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ひな人形が揃うまで

作者: ウォーカー

 女の子と言えば人形が好きなもので、

その女の子も例に漏れず人形が大好きだった。

おままごとに使う人形からぬいぐるみまで、自宅は人形で溢れ返っていた。


 その女の子の家は特別に裕福というわけでもなく、

両親はその女の子が人形を欲しがる度に苦労させられていた。

しかしそこは悪知恵の働く子供。

まだ言葉を覚えて幾年も経っていない歳なのに、

両親に上手く金を出させる方法を見出していた。


 「お人形さん、買って!買って!買って~!」

今日もまた、その女の子は、母親に連れられて買い物に行く途中、

通りがかった雑貨屋の前で駄々をこねていた。

女の子は地面に転がってジタバタと泣き叫ぶ。

こうなっては、要求を飲まなければてこでも動きそうにない。

仕方がなく、母親はその女の子が欲しがった人形を買い与えた。

「ほら、陽子ちゃん。欲しがってたお人形よ。」

母親が人形を手渡すと、泣く子が途端に笑顔になった。

このようにして今日もまた、その女の子の人形が増えるのだった。


 そうしてその女の子の家は人形で埋め尽くされるわけだが、

女の子の要求とは別に人形を用意しなければならない場合もある。

それは上巳じょうみの節句、つまり三月三日のひな祭りである。

女の子がいる家は、ひな祭りにひな人形を飾るのが常。

その女の子の家も、そろそろひな人形を用意する頃合いだった。

女の子が人形で遊んでいる傍らで、両親が話をしている。

「この子も大きくなってきたし、

 うちもそろそろ、ひな人形を用意しないといけないね。」

「そうねぇ。そうでなくとも、人形でいっぱいなのだけれど。」

「陽子は人形が大好きだし、立派なひな人形を用意してあげたいけど、

 うちはそこまで裕福ではないしなぁ。」

「用意するとしても、簡単な三段飾り程度かしらね。」

すると珍しく、その女の子は言った。

「あたし、おひな様いらない。」

人形好きの女の子の言葉とは思えず、両親が聞き返す。

「陽子、ひな人形いらないのか?」

「うん、いらない。今は。」

「今は?どういうこと?」

するとその女の子は、両親に改めて言った。

「あたし、お人形さんが大好きで大切だから、

 おひな様もちゃんと選んで買って欲しいの。

 だから、今すぐひな人形を用意してくれなくてもいい。

 その代わり、何年かかってもいいから、少しずつでもいいから、

 ちゃんとしたひな人形を用意して欲しいの。」

なるほどと、両親は納得した。

その女の子の言うことは、こうだ。

安物のひな人形はいらない。

分割でもいいから、高級なひな人形が欲しい。

それは大人にも納得のいく理由だった。

しかし、そこには子供の悪知恵が込められていることもまた理解していた。

人形好きのその女の子は、安物のひな人形では許してくれない。

何年かかってでも、高級品を買い揃えて欲しいということだ。

安物で手を打てない分、負担は重くなる。

しかし、そこは親子。

両親はある考えのもとに、その女の子に答えた。

「そうか、わかったよ。

 それじゃあ陽子のひな人形は、とびきり高級な人形にしようね。」

「その代わり、全部揃うのに何年かかっても、大人しく待ってるんですよ。」

「うん!」

そうして、人形好きの女の子と両親とで、ひな人形の誓いが立てられた。

果たして女の子はひな人形を手に入れられるのか。

この時点では誰も確信していなかった。


 そんな事情から、その女の子の家では、

ひな人形を分割で揃えることになった。

分割とは言っても、代金の支払いを分割で払う、ということではない。

その女の子の両親は、ひな人形を一体ずつ分けて集めることを選んだ。

今年はまず男雛だけ。

一体だけでも目が飛び出そうなほどに高価なひな人形だった。

そして次の女雛は、予定では数年先に買う予定。

そうでもしなければ、特別に裕福でもないその女の子の家には、

支払う金が多すぎたから。

それが表向きの理由だった。

今はまだ男雛だけのたった一体のひな人形。

段飾りもまだ用意されてもいない。

それでも、人形好きのその女の子は、男雛を抱きかかえて喜んだ。

「パパ、ママ、ありがとう!大切にするね!」

「陽子が喜んでくれて嬉しいよ。」

「大切にするんですよ。」

「うん!」

冬の終わりのある日。

その女の子の家には、家族団欒という春が一足先に訪れていた。

見た目には。


 それから数年の間。

その女の子の家では、ひな祭りは男雛の一体だけのひな人形で行われた。

それはその女の子と両親との間で交わされた約束だったので、

女の子は特に文句を言うこともなく、高級な男雛で満足していた。

他にもたくさんの人形があるので、その女の子は人形遊びに困らなかった。

だから両親は、自分たちの思惑が上手くいっていると思い込んでいた。


 さらに数年後。その女の子が小学校に通っている頃。

その女の子のところに、待望の女雛がやってきた。

これも男雛と同様、一体でも高額なひな人形だった。

「ほら、約束のひな人形だよ。」

「うわぁ!パパ、ママ、ありがとう!」

相変わらず段飾りなどは用意できてはいないが、

男雛と女雛が揃ったことで、その女の子のひな人形は、ひな人形らしくなった。

女の子は大喜びでひな人形を並べ、両親とともにひな祭りを祝った。

家族揃ってひな祭りを祝う姿は、他に含むものなど無いように思われた。


 その女の子が次のひな人形を買ってもらうのには、

さらに数年を待たなければならなかった。

その間にその女の子は成長し、中学生になっていた。

それでもその女の子の人形好きは相変わらずで、

両親と約束したひな人形の続きを待ち望んでいた。

そうして両親が買い与えてくれた待望のひな人形は、

男雛と女雛の下、二段目に飾る、官女の一体だった。

相変わらず段飾りもないひな人形だったが、

官女が一体加わることで、ひな人形はぱっと華やかになった。

「陽子、遅くなってごめんな。」

「ううん、パパ、ママ、ありがとう!うれしいよ。」

裕福でもない家がやっと手にした三体のひな人形は、

その女の子と両親を祝福しているようで、

しかしその目は何かを語らんとしていた。


 男雛、女雛、官女が一体のひな人形。

次のひな人形が来るのには、さらなる時間が必要だった。

その女の子が中学も高校も卒業し、大学生になってしばらくした頃、

やっと次のひな人形が両親から買い与えられた。

やってきたのは官女のもう一体。

官女は既に以前に一体が買い与えられていたが、

官女は複数あるのが普通なので、やはり数が増えれば見栄えもよくなった。

「お父さん、お母さん、ありがとう!」

大学生になったその女の子は、子供のようにはしゃいで見せた。

娘の学費に加えて高額なひな人形をまたも買うことになり、

頭髪がいくぶんか白くなった両親も、その姿を見て微笑んでいた。

しかし、まだ数の揃わないひな人形たちは寡黙だった。


 まだまだ数の揃わないひな人形。

その次のひな人形が来る頃。

その女の子は既に学校を卒業し、会社勤めをしていた。

大人になっても人形好きは相変わらずで、

自分で稼いだ金でも人形を買うので、

家はますます人形でいっぱいになっていた。

そして、次のひな人形を受け取る時に、一つの転機が訪れようとしていた。

その女の子が、両親を前にして言った。

「お父さん、お母さん、二人に会って欲しい人がいます。」

それは、その女の子の恋人のこと。

つまりその女の子は結婚することを希望していたのだった。

これはひな人形どころではないと、すぐに両親は準備をすることになった。

結婚相手は自分一人で選ぶものではない。

女の子の両親は、女の子の恋人と会い、話をし、品定めをしなければならない。

幸い、女の子が連れてきた恋人は、そのお眼鏡に適う人物で、

その女の子は結婚することが決まった。

ひな人形の話は脇へ追いやられ、まずは結婚の話が優先されることになった。

それを四体のひな人形たちは、何かを言いたそうに見ていた。


 その女の子の結婚の話は順調に進んでいった。

婚約、結納などを済ませていって、いよいよ結婚式の日を迎えることになった。

「お父さん、お母さん、ありがとう。」

白無垢に身を包んだその女の子は、目に涙を浮かべて両親に感謝していた。

そうしてその女の子は、親戚知人に祝福されて結婚した。

結婚した女の子は、家を出ることになった。

家にいるたくさんの人形たちの行方はどうなるのか、まだわからなかった。


 その女の子は結婚し、家を出ていくことになった。

結局、その女の子のひな人形は、いまだ男雛と女雛と官女が二体だけだった。

その女の子が家を出ていく日、その女の子は両親に三つ指を揃えて言った。

「お父さん、お母さん。今までお世話になりました。」

涙ぐむその女の子と両親の三人はしかし、目の奥に妙な輝きを帯びていた。

その女の子が話を続ける。

「それであたしの荷物なんだけど、嫁入り道具以外は、

 実家に置いておいていいかな?人形とか。」

「ああ、構わないさ。」

「必要になったら取りに来てもいいし、そのままでもいいわよ。」

「それで、ひな人形の話なんだけど・・・」

話が佳境を迎えたと、その女の子と両親の目が鋭く輝いた。

先に口を開いたのは父親だった。

「それなんだが陽子。

 お前は結婚したわけだから、ひな人形はもう不要だろう。

 結局、男雛と女雛と官女二体までしか揃えてやれなくてすまないな。」

「ごめんなさいね、陽子ちゃん。」

両親のすまなそうな顔の裏にはしかし、笑顔が浮かんでいた。

これは最初からその女の子の両親が計画していた通りのことだったから。

ひな人形を揃えるのに、数年に一体ずつ揃えていけば、

女の子はやがてお嫁に行くのだから、

引き延ばせば、ひな人形を何体も揃えることなく済ませられる。

それなら高価なひな人形を選んでも構わない。

そんなことを両親は、その女の子がごく幼い頃から既に計画していた。

だから両親は、その女の子が、

とびきり高価なひな人形をねだったことを承諾したのだった。

しかしそこは親子のこと。

ひな人形は女の子が結婚すればもう買わなくていい。

そう言われることを、しかしその女の子は予測していた。

だから、その女の子は両親に、こう返した。

「お父さん、お母さん、それは違うよ。

 知らなかった?ひな人形って、嫁入り道具の一つなんだよ。

 だから、結婚してもひな人形はお嫁さんが持って行くの。

 うちの旦那のお義母さんはひな人形を持ってないそうだから、

 ひな人形はあたしの嫁入り道具。

 だから結婚した今後も、全部揃うまで買い続けてね。」

そう語るその女の子の目には既に涙はない。

親におもちゃをねだる、ずる賢い子供の目に戻っていた。

そうすると慌てるのは両親の方。

何せ途中までしか買わないつもりで高級なひな人形を選んだのだから。

「何だと!?それじゃお前はまだ、ひな人形を買えっていうのか?」

「あんな高価な物、欲しければ自分で買いなさいよ!」

「あら、嫁入り道具を娘自身に買わせるつもり?」

「この親不孝者!」

おめでたい結婚の話が、今は親子喧嘩にすり替わってしまった。

人形好きの女の子は譲らず、ケチな両親も譲らない。

みっともない親子喧嘩を、四体だけのひな人形が困り顔で見ていた。


 女の子が結婚したら、ひな人形は揃えるべきか否か。

その女の子と両親の親子喧嘩は続いていた。

しかしやはり親は娘には甘いもので、

約束していた負い目もあって、先に折れたのは両親の方だった。

「わかった、わかったよ。お前の言う通りだ。」

「仕方がないわね。ひな人形の続きは私たちが用意するから。」

してやったりと笑顔になるその女の子。

しかしやはりそこは親子、ずる賢いのは両親も変わらない。

両親はまるで呪いか祝福かわからない言葉を口にした。

「わかったよ、陽子。

 ひな人形はこれからも私たちが用意する。

 ただし、覚えておきなさい。

 次のひな人形がいつになるのか、何年先になるのかは、私たちが決める。」

「そして覚悟するのよ。

 あなたは結婚したのだから、

 これから人の親になることも十分にありえること。

 もしもあなたが人の親になって、それが女の子の親になったのなら、

 次はあなたが引き継いでひな人形を買い揃えてあげるのよ。

 それが親子、嫁入り道具なのだから。」

「そ、そんなこと・・・」

あるわけがないと、その女の子は言うことができなかった。

結婚自体、前から計画していたわけではない。比較的早くに決まったこと。

自分自身が人の親になることなど、今は想像もつかないことだった。

とにかくも、醜悪な親子喧嘩は終わった。

ひな人形を最後まで誰が揃えることになるのか、今はまだわからない。

しかし、ひな人形が途切れることはなくなり、

親子もまた仲良くなったことを、

今いる四体のひな人形たちは微笑ましそうに見ていた。



 それから更に時は流れて。

あの人形好きの女の子は、子供を身籠った。

十月十日を無事に過ごした後に、無事に出産を果たした。

両親にとっては初孫、今や母親になったその女の子にとっての子供は、

まるでひな人形のような、見目麗しい、女の子だった。



終わり。


 長かった冬もやっと終わって、春の入口、ひな祭りの話にしました。


ひな祭りなので、ひな人形を飾ってお祝いするはずが、

親子でひな人形を巡って騙し合うことになってしまいました。

親から孫までは揃いましたが、ひな人形が揃うのはまだまだ先のようです。


お読み頂きありがとうございました。


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