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傭兵の国群像記  作者: 根の谷行
アレク編
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夜の出来事ー1

 肝心の南方領が抱えている問題について話を聞くことを忘れてた余は、もう一度ペルシュ隊長の元に戻って話を聞きに行くべきかどうか考えていた。

 正直さっきまで話をしていたばかりなので、今からもう一度会いに行くのはなんとなく憚られるところだ。

 ならばもういっそのことオーロック殿の所に行き直接話を聞くのも有りだろうか?

 そうな風に自問自答していると一人のメイドが足早にこちらに近づい来るのが見えた。

 そのメイドをよくよく見てみると変装している姉上だった。

 ここで姉上と声をかけるれば要らぬ怒りをかってしまうのは明白だろう。

 なのでここはこちらは特別な反応はせずに自然体でいることにした。

 するとメイドに扮した姉上は余の横を素知らぬ顔で通り過ぎるが、その際に自然な感じでハンカチを落としていった。


「そこの者、ハンカチを落としたぞ。」

「申し訳ございません。失礼いたしました。」


 ハンカチを拾い上げて渡そうと手を伸ばすと、ハンカチで隠すようにして紙切れが一緒に落ちていることに気がついた。

 その紙切れをハンカチと一緒に拾い上げ、ハンカチだけを姉上に返して紙切れを抜き取る。

 そしてその後トイレの個室に入り姉上が渡してきた紙切れを確認すると、そこには〝今夜迎えに行く〟とだけ書かれていた。


「姉上…これだけではわけがわかりませんよ。」


 いまいち状況はわからないが今晩、余は姉上に拉致されることになるようだ。

 ただ、迎えに行くという文面からして夜間に姉上と行動を共にすることになるだろう。

 ならば今の内に昼寝でもしておいて夜に眠くならないようにしておいた方がいいかもしれない。

 そしてまだ数日は南方領に滞在する予定なので、南方領の問題については今すぐに知らなければならないと焦る必要があることでもない。


「…ひとまず、今の内に寝ておくか。」


 余は全ての予定を一度白紙に戻して、来襲してくる姉上に備えて寝ておくことにした。

 日が沈み城内の多くの者達が眠りについた頃、ベットから抜け出して姉上が来るのを待つ。

 昼の間にたっぷりと寝ておいたのが功を奏しており、深夜になっても眠気は無い。

 姉上がいつ来るかまではわからないので来るまで少し暇だ。

 昨日から余はこういう暇な時間を利用して、指の周りに『闘氣』による力場の渦を造り出す練習をするようにしており、今も暇なのでこの時間を利用して練習することにした。

 少しづつ慣れてきたこともあり、昨日よりも上手くできるようになっている感覚がある。

 だが、あの時に視たペルシュ隊長やエルク副隊長が武器に纏わせていたものに比べると稚拙なもので、実戦で使うには練度がまるで足りていないだろう。


「ふ~ん『闘氣刃』の練習?力場の造りがまだまだ荒いわね。」


 自分なりに色々と試行錯誤しながら練習していると不意に背後から声をかけられた。

 驚いて振り返るが声がした方には誰もいない。

 …いや、よく視ると声がした辺りの風景に妙な違和感を感じる。

 気になって違和感を感じた辺りの空間に手を伸ばすと、なんと余が伸ばした手が消えた。

 驚き慌てて手を引っ込めると消えた手は元通りになっている。


「はぁ…やっと気付いたの?やっぱりあんたは感覚が鈍いわね。心配になるわ。」


 その言葉と共に何もない空間から突如として姉上が姿を現してきた。


「姉上…それはどういうからくりなんですか?」

「『ミラージュ』っていう魔導術よ。術を発動させた空間の光景を切り取って、その光景の幻影を切り取った場所にピッタリと貼り付けることでその下の本当の光景を見えなくさせる術。便利な術だからこれを機にあんたも覚えておきなさい。」

「便利な術って……余も魔導術について学んでいますからわかりますが、その魔導術かなり構築が難しい高等術式ではないですか?」


 さっきの説明で、この『ミラージュ』という魔導術は特定空間の状態をコピーし、それと同じ光景をその空間に貼り付けていると言っていた。

 つまり術式における効果的範囲を定義する点位は最低でも四乗、その上で術式は効果的範囲内の光景のコピー、同じ光景の幻の作成、作成した幻をコピーした位置に寸分の狂いも無く設置、最後にその状態の維持という工程を含んでいることになるはずだ。

 魔導術というのは複雑な工程を織り込めば織り込むほど術式の制御が複雑になっていき、突然ながらそれに比例するようにして習得の難易度も跳ね上がっていく。

 断じて姉上のように「便利だから覚えなさい」とかいう軽いノリで習得できるような簡単なものではないはずだ。


「確かにちょっと難しい術式かもしれないけど、あたし達には力の流れを直接視認してそこから術式を理解するっていう裏技があるわ。今から術式を構築してみせるから視て覚えなさい。」


 そう言いながら掌に収まるサイズの水晶を取り出し、余の目の前で術式構築し始める。

 困惑しながらもその様子を言われた通りに水晶の中に流れ込んだ『導氣』が術式を構築していく様を観察する。


「術式が構築される時の力の流れを視て覚えなさい。その時の動きを再現するように『導氣』を操作すれば理論とかをすっ飛ばして魔導術を習得できるわ。」


 通常なら魔導術の習得には理論の理解から始まり、実際に術式の構築を行ってみて自身が造り出せる『導氣』が持つ性質と術式の相性のすり合わせを行い、自分なりに術式の細部を調整し自分の『導氣』でその魔導術を運用する上で最適な形を模索していくのが一般的だ。

 なお、自分が習得した術式と『導氣』の性質の相性が悪かった場合、魔導術の発動自体は可能なのだが入力した『導氣』に対して出力される魔導術の威力が著しく低くなる場合もあるらしい。


「あんた集中してないでしょ?もっと真剣に力の流れを視なさい。」


 姉上に怒られたので改めて姉上が構築している術式を観察し、水晶型の触媒の中で術式を形で造っていく『導氣』の動きを脳裏に焼き付けるようにして完璧に記憶する。


「力の流れは覚えた?覚えたのなら今度はそっくりそのままの力の流れを自分で再現してみなさい。」

「力の流れは憶えましたが余は触媒を持っていませんよ。姉上のコレを貸してもらってもいいですか?」

「はぁ?あんたには昨日イイ感じの石をあげたでしょ?アレ使いなさいよ。」

「…アレは魔導術の触媒だったのですか。」

「あんた気付いて無かったの?とことん鈍いわね。」


 言いたい放題に言われてしまったが姉上が昨日渡してきた石ころが魔導術の触媒だったことに気が付かなかったのは事実なので言い返せない。


「わかりました。やってみます。」


 汚名挽回のつもりで懐から昨日獲得した景品のペンダントを取り出し、中に入っている石ころに『導氣』をながしてさっき視た姉上の術式の構築をそっくりそのまま再現する。

 正直、半信半疑だったのだが姉上の言う通りにやってみると『ミラージュ』の術式が本当にできてしまった。


「『ミラージュ』…うわぁ…本当にできてる。」

「よし、覚えたわね。それじゃ今度は気配の消し方とかも教えるからそれもここで憶えなさい。」


 こうして『ミラージュ』の術式の習得を始めとした姉上による様々な技術の超短期講習が始まった。

 こんな短時間で技術を覚えろなど、はっきり言って目茶苦茶な要求だが、教えられてやってみると案外簡単にできてしまう余も目茶苦茶な存在なのだろう。

 結局、付け焼き刃ではあるが言われた通りにやって要求された技術をある程度習得してしまえた。


「ふぅ…前準備はこんなものでいいわね。それじゃ、城を抜け出すわよ。」

「…やはり外に行くのですね。」

「あんたの引き篭もりグセを治そうっていうあたしの気遣いよ。心配しなくても朝までには戻るし、あんたが寝てたベットにあんたが寝てる光景を『ミラージュ』で貼り付けておくからバレないわよ。」


 流石は誰にもバレずに城から脱走した経験がある姉上だ。

 逃走の仕方を熟知している。

 …それはそうと余が寝ている光景を『ミラージュ』で貼り付けられるということは、余が寝てた時には既にこの部屋に侵入していたことになる。


「…ところで姉上、いつから余の部屋に居たのですか?」

「かなり前からよ。あんたが寝てる間にここに来てずっとこうして隠れてたわ。」

「…姉上、暇なのですか?」

「…少なくともあんたよりは遥かに忙しいわよ。無駄口叩いてないでこれに着替えなさい。」


 そう言って昨日余が祭りに行った時にオーロック殿が準備してくれていた衣装を渡しきた。


「姉上、これは…」

「そんな市井にいないような上等な寝間着で外になんてでられないでしょ。それ、色々と便利そうだから借りてきちゃったわ。」


 あっけらかんとそう言い放つ姉上に、もはや余から言える言葉は何も無かった。

 こうして余が着替え終わると深夜の外出が始まった。




 城を抜け出すのは案外とすんなり上手くいった。

 警備の者達は基本的に外から中に侵入してくる者に対しての警戒意識が強く、中から外に出ようとする者に対しての警戒意識は低いこと。

 姉上の逃走経路の選定が秀逸で絶妙に人気が少ないルートを通ったことや、さっき習得した『ミラージュ』が非常に優秀でこの術を使用しながら要所要所で気配をしっかりと消すことで警備の者達の目を上手く搔い潜れたことなどが上手くいった要因だろう。

 そして姉上が突然として余を連れ出すという行動に出たのも、余が城に引き篭もり過ぎてあまりに不甲斐ないから経験を積ませようと考えての行動だと思われる。

 そう考えるとあまり褒められたことではないどころか、発覚すれば大問題になるような今回の行動も余の口からは非難することもできない。

 なにはともあれ、無事に城を抜け出せた余達はそのまま南方領の首都であるオデュンの郊外まで来ていた。


「姉上、いい加減そろそろ何処に行って何をするつもりなのか話してくれませんか?」

「…そうね、話しておこうかしら。でもその前に、あんたはこの南方領にオーロックおじ様の統治をよく思わない勢力達が居るってことは知ってる?」

「先日ペルシュ隊長から少しだけその話を聞きました。帝国内で起こっている問題ですので、余も無関係ではないと思いちょうどそのことについて知りたいと思っていたところです。」

「そう、ならちょうど良かったわね。今から向かうのは南方領でソコソコの大きさのとある商家が保有している倉庫よ。その商家は旧南方伯であるサウスワールが統治の時代にサウスワールと結託してあくどい商売をして大きくなったような商家で、どうにも不審な動きをしているような形跡があるの。」

「なるほど、それで倉庫に侵入して不審な動きの証拠をつかもうという魂胆なのですね。」

「そういうことよ。」

「つまり先日言っていた用事とはこのことだったのですね。」

「…厳密にはちょっと違わ。ただ、あたしの元々の旅の目的から知り得た情報を精査した結果、今から行く商家の不審な動きに気が付いたのは確かね。」

「姉上、いい機会です。そろそろ姉上が何のために城を出て、今まで何をしていたのか教えていただけませんか?」


 意を決して姉上に問いかける。

 今までは余がまだ幼いから部外者のように扱われていた気がするが、こうして外に連れ出して経験を積ませるという選択をしたということはそろそろ余も色々と知ってもいいと頃合いだと判断したということだろう。

 ならばおそらく、この問いにても答えてくれるはずだ。


「……そうね。そろそろあんたも、色々と知っておいた方が良い頃合いかもしれないわ。」


 姉上は一つ頷いてそう口を開いた。

今回アレクがやった『ミラージュ』を習得した裏技は、いわばエクセルとかで関数式の使い方を完全に理解していなくても、関数式を丸暗記して入力さえできていれば値だけは出力できるのと同じ理屈です。

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