騒乱の前の備え
模擬戦を終えた後、負傷者の治療の手配や撤収の段取り等のモロモロの指示を出し終えたペルシュ隊長が余の元へ再びやって来た。
「いかがでしたか?我々の模擬戦は。」
「素晴らしいものであったぞ!帝都で見た皇族近衛騎士団の演習は行進やら集団行動がメインの儀礼的なものがほとんどであったから、こんなに本気でぶつかり合っているのを見たのは久方ぶりであったからな。それで、特にペルシュ隊長とエルク副隊長の一騎打ちは見応えがあった。やはり隊長も副隊長を任せられているだけあって剣の周りで渦巻いておった力のようなものが他の騎士達と比べると洗練されている感じがしたし、身体の内部を駆け巡っておる力の流れも淀みが無くスムーズであった。最初のぶつかり合いのときの『凶叉』や『衝波閃』というのは何かの技なのであろう?あの時の武器の周りに渦巻いておった力の流れは何か特殊な動きをしておるように視えたぞ。それからエルク副隊長がやっていた『跳梁』とかいう空中を蹴って加速や方向転換を繰り返すあの技はどうやっておるのだ?やはり足の裏辺りに一瞬だけ剣にも纏わせておった力を集約しておったのがあの動きを可能とするカラクリなのか?他にも、ペルシュ隊長が中盤ぐらいから使用し始めた魔導術は並行構築によって二つ同時に構築し始めたものなのであろう?それでそれで、……すまぬ、少し興奮し過ぎて冷静さを欠いておったようだ。」
感想を聞かれ答えている内にテンションが上がり過ぎていたようだ。
ペルシュ隊長の反応を待たずに子供のように一方的にまくし立ててしまっていた。
「…いえ、しっかりと視ていただけていたようで、我々も全力で取り組んだ甲斐がありました。」
余の勢いに若干面食らっていた様子であったが、ペルシュ隊長も最終的には笑顔でそう返してくれた。
うっかり幼子のように振る舞ってしまったことが少し気恥ずかしいので、気になっていたことを聞いてこの流れを一度リセットすることにする。
「おほん!…それにしても、なぜ急に余にこの光景を視せようという話になったのだ?」
これは実は模擬戦が始まる前から気になっていたことだ。
模擬戦の観戦を提案して来た時のペルシュ隊長の真剣な眼差しと口調。
そこには余に否と言わせぬような雰囲気があった。
この模擬戦を通して余に何かを伝えようとしていたのではないか?
そんなふうに思ったので真意を聞いておきたかったのだ。
「実は昨日の夜に祭りの途中で出会ったあの御方に会いに行きまして、色々と興味深い話が聞けたのですがその時にアレク殿下の話題が出たのです。」
あの方というのはおそらく姉上のことだろう。
この場は別に人払いなどをしているわけではないので誰の耳があるかわからない。
そんな場所で不用意に姉上の名前を出せば要らぬ厄介事の種になりかねないと考えてぼかしているのだろう。
「余の話題…どういった話だったのだ?」
「はい。簡単に要約するとアレク殿下もそろそろ護身術の訓練から一歩踏み出したような訓練を受けて、個としての力を身に着けさせておいた方がいいと忠告されました。」
「個としての力…か。」
今の余が受けている戦闘訓練の類といえば簡単な剣術等の手ほどきと護身術の体捌きぐらいのものだ。
自分で言うのアレだが余はどうやらこの分野においてもかなりのセンスがあるようで、教えられたことは一度理解してしまえば直ぐに実践できてしまう。
だが、武の道というものには果てが存在しない。
そのため研鑽をしようと思えばどこまでも突き詰めることができる分野である。
余としても自分の才がこの果てしない分野でどこまでも通用するものなのかと興味はあるのだが、ワースをはじめとする一部の家臣達に皇帝となる者が武の道を極める必要は無いという正論を言われてしまい、この分野における修練をあまりできていないのが現状だ。
「あの御方よりの伝言です。「今からでも個としての力をしっかりと磨いておきなさい。そうすれば最悪どんな状況になったとしても自力で活路を拓くことができるようになるわ。あんたはあたしの弟なんだから才能はあるはず。腐らせずにちゃんと磨きなさい!」だそうです。傭兵の国に身を置いていたこともあって我々もこの意見には賛成です。もっとも、我々はアレク殿下が力を身につけるのはもう少し大人になってからでもいいと考えいたのですが、あの御方にはそんなんじゃ遅過ると言われてしまったので、急遽こうして我々が闘っているところを視て学んでいただくという流れになったわけです。」
この説明で色々と腑に落ちた。
幼少の頃を傭兵の国で過ごし戦場の喧騒を子守唄代わりにしていた姉上からすれば、あらゆる危険が排除された温室のような場所で育てられている余は、同じ血が流れているにもかかわらずあまりにも弱々しい軟弱な弟に見えているのだろう。
実際、先日見せられた姉上の多芸っぷりを考えると否定できる要素が無いのは事実だ。
「それにしても…予想はしていましたが、やはりハルと同じような眼をお持ちなんですね。」
「ハル?…兄上のことか。同じような眼とは?」
ペルシュ隊長は余の問いに答える代わりに指を一本前に出して来た。
困惑しながらその指を視ると、その指は先程の模擬戦の時に剣に纏わせていた力と同じものを纏っていた。
「アレク殿下にはコレが視えているのでしょう。御自覚されていないかもしれませんが、本来ならコレは眼に視えないものなのです。まぁ、出力を目茶苦茶に上げれば空間が歪み始めるので、そこまでやれば普通の目にも見えるようになるんですが、通常ならこれぐらいの出力ではそんなことはおこりませんので見えないものなんです。」
「そうなのか?余にとっては視えるのが当たり前なのだが…」
「あの御方も視えているようでしたので血統的なものなんでしょうね。…ちなみに、こっちはわかりますか?」
ペルシュ隊長の指から周囲に纏わせていた力が消えて代わりに指の内部、身体の内側に流れでいる力が活発になっているのがわかった。
「わかるぞ。こっちに関しては視えるというよりは感じると言った方が正しく気がするが、身体の内部を駆け巡っておる力が指先で活性化しておるようだな。」
「『闘氣』を視認して『獣氣』も知覚できる…アレク殿下、ならばこの力を御自身で使う事はできますか?」
「身体の中に力を巡らせるのは瞑想とかをする時にいつものやっておるからできるぞ。物に力を纏わせるのは…やったことがない。ただ、感覚的にはやれそうな気がしておる。」
「ではここでやっていただてもよろしいでしょうか。」
「うむ…その前に、ワースやその部下達は近くに居らぬだろうな?見られておったら面倒なことになる。」
「ワース?…あぁ、確か執事長の方でしたね。なぜ執事長殿のことをそんなに気にするんですか?」
「この力の名は『闘氣』であったな。実は以前にも今と同じようにちょっと『闘氣』を試してみようとしたことがあったのだが、その時にワースに見られてしまってな。皇帝となる御方に武は必要ないと説教されてしまったのだ。」
「執事長殿は仕えるべき主であるはずのハルやカゲに立て続けに逃げられてしまいましたからね。その経験からアレク殿下が強くなって何処かに行ってしまわないか気が気でないのでしょう。ですがこれは我々のような御身を警護する立場からするとハッキリとさせておきたいことです。護衛対象がどれだけ動けるか次第で警備の仕方が大きく変わってきますので。」
大義名分を得られてので周りを気にせずに堂々とやることにした。
先程のペルシュ隊長がやっていたのを真似て自分の指の周囲に『闘氣』を纏わせてみる。
実際にやってみると想像していたより難しく、特に纏わせた力を一定に保ち続けるのは集中力を要求された。
「む、思っていたよりも難しいな。纏わせている力を一定の出力でキープし続けるのが特に難しい。何かコツとかがあれば知りたいところだ。」
「それでしたら、放出する『闘氣』の出口に弁を付けてその出口を絞るようなイメージを持つと良いかもしれません。」
「なるほど…出力を絞る…こんな感じか。うむ、随分とやりやすくなったぞ。ては今度はこの力で渦を造っておったのを試してみるか。………むぅ…纏わせるのよりも難しい。コレには何かコツとかはないのか?」
「残念ながら、それに関してはとにかく数をこなして慣れるのが一番です。近道はありません。」
「む、そうか。やはり簡単にはいかないな。だが、だからこそやり甲斐があるとも言える。」
指の周囲に力の渦を造ること自体はできるが、ペルシュ隊長やエルク副隊長がやっていたように、細かい渦を大量に展開するとなると途端に難易度が跳ね上がる。
自慢では無いが、大抵のことは理屈を理解してしまえばこなせてしまう余にとって、わかっていてもできないというのは新鮮な感じだ。
夢中になって自分なりに試行錯誤していると、それを視ていたペルシュ隊長は思わずといった感じで口を開く。
「…驚きよりもやっぱりか、という感想の方が強いですね。少しやり方をレクチャーしただけでここまでできるようになるとは…将来が末恐ろしくなるような才能です。……これならばいっそ、話しておいた方が良いかもしれません。」
後半は声のトーンが変わった。
真剣さが滲むその口調に、試行錯誤の手を止めて聞き返す。
「何かあるのか?」
「はい。先程のあの御方から興味深い話をきけたと申し上げたかと思いますがその内容についてです。あの御方は近い内にこの南方領の地で騒乱が起こると予見されていました。闘いの気配がする、と。ハルもそうだったのですが、彼等のこの手の勘は外れた試しがない。この予見に対して我々も最大限に警戒を強めていますがアレク殿下も気にかけておいて、何かあればそのお力を御身の生存のために最大限に活用してください。」
「闘いの気配…か。」
それは南方領へ旅立つ前日から感じているこの不思議な感覚のことだろうか?
最近は、もはやあるのが当たり前のようになってきたので気にならなくなってきたが、あの日から感じている不思議な感覚は今もしっかりと感じている。
「実は余も、南方領に来る少し前から上手く説明できない感覚を南方領から感じておったところだ。」
「アレク殿下もでしたか。…元々信じていなかったわけではありませんが、これは本格的に何かがおこるということを前提に備えておいた方が良さそうですね。」
「うむ、余もペルシュ隊長忠告に感謝し、心に留めておくことにしよう。」
「ありがとうございます。こちらも警戒の度合いを引き上げて何が起こっても大丈夫なように備えます」
こうして会話が終わり、余は良い刺激となる光景を視れて満足しながらその場を後にしようとしたが、肝心の南方領が抱える問題とその実態を知るために話を聞く、という当初の目的をすっかりと忘れていたのだった。
技解説
『跳梁』
以前出てきた『空踏み』の派生技。
連続で『空踏み』を使いながら獣氣による脚力強化も併用し、縦横無尽の立体的な立ち回りをしながら加速を繰り返し高速戦闘を行う高等技術。




