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30話 龍の試練

 

 塔が軋むような音をたてながらその口を開ける。

 中は薄暗く、無機質な石の壁には松明がまばらにかけられている。

 外気が流れ込んでひゅうひゅうと不気味に風が鳴り、それが塔が泣いているかのような錯覚を感じさせた。


 全員が足を踏み入れた瞬間、大きな音とともにその扉が閉じられた。

 さらに次の瞬間、世界が軋むような轟音とともに視界が光に埋め尽くされる。

 視界が戻った時そこに先ほどまでの石壁はなく、かわりにどこまでも続く荒野とどんよりと曇った薄暗い空が広がっていた。


「えっ?うぇ?え?」


 突然の出来事に、クルトが困惑の声をあげる。

 俺も驚いたが、俺にクルトほどの混乱はない。

 俺には、この現象に見覚えがあった。


 4歳のころ、初めて魔法を発動させたとき。

 初めてトラスと出会ったとき。

 空間の様子こそ異なっているが、状況はあの時そのものといってもいいだろう。

 問題は、なぜこの場所に突然飛ばされたのかだが......


 そこまで考えを巡らせたところで、オルカが数歩前へ歩みだした。

 なにも違和感を抱かせない、そうすることが自然であるかのような所作。

 しかし、一歩、また一歩と歩みを進めるたびに、彼女の纏う雰囲気がみるみる変質していく。


 人間のものから、神に近しいものへ。

 10歩も進むうちに、彼女の背には荘厳な白い羽が現れていた。

 さながら、神に仕える天使のようだ。

 紺碧の髪と純白の羽が、彼女の神秘的な美しさをより一層際立たせていた。


 ......普通のギルド職員ではないと思っていたが、まさか人ですらないとは思わなかった。


 そして、オルカは跪くと透き通る声で静かに口を開く。


「我が主様、お待たせいたしました。バライム様、クルト様両名をお連れいたしました」

「―——おう、おつかれさん。あとは俺がやるから下がっていいぜ」


 オルカの声に答えるように、どこからともなく声が聞こえてきた。


「はい」


 オルカは端的に返事をすると、空高く飛び上がった。

 それと同時に、旋風とともに桜吹雪が舞い上がった。

 枯れた荒野に似つかわしくない、美しい薄紅色がひらりと舞い落ちる。


 聞きなれたぶっきらぼうな声、よく見知った顔、何よりも強いその気配。

 そこにいたのは、俺たちの師匠ーーーガイアだった。


「師匠!?」


 ガイアを見るなり、クルトが声をあげる。


「ようクルト。ちゃんと冒険者はやれてるか?」


 ガイアは、まるで道端で知り合いと出会ったときのような軽い口調でそう切り出した。


「!?!?!?」


 だが、クルトはその言葉を聞いた瞬間顔面蒼白になってしまっていた。

 今まで秘密にしてきたつもりの冒険者家業が実はガイアに見つかっていたというのだから、当然と言えば当然だろう。


「ナナナ、ナンノハナシカサッパリイイイィィ.....」


 クルトがどう考えても無駄な抵抗を見せるが、ガイアはそ知らぬふりで話を続ける。


「オルカから聞いてるぜ、派手に暴れてるって。孤高の女神様なんて呼ばれてたりすんだってなぁ」

「なっ!?なああなななんなんでっっ!?」


 その言葉に、クルトの顔が今度は真っ赤に染まる。

 青くなったり赤くなったり、忙しいやつだ。

 クルトが使い物にならなくなっている間に、ガイアを問い詰める。

 聴きたいことはいくらでもあった。


「師匠、なんで俺らを神階に呼んだんだ?というか、ここは神階なのか?というか、オルカは師匠の眷属だったってことか?というか!なんでこんなとこにいるんだよ」

「あー、いろいろと説明するのも面倒だな...。まぁ、一つは教えとくか......お前らに、最後の修行をつけてやろうと思ってな。あとはそうだな...俺に勝てたら教えてやるよ」


 ガイアはそういうとニヤリと笑い、指をパキッと鳴らす。

 俺はその言葉の意味を、すぐには理解できなかった。

 だが、ガイアは俺の反応など気にしていないかのように言葉を続ける。


「じゃ、行くぜ。せいぜい死なないでくれよ!」


 そういうと同時に、ガイアの姿がブレた。

 次の瞬間、俺の身体が浮遊感に包まれる。


「ガハッ...」


 遅れて、腹部に鈍い衝撃が走る。

 肺の空気が全て押し出されるような、みぞおちへの一撃。

 さらに、吹き飛ばされた先に突如巨大な石柱が現れた。

 そのまま抵抗する間もなく、俺は背中から石柱にたたきつけられる。

 石柱は一瞬停滞したかと思うと、重力に従い、俺ごと地表へ落下し始めた。


 このままでは石柱に潰されてぺしゃんこだ。


 地表が迫りくる中、俺は必死に水魔法を自分の身体へとたたきつける。

 衝突の直前、水魔法がかろうじて俺を石柱の外へと弾き出した。


「ぐぅ...ッあ!」


 着地の衝撃で、胸部に軋むような痛みが走る。

 どうやら肋骨が折れているようだった。


「よーし、お前ら。どんどん行くからな」


 ガイアはそう言いながらゆっくりと腕を持ち上げる。

 すると、ガイアを囲むように1000は超えるだろう無数の岩が具現した。

 ガイアが腕を軽く振り下ろすと、岩が弾丸のように飛び交って荒野を抉り取りながらこちらに迫る。


 不可避だ。

 ほぼ同時に複数方向からの乱れ撃ち。

 俺が死を覚悟したその時、突如俺の周囲を分厚い岩壁が覆い隠した。

 同時に無数の弾丸がぶつかり、石壁が削り取られる音が響き渡る。

 分厚い壁が削られついに外の光が漏れだす。

 だが、ぎりぎり玉切れになったのか、それ以上の攻撃はしてこないようだった。


「バラ、大丈夫!?」


 音が鳴りやむと、俺を囲んでいた石壁が砂のように崩れ落ちる。

 ようやく復活したクルトが心配そうな声をあげながらこちらに駆け寄ってきた。


 なるほど、今の壁は彼女が守ってくれたのか。


「あぁ...助かった」

「よかった...ごめん、遅くなった。よくわかんないけど師匠を倒せばいいんだね?」

「倒すったって...アレをどうこうできるのか?」

「まぁ一人じゃ絶対無理だけど。バラがいるなら多分やれるとおもう...師匠にはいつか勝ちたいと思ってたからね。作戦はあるよ!」


 クルトはそういうと大槌を手に取る。

 いまのまま突っ込んでも串刺しにされるか押しつぶされて無駄死にするだけだ。

 どのみち勝ち筋はない。

 今は、ガイアと何度も模擬戦をしてきたクルトの経験と作戦を信じるほかないだろう。


「わかった、信じるぞ」


 俺がそういうと、クルトは軽く耳打ちしてガイアのほうに向きなおる。

 クルトは大槌を握りしめると、真正面に構えた。


「作戦会議は終わりか?」

「うん、いくよ!」


 ガイアが挑発するような目線を向ける。

 雑音が消え、あたりが静寂に包まれる。

 一瞬にも、無限にも思える時間が流れた。


 はらりと、クルトの髪がこぼれる。


 それを合図に、二人が動き出した。


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