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33話 月光

 



 

 家に帰るまでの数時間、クルトはうつむいてばかりで一言も喋ろうとはしなかった。

 どんな魔物が出てきても微動だにせず、ただ俺が倒すところを力なく見つめているばかりだ。

 彼女が立ち直るのには、まだしばらくの時間が必要なようだった。


 ……俺がガイアと過ごした時間は、精々が半年程度に過ぎない。

 もちろん、俺だって彼への愛情はある。

 ガイアとの別れに対する悲しみだってちゃんとある。

 だが、それはあくまで師弟としての関係だった。

 だから、困惑も悲しみもあったが、そこに絶望はなかった。


 だが、クルトは違う。

 彼女にとってガイアは師匠であると同時に、一人の親でもあったのだ。

 人生の大半を共に過ごした師匠。

 育ててくれた父親。


 その別れの苦しみ、つらさは、俺の感じるものとは絶対的に別のもので。

 彼女の感じている悲しみは、俺には想像もできなかった。


 彼女が何を考えているかはわからない。

 彼女がガイアから受け取った意思を、彼女がどう思うかはわからない。


 ただ一つわかることは、今の俺が彼女にできることが何もないことだけだった。

 薄っぺらい言葉を並べることはできるだろう。

 くだらない偽の共感を吐くこともできる。

 だが、そんなものには何の意味もないことはわかっていた。

 むしろ不用意に彼女を傷つけてしまうだけだと思った。


「ただいま……」 


 鉛のように重く、言うことを聞かない身体に鞭打ってどうにか扉に手をかける。

 今はすべてを投げ出して一刻も早くベッドに倒れこみたかった。



 ――――――



 その夜。

 俺はうまく寝付くことができず、夜風に当たろうと外に出ていた。

 水をあおぎながら月を見上げる。

 たゆたうような月光に、ガイアの背中が映った気がした。

 俺はガイアに、本当に多くのことを教わった。

 体の動かし方も、戦い方も、全てガイアが教えてくれたことだ。

 ガイアを思い出して無性に涙がこみ上げ、はらりと頬を伝う。

 落ちた雫は地面に吸い込まれ、跡形もなく消えてしまう。

 後に残るのは微かに残る頬の触感だけだった。


「……寝るか」


 小さく息を吐き、部屋に戻ろうと振り向く。

 その時、視界の端に白い影が映った。

 ちょうど猫くらいの、小さく素早い影が…。


 影を追いかけ、屋根の上へと登る。

 そこにトラスがぽつねんと一人、座っていた。

 小さな身体が月光に照らされ、うっすらと小さな影が伸びている。


「トラス…?」

「わっ?…って、バライムか。びっくりした……」

「隣、いいか?」


 そういうとトラスはコクリとうなずいて少し横にずれる。

 俺はトラスの横に腰かけると、トラスとともに月を見上げた。

 月は相変わらずのほほんと空に浮かんでいる。

 トラスも、何も言わずに空を見上げていた。


 しばらくそうしていると、トラスがぽつりと口を開いた。


「私ね、ガイアがもう帰ってこないのは知ってるんだ」


 トラスはそういって膝を抱え、指先を握りしめる。


「ちゃんとじゃないけど、お別れだって済ませたんだ。……ガイアはいろいろ言ってたけどさ。別にそれを聞き入れてやったわけじゃないんだ」


 ほんとは嫌だった。ガイアがいなくなるのも、二人が悲しむのも、全部全部嫌だった。

 でもね、ガイアの目を見たら、そんなわがまま言えなくなっちゃったんだ。

 だってガイア、すごく苦しそうなんだもん。すごく悲しそうなんだもん。

 そんな顔をしてるのに、それでも、ガイアはこの道を選んだんだよ。それなのに、私なんかがいまさら「やめて~」なんて言えないよ。


「私のわがままで、ガイアの覚悟を壊すだなんてできないよ」


 トラスはそういって、膝に顔をうずめる。


「私ね、昔からこうなんだ。いつもいつもわがままばっかりで、みんなに困った顔させちゃう。みんなに悲しい顔をさせちゃう」


 私は、どうすればよかったのかなぁ……。

 ガイア、いなくならないでほしかったなぁ……。

 どうして私はいつも、みんなを不幸にしちゃうのかなぁ……。


 トラスはそういって肩を震わせる。 



「私なんて、いないほうがいいのかなぁ……」



 ぽつりと、消えてしまいそうなほど小さな声が漏れた。


 それは、誰にも見せなかったトラスの弱音で。

 その言葉の一つ一つが、どうしようもないほどの悲痛さを孕んでいた。


「もう、私なんかっ……いないほうがっ……」

「っ……そんなことない!そんなことないから……。俺は不幸なんかじゃないから。俺はお前に救われてるんだから……。だからトラス、そんなこと言わないでくれ……」


 俺たちの声が、月の夜空に吸い込まれていく。

 聞こえるのはトラスの嗚咽交じりの泣き声と、草木が風になびく音だけだった。

 俺はただひたすらに、トラスを抱きしめ続けた。



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