19話 追手
残酷な描写が苦手な方はご注意ください。
いろいろ飛びます。
細道を抜けると、目の前に森が広がっていた。
「行こう」
俺は意を決して一歩を踏み出した。
森の中は草木が鬱蒼と生い茂り、月明りがまばらに差し込んでいる。
鳥や虫の声、木々が揺れる音が、まるで人の侵入を拒むかのように不気味に響き渡っている。
夜目のきくトラスを先頭に、少しずつ少しずつ進んでいく。
しばらく進むと、切り立った崖に突き当たった。
「あれ?洞窟は確かここにあったはずなのに...」
どこかで道を間違えたのだろうか?
ずっとまっすぐ進むだけのはずだが...
「バライム、何か書いてあるよ」
すると、トラスがそういって崖に近づく。
「なんだ?暗くてよく見えないな...」
よく見ようと、俺が近づいたとき、突然背後に光がともった。
「なんだ!?」
思わず振り返ると、クルトが驚いたような顔で火が付いた枝をもって立っていた。
「えっと、バラ明かりが欲しいかと思って...お父さんから預かっていた簡易スクロールで火をつけたんだけど...」
「あ。あぁ...」
「ほら、照らしてあげる」
そういってクルトがこちらに近づく。
その時、ヒュッと音を立てて矢が崖に突き刺さった。
まずい、火の明かりで見つかったのか!
「クルト、火を消せ!」
「えっ!?」
とっさに叫ぶが、間に合わない。
二本目の矢が、クルトめがけて飛んでくるのが見えた。
「クルトぉぉぉ!」
とっさにクルトをかばい、押し倒す。
次の瞬間、矢が俺の肩を貫いた。
「ぐぅぅ!!」
激痛が走り、思わず声が漏れる。
「バライム!」
「バラ!」
クルトとトラスの声が聞こえる。
どうやらクルトは無事なようだ。
「大丈夫だから!下がってろ!」
とっさにクルトを後ろのほうに避難させる。
矢が飛んできたほうを見ると、二人の覆面を被った男が歩いてきた。
「みつけたぜクソガキども、こんな森まで逃げやがって...」
「下がりなさい。ここは私が片付けます。皆に撤収の伝令を」
「はっ」
仲間の一人にそう伝えると、リーダーと思われる長身の男が、覆面を取りながら歩み寄ってきた。
月明かりが差し込み、顔が浮かび上がる。
その顔には見覚えがあった。
父様の側近だった初老の執事だ。
名前は...確か、シャディクだったか。
しかし、その頬には見覚えのない黒い稲妻のような痣が走ってる。
「シャディク...なのか?」
「正解ですバライム様。あいにく、その名はすでに捨てましたがね。それでは、さようなら」
シャディクはそういうと腰にさした短剣を抜き、俺めがけて切りかかった。
振り上げられた刃に月明りが反射して鈍く光る。
「させない!雪雫之盾!!」
俺が死を覚悟したその時、トラスが目の前に飛びこんだ。
刹那、雪のように小さく白い花弁が舞い散る。
振り下ろされた短剣は、トラスの前に展開された花の障壁に阻まれて止まっていた。
「なっ…」
シャディクが驚きの声を上げ、一歩後ずさる。
「顕現、神刀・白彼岸」
続けざまに、トラスが言葉を紡いだ。
声とともに花弁が舞い集まり、一振りの刀が顕現する。
その刀は、飲み込まれてしまいそうなほど白く、美しく輝いていた。
トラスが刀を手に取った瞬間、空気が一変する。
息ができないほどの圧が重くのしかかり、森がしんと静まりかえった。
シャディクが重圧に耐え切れず膝をつく。
トラスだけが一人、美しく佇んでいた。
「何者ですか...貴方は...!」
「君に教える義理はない。永遠に世界の糧となれ」
トラスはそう言って、刀を振り抜いた。
首が飛び、胴が静かに倒れる。
白い刀が血に濡れ、真紅に染まっていた。
トラスはシャディクの亡骸に歩み寄り、刀を胸に刺し込む。
すると、シャディクの身体が淡く光り、小さな雪の雫となって空へと溶けて消えてしまった。
刀が無数の花弁となり、はらはらと舞い散る。
息苦しいほどの重圧が消え、森が喧噪を取りもどす。
追手は撤収しているはずだ。
シャディクが帰らなければ、再び捜索が始まるかもしれない。
それでも、ある程度の時間はあると思っていいだろう。
「クルト...トラ...ス.......」
立ち上がろうとする。
しかし、思うように体が動かない。
視界が霞んでいる。
出血が止まらない。
傷口から命が零れ落ちていくような感覚だけが、鮮明に感じられる。
止まれ、止まってくれ!まだ死ねない!まだ..まだだ......まだ………
「バラ!バラ!お願い、バラ!」
「バライム?バライム!しっかりして!バラ.......」
トラスとクルトの声が聞こえた気がする。
そして、俺の意識は深く沈んでいった。
イイよね、カタナ。