる。
「これは……」
そこには無数の魔法陣が書き写され、細かな走り書きがびっしりと添えられていた。
「ガイア様よりお預かりした神代魔法のスクロールでございます。いつか必要な時が来るから、困ったら使うように、と。お二人が試練を終えたらお渡しするよう託されておりました」
「ありがとうございます」
俺がスクロールの束を受け取ると、オルカが三つの木片を取り出した。
よく見ると、うねるような龍の意匠が施されている。
「それから、こちらを」
「これは……?」
「お守りだそうです。創造魔法ではない、ガイア様の手作りだと思いますよ」
お守り……。
確かに、その形は不揃いで、ガイアの精密な創造魔法とはかけ離れている。
だが、確かに彼が俺たちを想っていることが伝わってくる、不思議なお守りだった。
「お渡ししたいものはそれだけです。トラス様から間もなく旅立つことは聞いております。どうか、ご無事でいられますようお祈りいたします」
「……ありがとうございました。オルカさんも、どうかお元気で」
そうして、俺はギルドホームを後にした。




