32話 龍の試練③
「全くお前ら......」
ガイアが、呆れた顔で俺らを交互に見る。
なんだろう、すごく気まずい…。
どうやらクルトも同じ気持ちなようでちらりとクルトのほうを見ると、ふと目が合った。
示し合わせたように肩をすくめ、どちらともなくクスリと笑いが漏れる。
戦いの緊張感は、既にどこかへ行ってしまっていた。
周囲を見渡せば、すでに荒野は消え去っている。
西日に照らされた黄金色のススキが、波のように風に揺られていた。
「主様、ただいま戻りました」
その時、空からオルカが舞いおりてきた。
どうやら、またどこかへ行っていたらしい。
ガイアが振り返ると、オルカが膝をつき、首を垂れた。
「例の件の処理、全て完了いたしました」
「おう。問題ないんだろうな?」
「はい。万事つつがなく」
「ならいい。こっちもいまさっき終わったところだ」
ガイアはオルカといくつか言葉を交わすと、俺らのほうに向きなおる。
そして俺らの頭をガシガシと撫でまわした。
「それじゃお前ら、とっとと済ませるぞ」
「ちょ、なにすんだよ」
クルトが嫌がるそぶりを見せるが、ガイアは撫でるのをやめようとしない。
ただしばらく無言でそうしていた。
デカい手と太い腕に隠れてガイアの表情は見えない。
ほんの一瞬だけ腕の隙間から見えたガイアは、何かを噛みしめるように歯を食いしばっていた気がした。
「師匠!ほんとにどうしたんだよ!」
クルトもしばらくは抵抗しつつも撫でられていたが、ついにしびれを切らしたようだ。
ガイアの腕をつかむと、無理やり撫でるのをやめさせた。
「らしくないじゃん、いつもはすぐ戦闘のダメ出しするくせに」
「ん?あぁ、そうだな......アレを使わされたのはいつだかの大戦ぶりだ。誇っていいぞ」
クルトに言われ、ガイアがようやく口を開く。
「へ?」
クルトは、その言葉の意味が分からず固まった。
いつもダメ出しばかりだったからまさか褒められるとは思ってもみなかったのだろう。
目を点にしてポカーンと口をあけたままフリーズしている。
だが、ようやくすべての言葉の意味を理解したのだろう。
満面の笑みを浮かべ、ガッツポーズを繰り返した。
「バラ!やった!すごいって!」
「あぁ、やったな」
クルトとハイタッチして、喜びを分かち合う。
彼女の作戦のおかげで勝て......て、いない...!
つい場の雰囲気で気が抜けて忘れていた。
俺らは負けたのだ。
俺の魔法も、クルトの攻撃も、何もかもが通用しなかった。
しかも、何で倒されたのかすらわからない。
完敗だ。
ガイアの圧倒的な力に、完膚なきまでに叩きのめされたのだ。
最後の修行はどうなったんだ?
俺らはこの後どうなる?
そもそも、ガイアはなぜ急にそんなことを言い出した?
「師匠...その、修行って......?」
恐る恐るガイアに問いかける。
だが、俺の心配とは裏腹にガイアは穏やかな笑みを浮かべていた。
「ん?あぁ、言ってなかったか。合格だ。まだまだ粗削りだが、もう俺からお前らにできることはない」
「でも俺ら負けて...」
「言ったろ、あれを使わされたのは大戦以来だって。もろに喰らってもしっかり生きてたんだ。十分すぎるぐらいだ......。さて、そろそろ時間だな。二人とも、手を出してくれるか」
ガイアはそういうと小さく息を吐いた。
俺たちは言われるがまま手を差し出した。
ガイアは差し出された手に自分の手を重ねる。
「さて......。我は桜竜帝ガイアッシュ。千の龍を従え、万の命を司りし竜神なり。我が力のすべてを、クルト、バライムの両名に与えん。
———じゃあな、お前ら。あとは任せる」
そして、契約を唱えた。
すると、俺たちの手に淡い光が流れ込む。
力のすべてを与える。
それは、神であることを捨て、肉体を捨て、命を捨てるということ。
ガイアという存在は今この時をもって、消滅する。
「なんで...!!!」
「すまねぇな、お前ら...。どうしても時間がなかった。こんな急になったことは悪いと思っている。まぁ、いずれこうするつもりだった。ちょっと時期が早まっただけだ。」
ガイアの身体が霧のように透けていく。
ガイアを捕らえようと握った指は虚しく空をつかむだけだった。
「なんで!」
その時、クルトの悲鳴にも似た叫びが響いた。
「なんで急にいなくなるの!師匠は私たちなんかよりずっと強いのに!師匠のほうが強いのに!なんで消えちゃうの!嫌だよ!私は嫌だ!」
「クルト。バライムも。悪いな、お前らに無理させちまって。俺たちの尻拭いさせちまって、すまない。俺はもう一度死んだ身だ。ここから出ることはできない。お前らに託すことしかできない俺を許してほしい」
ガイアはそういうと、深く頭を下げた。
「でも...!!!」
「クルト、最後の師匠としての命令だ。......俺に、外の世界を見せてくれ」
「......ッッ......はい...わかりました、師匠......」
ガイアの言葉に、クルトが涙ながらにうなずいた。
肩は震え、頬には大粒の涙が伝っている。
「泣くなクルト。せっかくのかわいい顔が台無しだぜ?...バライム。クルトを頼む。トラスのことも」
「......はい」
「よし...お前ら。強く生きろよ」
―――それがガイアの最後の言葉だった。
風が吹き抜け、思わず目を瞑る。
そして目を開けた時にはもう、ガイアの姿はどこにもなく、微かな桜の香りだけが鼻をくすぐった。




