28話 塔と神と陰謀と
どこまでも続く金色が、月明りに照らされて薄暗く輝く。
一面のススキ畑が風に吹かれて静かに揺れている。
その中をひたすらに進む。
やがてたどり着いたその果てに、さびれた塔がぽつんとたっていた。
ここに来たのはいったいいつぶりだろうか。
ついこの間な気もするし、途方もなく長い時間離れていた気もする。
10余年。
それは俺が生きた悠久の時間から考えればほんの一瞬、瞬き程度の時間に過ぎない。
だが、その一瞬の時間は、その時間すべてと同じくらい、いや、それ以上に長く感じるものだった。
目をつむれば、それが昨日のことのように瞼にうつしだされる。
涙を浮かべながら、震えた声で力を願った小さな少女。
最初は気まぐれだった。
旧友に、ついてきた少女のことを頼まれたから面倒を見てやろう、くらいの気持ちだった。
だが、少女は俺の予想を超えて成長した。
出会った頃は膝上の高さほどしかなかった少女が、いつのまにか旧友よりも大きくなっていた。
昔はあれほどくっついてきていた少女が、ある日から反抗するようになった。
最近ではそれも少し落ち着いて、普通に接してくるようになったのが実は嬉しかった。
旧友におぶられ、出会ったときには命が尽きようとしていた少年。
10年の眠りから覚め、その時間の膨大さに恐怖していた。
それでも、己の守りたいもののためにがむしゃらに力をつけていった。
最初はよそよそしいセリフと貼り付けたような笑顔で必死に対応していたのだろう。
それが最近ではずいぶんと素の姿を見せてくれるようになった。
俺には、それがひどくうれしかった。
これから彼女らには、多くの困難が待ち受けるだろう。
それは俺たち神の勝手な事情だ。
たとえ迫る脅威に力及ばず逃げ出したとしても、彼女らが無事でいてくれればそれでいいと思う。
だが、手を抜くことは許されない。
これは最後の希望であり、最後の賭けなのだから。
ふと上を見上げれば、大きな月が包み込むように大地を照らしていた。
月に祈る。
あのやんちゃでどうしようもない、かわいい弟子たちの無事と成長を。
この世界の平穏を......
......いつまでそうしていたのか、月もすっかり傾いてしまった。
少し冷たい風が頬をなでる。
「さて...最後の晩酌だ」
誰に言うでもなく独り言をつぶやくと、手にした酒瓶をあおった。
芳醇な香りが鼻を抜ける。
最後の晩酌にふさわしい、とてもいい酒だった。
―――
「お待たせいたしました。クルト様、バライム様」
昼過ぎのギルドホームで、オルカと合流する。
大概の冒険者はすでに依頼に赴いたのか、ギルド内は昨日に比べて閑散としていた。
「あぁ、お疲れ様です。では行きましょうか」
「では、私が先導します」
オルカの案内をうけ、塔に向けて出発した。
しばらく進んだところでオルカが急に立ち止まったかと思うと、腰に帯びていた短刀を構えた。
「止まってください。敵襲です」
何事かと身構えたところで、オルカが警告を発する。
同時に、草陰から尖った小石がクルトめがけて飛来した。
クルトは瞬時に大槌を構え、簡単にそれを弾くと、そのまま草陰に突っ込んだ。
ドカドカバキバキと、不穏な音が草陰から聞こえてくる。
そこにクルトが創り出した小さな地獄が広がっていることは想像に難くなかった。
「ふぅ。ただいま~」
しばらくすると、クルトが笑顔を浮かべて戻ってきた。
その手には、小ぶりな角が3つほど握られている。
「ただのゴブリンだったよ。でも角は結構いい感じだったからとってきた!」
どうやらゴブリンの角は高く売れるらしく、クルトはご機嫌で角を振り回している。
「それにしてもオルカさんすごいね。私ゴブリンの気配なんて直前まで感じなかったよ」
「いえ、たまたま目視できただけです。クルト様がご無事で何よりです」
クルトがオルカのことを褒めるが、オルカはそれが特段何でもないことのようにすまし顔だ。
......偶然かもしれないが、クルトや俺が気づく前に奇襲に気が付くなど、一般より多少強い程度では不可能だ。
彼女の正体がただのギルド職員でないことはもはや明らかだろう。
これが爺さんなりの助力なのか、何らかの陰謀なのかを判断するには、まだ材料が足りない。
だが、少し彼女に対して警戒心を強めたほうがいいかもしれないな。
「どうしたのバラ。早く行くよ!」
俺が考えを巡らせていると、クルトが俺を呼ぶ声が聞こえた。
顔をあげると、クルトたちは既に歩き出していたようで、少しおいていかれてしまっていた。
追いつこうと走りだした時、オルカが振り返った。
その拍子に彼女の上着がふわりと浮く。
偶然見えたその下には、無数の針のような暗器が隠されていた。
「!!!」
その光景に思わず足が止まる。
「何してんの、ほら早く!」
「あ、あぁ...」
クルトにせかされ、また歩き出す。
だが、俺の脳内はオルカの正体とその目的を考えるのでいっぱいだった。
そこからは、クルトの独壇場だった。
魔物が出れば我先にと蹴散らし、ずんずんと進んでいく。
だが、そんな彼女の死角となる方向の魔物が動けずにいるのは、オルカが影からサポートしていたからだ。
彼女は隠し持った暗器を投げつけ、魔物の動きをけん制していた。
クルトはそのことに気づいていないようで、意気揚々と魔物にとびかかっている。
おそらく、彼女の暗器を偶然見かけていなければ俺も彼女の介入に気が付くことはなかっただろう。
それほど彼女のサポートは的確かつ静かに行われていた。
やがて木々がまばらになったかと思うと、すぐに一本も見なくなる。
小川を一つ越えたその先は、腰の高さほどのススキ畑が一面を覆っていた。
ふと横を見ると、クルトもこの光景に見とれているようで、小さく「おぉ...」とつぶやいていた。
だが、オルカはそれが見慣れた光景であるかのように反応を示さない。
ギルマスの爺さんが言っていた、ギルドでの調査の時にも彼女はここに来ていたのかもしれない。
彼女ほどの実力で引き返さざるを得ないほどの脅威がこの先にいるのだろうか。
それとも、ギルドでの調査依頼自体が嘘っぱちで、俺たちがまんまとあの爺さんにハメられたのか。
彼女は味方か敵か。
疑心暗鬼に陥る中、ついに最果ての塔がその姿を現した。
一面のススキ畑の中に、塔だけがぽつんとそびえている。
その周囲に魔物は一体も見当たらない……どころか、羽虫の飛ぶ音さえ聞こえなかった。
不気味なほどの静寂と威圧感が周囲を覆っている。
冷汗が頬を伝った。
「...行こう」
どこか嫌な予感を感じながら、俺は一歩を踏み出した。




