表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傭兵の国群像記  作者: 根の谷行
アレク編
99/105

夜の出来事ー2

「あたしが城を出て帝国全土を旅した目的は、一言で言うと〝歪み〟の調査のためよ。」

「〝歪み〟…なんですか?それは。」

「この世界には位相がズレた別の世界が重なっていて、〝歪み〟はその別の世界とのこの世界の境界線が曖昧になっている場所とでも言えばいいかしら。」

「別の世界?そんな話は聞いたことがありませんが?」

「あんたは魔王と呼ばれる連中がどこからか湧いて出てるか知ってる?あんたは直接見たことが無いでしょうけど、アレははっきり言って異質過ぎる存在よ。魔力っていう力にしてもそうだけど、アイツ達の力はこの世界の法則から外れている。まるで別の世界で適応されるルールをこの世界に持ち込んで自分達に適応しているみたいだわ。」

「つまり、姉上は魔王が別の世界からこの世界に来ている存在だと言いたいのですか?」

「…まだ確証が得られている話ではないわ。かなり前にオウカ姉ぇが詳しい調査をしに行ってくれたんだけど、まだ帰ってきてないみたいだし。でもあたしは十中八九この仮説が正しと思っているわ。」


 オウカ姉ぇという方は誰なのかという疑問が浮かんだが、おそらくはペルシュ隊長やエルク副隊長のような傭兵の国に居た時に母上が育てた姉妹の一人だろう。

 そんなことよりも今は姉上の口から語られている話の方が気になるところだ。


「…では姉上は帝国近郊に存在する魔王が通って来る〝歪み〟について調べていた、と?」

「それは違うわ。なんでそういう推測を立てたのかっていう説明は長くなるから省くけど、そもそも魔王はこっちに来る時に〝歪み〟を通っていないと思われるわ。むしろ逆で、魔王がこっちの世界に来るせいで〝歪み〟なんてものが発生してるんだと思う。…まぁ、今回あたしが調査している〝歪み〟の発生原因はほとんどお兄様のせいっぽいんだけど。」

「兄上?今の話に兄上がどう関わって来るのですか?」

「お母様が帝位を奪還した時のことなんだけど、お母様は叔父様に代わって帝国を統治する資質があることを証明する必要があったの。そしてこの場合の統治する資質というのは魔王の侵攻を阻む結界を創り出すアーティファクトを起動し維持できるかどうかってことよ。だからお母様が帝位を奪還した際に、お兄様は結界を創り出すアーティファクトがある〈結界の間〉に潜入して、実際にアーティファクトを再起動させたことで自分達にも帝国を統治する資質があることを帝国国民全員に証明してみせる必要があったの。」


 帝都の中心にある皇帝の城には皇族以外が立ち入ることを禁止された〈結界の間〉と呼ばれる結界を創り出すアーティファクトが安置された聖域とも呼べる場所が存在する。

 余達皇族は数年おきにそこで結界の効果を継続するための儀式を行う責務があり、この儀式を行えるの者が皇族の血筋の者達だけであるためその地位は不可侵のものとなっている。

 なんでもその昔に神がこの地上に降臨した際に魔王からの侵攻から人々を守る代表者として選ばれ、結界を創り出すアーティファクトの管理者の資格を与えられたの一族が皇族の始まりらしい。


「ただ、この時にお兄様は結界を創り出すアーティファクトを弄って結界の形を少し変えてしまったの。具体的には最初から最後までお母様の味方できてくれた北方伯への恩返しとして、北方領を覆うの結界の範囲が広くなるような形にしたわ。これにより、北方領は安全に採掘できる鉱山の範囲が広がったことで財政状況が大きく改善され、昔のような賑わいを取り戻したってわけ。まぁ、ここまでは良かったんだけど、どうやら結界の形を変えたことで帝国周辺に〝歪み〟が発生しやすい状況になってしまったみたいなのよ。で、あたしが実際に帝国全土を旅してまわり調査することになったってわけ。」


 こうして姉上が突如として旅に出た理由を知ったわけだが、正直な話余はこんなまともな理由で旅に出たのかとビックリしていた。

 幼い頃から余にとって姉上は思い付きで突拍子もないことをやり始める自由人の印象が強く、姉上が旅に出た当初は窮屈な城での暮らしにとうとう耐えられなくなって家出したと思っていたぐらいだ。


「姉上…そんなにまともな理由出ていたのですね。正直、見直しました。」

「前から気になってたんだけど、あんたあたしのことを何だと思ってんのよ?…まぁ、もうすぐ目的に着くから今は追求はしないわ。ここから先はなるべく音をたてないようにして進むわよ。」


 そう言いながらも小さな声で「後でしっかり追求するわよ。」と、付け加えてきたのを聞こえなかったふりをしてやり過ごし、少し移動すると郊外の僻地にはしては場違いのように見える豪華な外見をした大きな建物が見えてきた。


「あそこが目的地よ。」

「どういった段取りでいくのですか?」

「今日の目的はあくまでも倉庫の調査。だから基本的に騒ぎを起こさないようにするわ。そのためにまずは見張りを無力化する。」

「具体的には?」

「眠くなるガスをばら撒いて眠ってもらうことにするわ。」


 しれっとガスをばら撒くとか言い出した。

 いったいどうやってと一瞬疑問に思ったが、この姉上がやると言ったのだからできるのだろう。


「わかりました。余は何をすればいいですか?」

「そうね…あんたは周囲の警戒と『ミラージュ』とかで適当に援護して。」


 随分と大雑把ではあるが役割分担も決まったので、そのまま見張りの無力化しに行く。

 まず始めに先制して警備員の詰所に近づき、窓のスキマから姉上が言っていた眠くなるガスを流し込んで待機していた警備員を一網打尽にした。

 ちなみにこの時、姉上ほ口から眠くなるガスを吐き出するという人間離れした技を披露する…ということは流石になく、どこからか香炉のような物を取り出してその香りで警備員を眠らせていた。…のだが、詰所にはおらず巡回していた警備員については姉上が素早く背後に回り込み、謎の吐息を吹いて昏倒させていた。


「姉上…今のは?」

「ちょっと意識を失う吐息を吹きかけただけよ。」


 …姉上の人間離れが凄い。

 だが、思い返せばこの前リュティスに状況認識が曖昧になる吐息とやらを吹きかけていた。

 それを考えれば意識を失う吐息も不思議ではないし、なんなら可燃性のガスを吹き出して火炎放射とかし始めてもおかしくない。


「なに?あんたもコレできるようになりたいの?『獣氣』の使い方を学べば似たような技は覚えられるけど、この技はあたしの体質があって初めてここまで強力になる技だからあんたじゃ劣化版しか覚えられないわよ?」

「…それは残念。」

「あんた本心では別に残念とか思ってないでしょ?」

「いえいえ。」


 帝国の民達も自分達の皇帝が口から各種色々なガスを吐けます、なんて特技を持っていたらなんかイヤだと思う。

 なので余はそんな奇抜な特技を持たない普通の皇帝を目指すことにする。

 なにはともあれこうして順調に警備員を無力化していき、全ての警備員を眠らせた…かと思われたが、


「ふぃ~酒飲みすぎてしょんべん止まんなかったべ~」


 そんなのんきな独り言と共に、おそらくトイレに行っていて難を逃れたであろう警備員が戻って来た。


「姉上…」

「詰所に戻るみたいだからこのままでいいわ。あそこには昏睡状態になる香がまだ残ってるはずだから部屋に入った瞬間に倒れるはずよ。」


 部屋に流し込んだ香が思っていたよりもヤバメの物だったので眠りについた警備員達に後遺症の類が残らないか心配になった。

 そうこうしている内にまだ起きている警備員が詰所の扉を開けたが、この警備員は他の警備員達とひと味違ったみたいだ。

 扉を開けた瞬間に部屋の中にいる警備員達が全員寝ていることに気付くと、部屋には入らずに即座踵を返して距離を取った。


「なんだべ!敵襲だべか!?」


 腰に吊るしていた手斧を抜き放ち周囲の警戒に入る。


「姉上…」

「思ったよりもやるヤツだったみたいね…丁度いいわ。あんたあいつを一人で取り押さてみせなさい。」

「姉上、あの警備員は武装しており、余は無手なのですが。」

「武装した相手を無力化するいい練習になるわ。頑張りなさい。」


 まだ七歳の子供相手に無茶苦茶言いやがる。

 だが、ここでこれ以上ごねたところで姉上は折れないだろう。

 仕方がないので諦めて警備員と対峙することにした。




 警備員の前に姿を現すと、相手は即座に武器を構えてきた。


「おめぇさん誰だべ?なんの目的でここさに来た?」


 答える義理は無いので無言で返し、代わりに改めて対峙している警備員のことを観察する。

 まず体格が良く、筋肉も良く鍛えられており重心も身体の中心にあって余がどう動いても対応できるように構えている。

 構えている手斧も一目で年季が入ったものであることがわかる程に使い込まれているが、十分な手入れをされているように見える。

 最初に姉上の香を即座に会費したときから既に片鱗が見えていたが、やはりこの警備員だけは一筋縄ではいかない相手であるようだ。


「名乗る気は無いってことだべか。なら取っ捕まえて口を割らせるべ!」


 威勢良く啖呵を切った警備員はダッシュで一気に距離を詰めてきた。

 両手を広げて姿勢を低くしながら迫るその体勢から、武器は使わずにタックルで余を組み伏せるつもりなのだろう。

 確かにこの警備員と余では体格に差がありすぎる。

 組み伏せられたら脱出は困難だろうから悪くない選択肢といえるだろう。

 だが余も黙って組み伏せられるのを傍観しているわけではない。

 捕まる前に軽く跳び、頭を踏みつけてこのタックルを回避する。


「痛ぇ!このガキ!見た目通りのガキってわけじゃないってことだべか!もう子供とは思わないことにするべ。」


 余の身のこなしを見て警備員も本気になったようだ。

 身の危険を感じる程の剥き出しの闘志をぶつけられ、それに呼応するように余の中にあった何かのスイッチが入るのを感じた。

 そして、そのスイッチが入った瞬間に変化は如実に現れた。

 いきなり相手の動きがスローモーションに視え始めたのだ。

 極限の集中状態に入った者は周りがスローモーションに視えるという話を聞いたことがある。

 これもその一種なのだろうかと疑問に思ったが、すぐに今は目の前の相手に集中しなければならないという意識に飲み込まれて消えた。

 筋肉に入れた力の具合、身体の中を駆け巡る力の流れから相手が次にどう動くかが透けて視える。

 手斧を大きく振りかぶった姿勢でこちらとの距離を詰めてから攻撃…と見せかけて、もう一歩深く踏み込み抱きかかえるようにして余の動きを封じるつもりのようだ

 どうやら相手は口では余をもう子供とは思わないと言いつつも、未だに余に出来るだけ怪我をさせないようにして取り押さえるつもりらしい。

 お優しいことだ。

 だが、そこまで視えていた大人しく捕まってやる義理も無い。

 予想通りの動きをして来た警備員の男に対し、余はスライディングで股下をすり抜けて背後を取る。

 この際に一瞬、男急所である股間が無防備になっているのが視えた。

 仮にこの闘いが殺し合いであったなら余は迷わずこの急所を攻撃しただろう。

 だがこの闘いの目的は相手の制圧であるため、ここで過剰な攻撃をしてやりすぎるわけにはいかないのでスルーした。

 そして背後を取った直後に間を置かず警備員の男の背を押すようにして体勢を崩しにかかる。

 元々余を捕まえようとして前傾姿勢になっていたところを余が更に押す形になり、警備員の男は体勢を保てなくなってあっさりと転倒した。

 ここから追撃で腕を掴んで関節をキメにかかる。

 腕力では勝負にならないので普通に抑え込んでもダメだろけど、関節を完璧にキメてしまえば余の体格と腕力でも抑え込むことができるはずだ。

 警備員の男はこの手の技に対しての対処法を知らなかったのか、ジタバタと抵抗するだけで有効な動きが出来ず余の関節技は完璧な形で決まった。

 これにより余は勝利を確信していたのだが、この男の底力はここからだった。

 身体の表面に『闘氣』を纏うことで力場を創り出し余を引き剥がしにかかって来たので、余も同じように『闘氣』を纏って相手の力場を相殺する。

 ここまでは良かったのだが、相手は力場による押し合いでは埒が明かないと思ったのが次なる一手を打ってきた。

 展開していた力場を突如として消失させたのだ。

 余からすると力場の拮抗状態を創り出し維持するのが目的なので、これにあわせて余の方も力場を消失させたのだが、結果的にこれが悪手であった、

 力場を消した次の瞬間に今までとは比べものにならないぐらいの力場の爆発が起こり、余は抵抗らしい抵抗も出来ずに弾き飛ばされてしまったのだ。


「ふぃ〜…一時は危ないところだっただべが、何とかなったべ。」


 拘束から脱した警備員の男ら抑え込まれていた身体をほぐすような仕草をしながら悠々と立ち上がった。

 一方で何をされたのかわからなかった余は不用意には動けず、相手が体勢を整えるのを黙って視ていることしかできなかった。


「おめぇさん子供とは思えない強さだべ。だども『縮放』のことは知らんようだべな。ならばそこを思いっきりつかさせてもらうべな!」


 そう宣言しながら手斧の握り方を変える。

 刃の面が正面に来るようにではなく平らな面が正面に来るような持ち方、団扇を握る時の持ち方に近い形だ。

 刃で切るのではなく側面で叩くための持ち方だが、警備員の男の次の行動は完全に余の想像の外にあるものだった。

 先程団扇を持つような持ち方と表現したが、本当に団扇で扇ぐようにして手斧で風を送って来たのだ。

 通常ならたいした大きさもない手斧で扇いでできた風などたかが知れているはずだが、送られて来た風は突風を通り越してもはや空気の壁とでも言えるようなものだった。

 これ程の風を創り出せた秘密は、おそらく扇いだ瞬間に手斧の平面部で一斉に弾けたように視えた『闘氣』の力場にありそうだ。

 視た限り内側から外側に向う力場ではなく、力場の層が中心に向かって収縮していくかのように力が作用しているようだった。

 そして収縮した力が臨界点に達した後に力場の正面側を開けることで内部に溜め込んでいた力を一気に解放したのだと思われる。

 おそらく、この一連の『闘氣』の運用方法が『縮放』なのだろう。

 そんな分析を行っていたところで『縮放』によって創り出された空気の壁が余の元まで到達した。

 体重が軽い余に対してこの空気の壁は非常に有効な攻撃手段だ。

 このままだと余はこの空気の壁に押されて後ろの塀に叩きつけられてしまうだろう。

 対抗手段は…この空気の壁をなんとかして無力化するしかなさそうだ。

 肝心の空気の壁を無力化する方法をだが魔導術では術式の構築に時間がかかり過ぎるため間に合わず、獣氣による身体能力強化によってこらえるという手も、考えている内に空気の壁の押されて足が浮いてしまったので踏ん張りが効かないから無理になった。

 となると残された手段は闘氣による力場の形成、『闘氣刃』によって空気の壁を引き裂くしかない。

 だが指一本に『闘氣刃』を纏わせるだけでは力不足、両手の全ての指に『闘氣刃』を纏わせるぐらいはしないと話にならない。

 そう判断した後はとにかく無我夢中だった。

 今までの練習では指一本に纏わせるぐらいでしか練習していない。

 だが腹を括りやるしかないと追い詰められた状態でやってみると、今まで苦戦していたのが噓のようなスムーズさで『闘氣刃』を纏わせることができた。

 そしてその勢いのまま縦横無尽に腕を振るう。

 空気の壁が分断されて勢いが減衰し始め、これにより足が地面に着いた。

 ここからは獣氣による身体能力強化も使い踏ん張りで勢いを殺しにかかり、同時に両手の『闘氣刃』も継続させて空気の壁を更に細かく分断していく。

 こうして最終的に塀のギリギリ手前で完全に空気の壁を無力化することに成功した。


「こりゃたまげた…今のをしのぎ切るべか。…悪いがもうおめぇさん相手に手心を加えてやれる余裕はオラには無さそうだべ。…スマンけんど、腕の一本や二本は落とすつもりで行かせてもらうべな!」


 空気の壁を無力化したことで警備員の男を本気にさせてしまったようだ。

 今までとは一味違う殺気が混じった闘志を肌で感じる。

 こうなってしまえば余の方も腕の一本や二本はへし折るつもりで闘う必要があるだろう。

 こうして深夜の闘争は新たな局面に向うこととなった。

キリが良い所までと思って書いているといつもより少し長めになってしまいました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ