祭りー1
目的地であった南方領に到着してから一夜明けた次の日。
朝食を済ませた後にオーロック殿が用意してくれた祭り用の衣装に着替えて準備を整えていた。
このオーロック殿が用意してくれた衣装と仮面には魔導器としての加工が施されていらしく、位置情報を護衛の者達に伝達する機能を初めてとして、簡易的な物理障壁を展開する術式などが盛り込まれた手間のかかった一品らしい。
おそらく、この衣装を用意するために手間も時間もお金もかけたことだろう。
それら全てを余が良き皇帝になることを願って、得難い経験をさせてくれるために準備してくれた。
己を支えてくる臣下の想いを改めて意識させられ、少し感傷に浸っているとコンコンと部屋をノックする音が聞こえた。
「失礼します。アレク殿下、祭りに行く準備はお済みでしょうか?」
訪ねて来たのは私服姿のエルク副隊長だった。
「あれ?なんか複雑そうな顔をしていますね。何かあったんですか?」
「いや…今回の件でオーロック殿には随分と世話をかけることになると思ってな。」
「なんだ。そんなことですか。オーロックのおっちゃんは昔から「大人の都合で子供が割りを食うのは筋が通らねぇ。」とか「子供の無茶を笑って受け止めて、足りてねぇところはスッと支える。それができるのが本当の大人ってもんだ。」みたいなことを言ってた変なおっちゃんだから、あんまり気にし過ぎる必要は無いと思いますよ。」
「オーロックのおっちゃん、じゃなくてオーロック南方伯な。」
そう言って横から口を挟んで来たのは私服姿のペルシュ隊長だった。
「こいつと同意見ってのはアレですけど、私も必要以上に気負う必要は無いと思いますよ。親父殿は子供に変な気を使わせるのを嫌います。アレクサンドリウス殿下はただ純粋に祭りを楽しんでいただくだけで十分です。」
余に気を使わせまいとして言っているというよりは本心からそう思っているような口調であった。
オーロック殿と旧知の仲であるはずの二人がそう言うのなら、余が気にしすぎるのはオーロック殿の本意ではないのだろう。
なので二人の言う通り余は純粋に祭りを楽しむことにする。
「ところで…ペルシュ隊長が同行してくれるとは聞いておったが、その様子だとエルク副隊長も余に同行してくれるのか?」
「ええ、まぁ、元々皇族の方々の護衛といえのは俺達、近衛騎士団の仕事でしてね。全てを任せて後はお願いしますって訳にはいかないんで、近衛騎士団からは俺が、付くことになりました。」
「そうであったか。では二人共、今日はよろしく頼む。」
「あ〜〜…それなんですがね。今日はアレク殿下はお忍びで祭りに参加することになるわけですが、ぶっちゃけますとその口調だと周りから浮いてお忍びにならないです。」
「ムッ!?…確かに一理あるな。では…意識して口調を変えるとして…自分のことも余と呼んではオカシイのだろうか?」
「そうですね。一人称が〝余〟な子供は帝国中を探してもアレクサンドリウス殿下を含めて片手で数えられるくらいしかいなさそうです。無難に〝僕〟とかにしておく方が良いと思います。」
ペルシュ隊長の助言を受けて自分の中で役をつくり、そこに意識を切り替える。
「それを言うなら僕のことを〝アレクサンドリウス殿下〟と呼ぶのも問題だと思うよ。だから今日は僕のことをは気軽にアレクって呼んでくれていいよ。」
「おおぅ…切り替え早いっすね。了解しま…いや、わかったアレク。」
「うん。じゃあ改めて、今日はよろしくね。僕、お祭りって初めてなんだ。だから色々と教えてよエルク兄ちゃん、ペルシュ兄ちゃん。」
「なんか新しい弟ができたみたいだな。昔を思い出す。」
「だな。よし!それじゃあ今日は兄ちゃん達が祭りの楽しみ方ってやつを教えてやる!」
そう言って笑みを浮かべた二人はいつもの騎士団の一員としての凛々しい表情とは違う、弟分に面白い遊びを教えようと企んでいるガキ大将のような表情をしていた。
祭りの最中の街の賑わいは余の想像を遥かに超えるものだった。
そして何よりも新鮮に感じたのは民との距離の近さだ。
帝都にいる時に城下町には何度か行ったことがあったが、その時には護衛の騎士が周りを固めており城下に居た民達は皆跪いて顔を伏せていたので、こんなに間近で笑い合っている民の顔を見たのは初めての経験だった。
「皆楽しそうにしていますね。」
「まぁ、実際楽しい楽しいお祭りだからな。そんで、今からアレクもその和の中に入って笑顔になるんだよ。手始めにあの出店に行ってみようぜ。」
「待て待て、あの出店は簡単なゲームをして景品を獲得する店だろ?序盤に景品なんて持っちまったら荷物になっちまう。ここは手始めにそっちの出店で軽く食べられるお菓子で小腹を満たしてだな…」
「バッカオメェ…景品は早い者勝ちなんだよ。荷物になるってのもお前が持っとけばいい話だろ。」
「何で私が持ち歩く必要があるのだ。お前が持てばいいだろう。それと、こんな出店で出されている景品にたいした物は無いだろうから急ぐ必要も無い。」
「それを言うならこんな出店の菓子だってたいしたこと無いだろ。」
祭りは始まったばかりだが、さっそく案内役の二人の意見が割れてしまった。
だが、喧嘩しているというよりはじゃれ合っているという印象を受けた。
「二人は随分と仲が良いですね。」
「ん?あぁ、俺達は傭兵の国に居た時からよくつるんでたからな。」
「いわゆる腐れ縁ってやつだな。それでコイツは昔っから後先考えない無茶をやらかすヤツで、私がよくその尻拭いで奔放させられたものです。」
「はぁ?何一人だけいい子ちゃんぶってんだ?後先考えないのはオマエも大概だっただろうがよ。あと、尻拭いって言ってっけどそのやり方が雑過ぎて余計に拗れたこともあったし。例えば、傭兵の国に居た時に…」
「待て、その話は辞めよう。お互いにダメージがデカ過ぎる。そんなことよりも今はアレクに祭りを案内する方が先決だ。」
「……確かにそうだな。このままじゃ埒が明かないし、ここはアレクにどっちの出店が良いか決めてもらおうぜ。」
「そうだな。それでアレク、どっちにする?お菓子で軽く小腹を満たす方がいいよな?」
「簡単なゲームをして軽く身体を動かす方がいいよな?今なら景品も選び放題だぞ。」
一転して二人は息の合った連携でズイズイと余に迫って来る。
「えぇっと…それじゃあ、今はあまりお腹が空いていないので先にエルク兄ちゃんのオススメの屋台に行こうかな。」
余の返答でエルク副隊長が勝ち誇ったような表情でペルシュ隊長の方に目を向けた。
「そのクソみてぇなドヤ顔をやめろ。」
「まぁまぁ、軽く身体を動かしたら小腹もすくでしょうからペルシュ兄ちゃんのオススメの屋台はその後に行きましょう。」
あわや一触即発の雰囲気となったので慌ててフォローに入るはめになった。
エルク副隊長が選んだ屋台は玩具のような弓で矢じりが無い矢を三本飛ばして的に当て、その当てた的の得点によって選べる景品のランクが上がっていくというルールの屋台のようだった。
「おっちゃん、三人分だ。」
「はいよ。」
エルク副隊長が代表して屋台の店主に話しかけ、余達の手元に粗末な作りの弓と三本の矢が配られる。
その配られた弓を手にして改めて実感したが、この弓は本当に粗末な作りになっているようだ。
余は本物の弓を引いたことは無いが、それでも騎士団が訓練しているところを見学した時に本物の弓という物を見たことはある。
それに比べるとこの弓は軸が歪んでいるし弦の張りも緩い。
打ち出す矢の方も羽根が付いていないし、太さも均等になっていなければそもそも真っ直ぐな形状ですらない。
これでは狙いを定めたところでその通りに飛びはしないだろう。
「アレク、弓の撃ち方って知ってるか?」
「撃ったことがないので知りません。」
「俺自身が口で説明されるよりも見せて覚えるタイプだったから、上手く説明できる自身がない。今から実際にやってみせるから見て覚えてくれ。」
全くの素人相手には中々酷なことを平然と言い放ってエルク副隊長が弓を構える。
的に対して正面で構えた姿勢で放たれた矢は、案の定真っ直ぐには飛ばずに歪んだ軌道で的の端に当たった。
その結果を見てエルク副隊長は狙いを修正し二射目放った。
今度の矢は的の中心にグッと近い場所へと当たる。
間を置かずそこから更に狙いを修正し最後の矢を放つと、その矢はとうとう的の中心に当たった。
「ま、ざっとこんな感じだな。どうだ?わかったか?」
「えぇっと…なんとなく雰囲気のようなものは掴めた気がします。」
「はぁ…オマエその教え方ははっきり言ってセンスがねぇよ。自分が見て覚えたからといって、他人も同じように見せればわかってくれるってスタンスなのはオマエの悪い癖だそ。」
余の返答にエルク副隊長はうんうんと満足げに頷いていたが、ペルシュ隊長が横から声をあげた。
「アレク、今度は私が教えよう。弓を構える基本は目標に対して半身になり背筋を伸ばして腰を落とすこと。上半身が安定すれば狙いを定めている時のブレを小さくできる。あと、この弓は質が良くないので真っ直ぐ飛ぶことはないので普通に撃っても的には当てられない。だから、さっきエルクがやっていたみたいに実際に撃ってみて弓の癖を把握してつど調整していく必要がある。」
ペルシュ隊長は解説しながら弓を構えて矢を引き絞る。
そして放たれた矢は、やっぱり真っ直ぐには飛ばなかったが的の縁ギリギリの所には当たった。
「ふむ、この弓は弦が緩いししなりも癖が強いな。上半分の方がしなりが強いみたいだ。だから今度はそれをふまえて…」
一矢目を放ったことでわかった情報を整理しながら二矢目を構えて放つ。
今度の矢は的の中心にかなり近い所に当たった。
「今のは矢の方の癖に引っ張られて、予想してた軌道からズレたな。」
ポツリと呟き最後の矢を構えるが、何を思ったのか途中で構えを解いてしゃがんだ状態になって改めて弓を構えた。
なぜそんなことをし始めたのか一瞬疑問に思ったが、直ぐにその構えている高さが余が弓を構えた時の高さに近いことに気が付いた。
ペルシュ隊長はこの後に挑戦することになる余の為に、あえて余が弓を構えた時の高さに近い状態で最後の一矢を撃ってくたのだ。
ペルシュ隊長の最後の矢を土壇場で姿勢を変えたこともあって的の真ん中には当たらなかったが、二矢目に放った矢と同じ得点の辺りには入っていた。
「こんなものかな。それじゃアレク、外したところで何の問題も無いから気楽にやってみるといい。」
ペルシュ隊長の挑戦が終わりとうとう余の番がやってきた。
ペルシュ隊長の言う通りこれはただの遊びで外したところで何の問題も無いのだが、二人に教わったのでせっかくなら高得点を取りたいところだ。
前に進み出て余も弓を構える。
二人は最初の一矢をとりあえず的に対して正面に構えて弓の癖を把握するための布石にしていたが、余は二人が挑戦している内に受け取った弓を触って感触を入念に確かめていたので、いきなり弓の癖を考慮した狙いで正面からずらした狙いで矢を構えることにする。
狙いを定めながら自分が放った矢がどう飛ぶかイメージする。
そしてイメージが完全に固まったところで矢を放つ。
そうして放った矢は的の中心にかなり近い所に当たった。
最初の一矢の結果としてはまずまずだが、余が想定していたイメージとは僅かにずれていた。
手ごたえはあったので、今の感覚が薄れない内に二矢目を構える。
構えなが再び軌道をイメージすると今度のイメージは一矢目よりも鮮明にイメージできた。
今度は真ん中に当たる。
なぜかはわからないが不思議とそんな確信があった。
そして放たれた矢はその確信を証明するようにド真ん中に命中した。
そこから続けて放った三矢目に至ってははとんど狙いを調整することもなく感覚だけで放ったが、既にイメージが頭の中で完成させてたので当たり前のようにド真ん中に当った。
「おおっ!凄いじゃないか!」
「これも血筋ってヤツだな。思えばハル坊のヤツも普段は弓とか使わなかったクセして弓を持たせたら普通にほとんど百発百中だったし。」
二人が絶賛してくる中、余自身も初めての経験であったが悪くない得点を出すことができたので余としても十分楽しめて満足だった。
「お見事だ、坊主。この中から好きな景品を持っていけ。」
店主のおじさんが色々な景品が入っている箱を取り出して余の前に置く。
正直な話たいした物は無いので何でもいいのだが、あまりに粗末な物だと次期皇帝が持つ物として相応しく無いと言われかねない。
景品を見繕っていると、ちょっとした物を入れられる首飾り、いわゆるペンダントが目に付いた。
作りはしっかりしているようだし、これなら中に入れる物次第ではあるが余が普段使いしていても違和感はないかもしれない。
「これにします。」
「そうか、なら持っていけ。…そっちの二人もだ。この中から適当に選んでくれ。」
店主は余が選んでいた箱とは別の箱を取り出し二人に景品を選ばせる。
ちなみに二人は、安っぽいガラス玉がはめられている剣に龍が巻きついたデザインのチャームのような飾り物を選んでいた。
その後、今度はペルシュ隊長がオススメしていたお菓子を買って食べ歩きしなが祭りの喧騒の中を散策する。
ペルシュ隊長のオススメのお菓子も、普段城でオヤツとして出てくるお菓子に比べれはクオリティが低いはずなのに、何故か妙に美味しく感じた。
そうこうしていると屋台が出ている通りの端で怪しげな薬を並べてる店があるのに気がついた。
もしやと思い店主の顔を確認する。
昨日合った時とは別人の顔になっていたが、その人は案の定姉上だった。
昨日のこともあるので今日は見なかったことにしてスルーしようとしたが、今回は向こうから話しかけてくる。
「いらっしゃい。何か買っていっておくれ。」
その声には何故か有無を言わせない圧が含まれていた。
圧に押されチラッと売っている薬の値段に目をやると、昨日見た時よりも薬の値段が1.5倍ぐらいに上がってるようだった。
…数時間ぶりに再会した姉上は何故かぼったくり商売をしていた。
なんか段々とカゲツがネタキャラ化しつつある気が…
ミステリアス系のキャラだったはずなのになぜ…
ちなみに、エルクとペルシュが景品で選んだのは全国のお土産屋さんで高確率で置いてあるアレです。




