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傭兵の国群像記  作者: 根の谷行
アレク編
91/104

南方領への旅路ー3

 突然声が変わったが、その声は余の記憶にある姉上の声と同じものになっていた。


「なんだ。やっぱり姉上ではないですか。」

「えっ…えぇ?この声はカゲツ様の…あれ?でも姿が全然ちが…ええっ?」


 突然の事態にリュティスが目を白黒させていると、姉上がグッと身を乗り出しリュティスに近づく。

 そしてフッと息を吹きかけると途端にリュティスの目がトロンとした虚ろなものに変わった。


「あなたはここであたしになんて会っていない。そうよね?」

「…はい。…カゲツ様にはお会いしていません。」

「ふぅ…一旦これでいいか。」


 どうやら姉上は少し会わなかった間に妙な特技を色々と身に着けていたようだ。


「リュティスに何をしたのですか?」

「ちょっと状況認識が曖昧になる息を吹き込んだだけよ。数分もすれば正気に戻るし依存性とかは無いから安心していいわ。」

「余にも同じことをしなくてよいのですか?先ほどの態度からして、今余に見つかるのは不都合なことなんでしょう?」

「アンタには効かないから意味ないわ。…にしても、色々と変えてるのにやっぱり身内には簡単に見破られるわね。改良しようにも根本的なところが問題だから改良のしようがないし…」


 姉上はなにやらブツブツと一人で呟き始めた。

 どうやら余に姉上の変装?があっさり見破ってしまったのが悔しいようだ。

 見破っておいてなんだが、改めて見ても余の知る姉上の外見とは懸け離れている。

 どうやって見破ったかと問われても見たらわかったとしか言いようがないのだが、この直感めいた感覚がなければ見破ることはできなかった、と断言できる程姉上の変身?は完璧だった。


「ところでさっきの話に戻りますが、姉上はここで何をやっているのですか?」

「何をって…見ての通り薬を売ってるのよ。アンタは自分で食い扶持を稼いだことなんてないでしょうけど、生活していくのにはお金って大事なんだから。」

「お金が大事という話ならわかります。余も経済学を学んでいますからね。それはそれとして、姉上はつまり帝国の第一皇女としての立場を捨てて薬売りとして生計を立ててる生活をしているということですか?」

「…まぁ…そうね。客間的に見ればそういえなくはない生活をしているのはたしかかもしれないわ。」

「ふむ…たぶんそのうち帰ると書き置きをして出て行ったと記憶しているのですが、一向に戻ってくることなく姉上はこうして薬売りとして生活をしている。つまりこのまま薬売りとして市政で生きて行くおつもりということでしょうか?」

「あ〜〜〜もう!うっさいわね!あたしにも段取りってものがあるのよ!その内にはちゃんと帰るから今は黙ってなさい!」

「わかりました。ですがせっかく近くにいることですし、せめて母上には会っていかれた方がいいのでは?」

「…たしかにそうね。場所はカムスの皇族専用区画辺りよね。じゃあ今夜会いに行くって伝えといて。もちろんあたしが行くことを伝えるのは母様だげにしときなさいよ。」

「このまま余と一緒に戻った方が話が早いと思うのですが?もしや顔を変え過ぎて元の顔に戻らなくなってしまったから正規ルートでは戻れないとかですか?」

「顔?こんなのは直ぐに戻せるしどうとでもなるわ。そういうことじゃなくて、あたしはまだ戻る気はないからこっそりと会いに行くって言ってんの。それぐらい察しなさいよ。」

「…姉上はよく察しろとおっしゃいますが、言葉というのは円滑なコミュニケーションを取る手段であり、相手に伝わっているかどうかわからない情報はしっかりと言葉にして伝えることで相互理解を…」

「あ〜〜〜もう!うっさいわね!長々と話し込んでたら周りで待機してる騎士団の連中に不審がられるでしょうが!話なら夜に会いに行くからその時でいいでしょ。さっさとここから離れなさい。」


 話をしている最中に姉上の声がさっきの薬売りの時の声に戻っていき、口を閉ざした後はツンとそっぽを向いてしまった。

 どうやらこの場ではこれ以上話をする気はないようだ。

 しかたがないので余もこの場を離れることにする。

 それにしても姉上がこの時期に南方領近くに来ていたのは、余が二日前の朝から感じている感覚に近しい何かを姉上も感じ取っているからなのかもしれない。

 なんとなくそう思ったが、詳しいことは本人に聞いてみないとわからないことであろう。

 そんなふうなことを考えながら歩き夕食前のさんぽは終わった。






 さんぽから戻り夕食が終わった後、余は姉上からの伝言を伝えるべく母上の部屋に来ていた。


「失礼します母上。少々話しておきたいことがあります。」

「あら、どうかしたのアレクちゃん。」


 突然の訪問となったが母上はいつものように笑顔で余を部屋に招き入れてくれた。


「皆のもの、すまないが母上と内密な話がしたい。外してもらえるか?」

「かしこまりました。」


 余が一声かけると部屋で待機してい使用人達が一斉に退出して余と母上は二人っきりになる。


「あらあら、アレクちゃんが内緒話なんて珍しくわね。」

「はい、母上には喜ばしい話だと思います。」

「そうなの?どんなお話が聞けるのかワクワクするわ。」

「つい先程、この街の市場をさんぽしていた時に姉上と会いました。」

「まぁまぁ、カゲちゃんが…元気にしていた?ちゃんと御飯とか食べてそうだった?」

「元気なようでしたよ。食事事情ついてはわかりませんが、少なくとも変に痩せているようには見えませんでした。今晩、母上にこっそりと会いに行くとおっしゃっていましたので、詳しく話は本人から聞く方がいいと思います。」

「えぇ!カゲちゃんが今晩ここへ?どうしましょう?えぇっと…えぇっと、そうだ!わたくし今からちょっとあの子が昔から好きだったお菓子を焼いてくるわ!」


 そう言うと母上は部屋を飛び出してしまった。

 母上は皇帝代理としての職務の傍ら、たまに台所に立ってお菓子を作ってくれることがあった。

 今にして思えばお菓子造りも傭兵の国にいた頃に子供の世話をして暮らしていたという話だがらその時に身に着けた技術だったのだろう。

 ちなみに余も母上が作ってくれるお菓子は大好物なのだが、以前母上に母上が作ってくれるお菓子が大好きだと伝えたところ、それを喜んだ母上が毎日お菓子を作るようになってしまい政務が若干滞る事態となった過去がある。

 それ以降はお菓子作りを程々にして欲しいと家臣一同から嘆願され自重するようになったのである。

 母上の性格上、姉上だけにお菓子を渡すということは無いはずなので久しぶりに余も母上のお菓子を食べられるということになるだろう。

 こうしてちょとした楽しみが増えたので、余は上機嫌で姉上の訪問を待つことになった。




 夜になり静寂の中で姉上の訪問を待つ。

 時刻はまだ宵の口といったところだが、余は普段あまり夜更かしをしないのでこの時間帯になると若干眠くなってきているので、姉上にはもったいぶらずにさっさと来てもらいたいところだ。

 まぁ最悪の場合、明日の馬車での移動中に寝ることもできるので多少の夜更かしをかても問題無い。

 ちなみに余は今夜も昨晩に引き続き母上の部屋で一緒に寝ることになっている。

 これはどうせ会いに来るなら一つの部屋にまとまって居た方が姉上もやりやすいだろうという配慮と、せっかくなので親子三人で再会したいという母上のたっての希望があったためだ。

 やることもないのでベットで横になりながら眠気と闘っていると、突然ノックの音が部屋に響いた。


「失礼いたします。御夜食をお持ちしました。」


 何故か突然夜食が届いた。

 だが余も母上も夜食など頼んでいなかったはずだ。

 誰も頼んでいないのに夜食が届く。

 通常なら明らかにあやしいので部屋に入れない方がいいのだろうが、今晩は姉上が来ることになっているので例外だ。


「入室を許可します。」


 母上がそう応対するとワゴンを押して一人のメイドが入室してくる。

 城で働いているのを見たことがあるメイドと瓜二つの顔をしているが、見た瞬間それが姉上であることが何故かわかった。


「母上、この方は…」


 このメイドが姉上の変装であると母上に教えようと口を開いたが、それより速く母上が姉上を抱きしめていた。


「カゲちゃん!久しぶりじゃない!少し見ない内に大きくなったわね。」

「ええ!ちょ…なんでお母様まで簡単に見破れるのよ!」

「可愛い我が子がわからないわけないでしょ。……あら?カゲちゃん貴女、何だがお顔がずいぶんと変わったのね…成長期だしそういうこともあるのかしら?」

「そんな訳ないでしょ!ここに忍び込むのに便利だからちょっと変えてたのよ!」


 母上も姉上の変装をあっさりと見破っていたようだ。

 母上の発言からしてもはや顔すら確認せずに姉上であることを確信していたようだが、余と同じようになにか直感めいたものが働いた結果なのかもしれない。

 姉上は一旦抱きしめてくる母上を引き剥がすと、自らの顔を両手で覆い隠すと顔を洗うような動作で二三度手を動かす。

 そして手を離したあとに顔を上げると、信じられないことに姉上の顔が余のよく知る母上そっくりな顔に戻っていた。


「あら…さっきのはお化粧してたのね。」

「…化粧もしてたけど、それだけであんなには変わらないわよ。」

「ふむ…では姉上はさっきの顔にどうやって変装していたのですか?」

「なに?興味あるのアンタ?まぁ、簡単に言うと意図的に顔をむくませたりコケさせたりして輪郭を変えて、その上で身体の表面に薄っすらとした闘氣の力場を作って、光の反射をいじって色とか変えたり細部をボヤけさせたりしてたのよ。ちなみに、声を変えてたのも喉の辺りに作った闘氣の力場で音の反響のしかたをいじって変えてたわ。」

「…しばらく会わない内にずいぶんと妙な特技を身に着けたようですね。」

「旅に出て練度が上がったのは確かだけど、簡単な変装なら旅に出る前からできたわよ。実際、城を抜け出した時も今みたいに変装して堂々と正面から出て行ったしね。」


 姉上が突如として姿を消した時は大捜索が行われ城内の隠し通路などを徹底的に調べ上げ、逃走経路を特定しようと躍起になっていたが結局痕跡すら見つからなかったという話だ。

 だが姉上が今のように変装して正面から出て行ったなら何の痕跡も見つからないのも当然だったのであろう。


「ところでカゲちゃん、カゲちゃんはいつ頃帰ってくるつもりなの?」

「あ〜〜…そうね、旅の目的はほとんど達成したからあと少ししたら戻るつもりよ。そうね…遅くてもあと一年以内ってところかしら。」

「ほう、姉上の旅にはちゃんと目的があったのですね。てっきり帝国に来る前の傭兵の国時代の習慣が抜けなくて放浪癖を拗らせたのが原因だと思っていました。」


 余は産まれも育ちも帝国領なので傭兵の国の一員として過ごしていた時期が一秒としてない。

 だが、姉上と兄上は母上が傭兵の国へ亡命していた時に産まれているので幼少期は傭兵の国で過ごしていたらしい。


「アンタねぇ…あたしを何だと思ってるのよ?」

「もちろん余の偉大な姉上だと思っていますよ。」


 この言葉も本心ではある。

 ただ、それと同時に姉上は外の世界を自由に飛び回っていた時の感覚が抜けない野生児みたいなものである、とも思っているのだがそのことは口にはしないでおく。


「まあいいわ。そんのことよりも、母様達がここに居るってことは南方領に向かってるってことよね?」

「ええ、そうよ。旦那様から子供達と一緒に近い内にこっちに行くって連絡があったの。」

「父様から…そう。ちなみにだけど、あたしも南方領の方に用事があるのよね。」

「あら、そうだったの?それなら一緒に…」

「ストップ。お母様には悪いけど、一緒に行く気は無いわ。というか、一緒に行く気だったら最初っからここにも忍び込まずに正面から来てるわよ。」

「そうなの?残念だわ。あっ!そうだったわ。カゲちゃんが来るって聞いて、カゲちゃんの好きなお菓子を焼いておいたの。」

「えっ…ちょ…お菓子は嬉しいけど、そんな普段しないような行動をこんなタイミングでしたら何かあるって勘ぐられるんじゃ…」

「失礼致します。アニエス様、先程厨房の者からアニエス様がお菓子を作るために厨房を使っていたと聞いたのですが、何か特別なことでもあったのでしょうか?」


 噂をすれば影というやつで、ちょうど話題に出した途端に母上の行動を不審に思ったワースが確認に来た。


「やっば!今日のところはここらへんで退散するわ。」

「ええ〜カゲちゃんもう行っちゃうの?」

「そんなに残念がらなくても、たぶん近い内にまた会うことになると思うわ。お菓子ありがとうね。」


 姉上はそう言い残すとバルコニーから外に出ようとする。


「ムムッ!この御声はもしやカゲツ様!?皆の者!であえ!であえ!カゲツ様がお戻りになったぞ!絶対に逃がすな!」


 だが、一瞬早く姉上の声を聞きつけたワースが声を上げたことで、なにやら面白そうな展開になってきた。

 投網やら刺又やらを手にした使用人たちがワラワラと現れ昨日に引き続き大捕物が始まったようだ。


「ちょ!あたしは仮にも姫なのよ?この扱いは流石にオカシイでしょがー!?」


 夜の空に姉上の渾身のツッコミが響く中、眠くなってきた余は姉上の無事を祈りながら床についたのだった。

ちなみにカゲツが皇族専用区画に侵入する際に、侵入を察知したエルクと鉢合わせすることになったが、即座に正体を明かし見て見ぬふりをしてもらったという裏話があったりします。

エルクお兄ちゃんは妹の頼みには弱かった。

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