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傭兵の国群像記  作者: 根の谷行
クラット編
9/72

八日目ー1

 激しい揺れを感じて目を覚ます。

 目を開けると泉をバックにしたジルパの後頭部が見えた。

 僕が起きたことに気がついたジルパはその場しゃがみ[降りろ]と訴えかけてきた。ベルトを外して地面に降り立つとジルパは泉の水を飲み始めた。どうやらジルパに起こされたらしい。

 あれからどれ程時間がたったかわからない。さらに言うとここが何処なのかもわからない。

 状況としては太陽の位置からしておそらくまだ午前中であり、ジルパに焦った様子はない為ある程度安全圏内へ離脱できたのだろうことはうかがえた。

 水を飲んでいるジルパを見ていると自分も喉の渇きを覚えたので僕も隣で水を飲むことにする。

 一息ついてジルパの方を見ると水を飲みながら[疲れたから少し休む。今度はお前が見張りをしろ]とでも言いたげな眼を向けてくる。ジルパはここまで頑張ってくれたのだから次は僕の番だろう。


「わかったよ。」


 了承し近くの木の根に腰を下ろす。一息ついたことで体が痛みが再び主張して来た。

 そういえばクランさんに『獣氣』のことを聞いたときに使い方次第で治癒能力を向上させることもできると聞いていたので、覚えたての『獣氣』を左足の怪我を中心に巡らせてみる。少し痛みが和らいだ感じがするのでそれなりに効果がありそうだ。

 水を飲み終えたジルパがその様子を見て[いい物があるぞ。鞍の辺りを探れ。]と語りかけてくる。

 鞍の周辺を調べると小さな鞄が吊るされていた。中を探ると携帯食料と高級そうな小箱が出てきた。


「食料と…小箱か中身は…薬かな?」


 小箱の中には薬草の臭いがするクリームのような物が入っており、ジルパが[良く効く塗薬で高級品らしいそ]と伝えてきた。


「食料と薬か…今の状況だと助かるけど貴族の持ち物だからなぁ…。」


 使用をためらっているとジルパが[俺と一緒にいる時点で今更だろ?使っちまえよ。]と提案してくる。


「そうだな。背に腹は代えられないか。」


 結局ありがたく使わせてもらうことにした。実際、足の怪我に関しては早期の治療が必要だっただろうから他に選択肢は無い。携帯食料もありがたく頂戴すると携帯食料のくせに普段僕が食べている食料より美味しかった。

(貴族って携帯食料ですらこんな美味い物がたべてるのか。なんか理不尽だな……)

 そんなことを考えているとジルパが[あいつはそれまずいって文句言ってたぞ]と返してきた。

 ……………そろそろ現実と向き合うべきだろう。

(僕はさっきからなんで当たり前みたいにジルパとこんなに意思疎通出来ている?)

 少なくとも寝る前はこうではなかった。ある意味一緒に死線をくぐった仲ではあるが、一晩背中で寝ただけでこんなに絆が芽生えるものだろうか?

 それにジルパは僕の考えも正確に読みっている気がする。ジルパが頭が良いというだけでは説明がつかない。

 本当に正確な意思疎通できるのか試してみることにする。

(ジルパちょっと尻尾を振ってみてくれない?)

 心の中でそうジルパにお願いしてみる。これで尻尾を振ってくれたのなら心が通じ合っていると考えて間違いないだろう。

 これに対しジルパは[怠いからヤダ]と返してきた。

 ……………この結果はどうなんだ?実はさっきからの出来事は僕のジルパと通じ合った気になっただけの妄想なのだろうか?

 真偽を正そうと再度ジルパに語りかけてるも返答が無い。ジルパの方を見るとジルパは眠りについていた。

 こうして僕はスッキリしない感じでジルパが目覚めるのを待つこととなった。




 ジルパが目を覚ました後、二人で今後どうするか話し合う。正確には僕が話し合った気になっているだけかもしれないがこの際真偽は一旦置いておくことにする。最終的に今より身の安全を確保できればいいのだから。


「最初に聞いてみるけどジルパには安全な場所のあてがある?」


 この問いにジルパは[無い。ついでにこの場所が何処なのかも、いつまで安全なのかもかわからない。]と返した。

 さすがのジルパも一度も来たことがない森の中で現在地を把握するのは難しいようだ。


「僕の村まで戻れればそこから村のみんなが避難している洞窟の場所に行けるんだけど……」


 やはり現状ではクランさんと行動を共にするのが一番安全な気がする。しかし、肝心の現在地がわからないのでは村の位置も避難先の洞窟の位置もわからない。

 闇雲に動いても危険だろうが、かといってこの場にとどまっていてもここがずっと安全とは限らない。

 今後の方針を決めかねていると真横からいきなり声をかけられた。


「ライカが案内してやろうか?」


 腰を抜かしそうになりながら隣を見ると、少女というよりは童女といった方が近い年頃に視える女の子がニコニコしながらそこにいた。


「なっ、えっ?」


 あまりの急展開に頭が働かない。ジルパも話しかけられるまでこの女の子の存在に気がつかなかったようで完全に固まっている。


「おまえ面白そうだな。興味があるからライカはおまえのこと少しだけ助けてやるぞ。」


 こちらの混乱を気にも留めず女の子は一方的にそう告げた。


「えっと…君は?」

「ん?ライカの名前はライカだぞ。」


 女の子はライカという名前らしい。なんだかマイペースな感じのする子だ。突然の登場すぎて戸惑いからいまだに立ち直り切れていないが質問を続けながらライカと名のる女の子の事を観察する。

 顔だちは整っており成長したら少なくともテイルより美人になることは間違いないだろう。

 灰色の髪を頭の後ろで二つのお団子にしてまとめており、明らかにサイズが合っていない色鮮やかな異国の外套のようなものを着ている。

 その外套の鮮やかさに一瞬目を奪われたが、あらためて女の子の顔を見ると二本の角が生えいることに気がついた。前髪からチョコンと突き出している二本の角は明らかに普通の人間には無いものだ。

(この子は…ひょっとしたら亜人種ってやつなのかもしれない。)

 僕の村には居なかったが世界には亜人種と言われる人とは異なる特徴を持つ人類がいるとどこかで聞いたことがある。

 その他にも色々と目を引く部分は多いが最も気になったのは外套の袖口からチラリと覗く異形の右腕だ。

 幾重にも鎖が巻き付きいており、その鎖から突き出るように三本のナイフのように鋭い爪が伸びている。それに対して左腕は普通の女の子の腕なので違和感がすごいことになっている。


「えっと…ライカちゃんはどうしてこんなところに居るの?」

「ライカはこの先の方にちょっと用事があるんだぞ。でもそこに行く途中で面白そうなやつがいたからちょっと顔を見に来た。」


 なにやらこちらに興味を持って接触してきたらしい。ここにいるのは僕とジルパだけなので二人の内一人がこの女の子に興味を持たれたことになる。僕のような一般人が興味を持たれるのは経験上あまりないのでこの場合、興味を持ったのはジルパの方だろう。


「ライカちゃんが興味を持ったのはこっちの馬、ジルパのことだよね。」

「おぉ、そいつはジルパって名前なのか。ジルパはなんか不思議な感じがするな。魔獣に近いのに魔獣ぽくない。ライカは趣味で魔獣を仲間にして回ってるからジルパには興味津々だぞ。」


 少しだけ話が見えてきた。僕もつい最近、魔獣という存在に遭遇している。方法はわからないが魔獣を仲間にして回っているとうことはこの子の目的は先日遭遇したあの狼の魔獣だろう。

 あの狼の魔獣の元へ向かう途中でジルパを発見し様子を見に来たという経緯なのだろう。


「僕たちを村まで案内してくれるって言ってたけどライカちゃんはここが何処のなのかわかるの?」

「ライカの群れの仲間には飛べるやつがいるから空から探せば村ぐらいすぐに見つけられるぞ。」


 そう言って口笛を吹くと急に影が差した。何事かと空を見上げると巨大な鳥の魔獣がこちらに降りてこようとしていた。


「ごめんフルルバーヤここ狭いから降りて来なくていいぞ。」


 巨大な鳥の魔獣はライカちゃんの声を聞き一瞬寂しそうな眼をして何処かに飛び去った。


「で?ライカと一緒に来るのか?来ないなら早くにここを離れた方がいいぞ。もう少ししたらライカのあにさまの誰かが〈城〉に踏み込むだろうからこの辺も危なくなるかもだぞ。」


 今サラリと重要な情報が出た気がする。もっと色々と聞きたいことがあるのだがライカちゃんはそろそろ質疑応答に飽きてきた雰囲気を醸し出してきている。

 ジルパの意見はどうだろうと聞いてみると[もうダメだぁ。このおの御方の御意思に従う他ない。」と帰ってきた。獣の感覚でライカちゃんがなにかとんでもない存在であることを感じ取っているようだ。

 確かに話しかけられるまでその存在に気がつかなかった事や、ついさっき見た口笛一つで飛んでくる巨大鳥の魔獣。ライカちゃんがただ物では無いことは間違いない。

 戦場での生存率を上げる一番の方法は安全圏内にいること。この場合の安全圏内は未知数ではあるがおそらくただ者ではないライカちゃんの傍だろう。


「僕達もライカちゃんと一緒に行くことにするよ。」

「そっか。それじゃライカに付いて来い。」


 こうして僕達は突然の来訪者、ライカちゃんと行動を共にすることになった。




 ライカちゃんと行動を共にするにあたり想定外だった事が二つあった。

 一つはライカちゃんの用事を先に済ませる事になったこと。つまり今、僕達は魔獣のところに向かっている。

 二つ目はライカちゃんがジルパに乗ってみたいと言い出したこと。僕は足を怪我しておりジルパに乗らないと移動出来ないとやんわり断ろうとしたのだが、代わりにコイツに乗ればいいと呼び出した眼光がやたらと鋭い虎の魔獣(名前をイルグガイガーというらしい)に乗って移動する事になった。

 なので現在僕はイルグガイガーさんの背中に必死にしがみついて移動中である。

 移動中にまだまだ謎だらけのライカちゃんについての情報を得ようと思っていたがすっかりそれどころではなくなってしまった。

 ジルパの方も[なんか粗相があれば終わる。胃が痛い。]と感じているらしく余裕はなさそうだ。

 しばらく森の中を移動すると先頭のライカちゃんとジルパが足を止めた。

 なにやらこの先で戦闘音が聞こえる。ライカちゃんはジルパから降りると軽く体を伸ばす動きをしながら口を開く。


「それじゃライカは行ってくるから、お前たちは後から来い。」


 そう言い残すと戦闘音がする方へさっさと行ってしまう。せめて心の準備をする時間ぐらいは欲しかったが、しがみついていたイルグガイガーさんがその後を躊躇無く追いかけたので僕も戦闘音がする戦場へ強制連行される形となった。




 戦場ではあの狼の魔獣とシキシマさんが睨み合っていた。

 そのど真ん中ち無造作に入り込むライカちゃん。突然の闖入者にすかさず攻撃を仕掛ける狼の魔獣だがライカちゃんは異形の右腕で視線すら向けずに軽くあしらってしまう。


「すまん。面倒をかけたみたいだな。えぇっとお前は確か……ハルトにぃのところにいた……」

「シキシマと申します。ライカ様。」

「おぉ!そんな名前だったな。改めて礼を言うぞ。」

「いえ、本隊への報告書に魔獣の存在有りと記したのは私ですので、魔獣の足止めも私の役割かと思います。」

「まぁ、助かったのは事実だ。ライカはお前に少し借りができたな。どうやって返して欲しいか考えておけ。」

「もったいない御言葉です。」


 呑気にやりとりをしているがこの間も魔獣はライカちゃんを攻撃し続けている。しかし、初撃と同様にライカちゃんはずっと軽くあしらい続けていた。

 シキシマさんとライカちゃんの会話が途切れたので状況を知るために今度は僕から話しかける。


「シキシマさん。」


 僕に気づくとシキシマさんは少し意外そうな顔をした。 


「おや、クラット君。なぜライカ様と一緒にいるんだい?」

「色々ありまして。」


 そう返すしかない程村を出てから色々あった。


「まあ、詳しい話は後でいいか。ライカ様がそろそろ動きそうだ。」


 シキシマさんは僕がなぜここにいるのかよりもライカちゃんの戦闘の方に興味があるようだ。

 ライカちゃんの方を見るといつの間にか魔獣の攻撃を最小限の動き、まるで攻撃がライカちゃんの体すり抜けいるように見える程の体捌きで回避するようになっていた。


「シキシマさん。ライカちゃんって一体何者なんですか?」

「……ライカ様をちゃん付けで呼んでいるのか、君は。まあ、ライカ様はなめた呼び方をしないならある程度寛容だからな。……あの方は我々傭兵の国の総大将様のご息女であらせられる方だ。」

「えっ?………それってつまり傭兵の国のお姫様ってことですか。」

「そうだね。」


 ただ者ではないとは思っていたがまさか傭兵の国のお姫様だったとは……。ライカちゃん…いや、ライカ様は気にしていないようだったが今まで普通にちゃん付けで呼んでしまっていた。

 後で謝っておいた方がいいだろうか?そんなふうに考えていると一瞬にして戦いが終結した。


「うん。大体わかったぞ。」


 ライカ様が一言そうつぶやくと攻撃を回避した流れで魔獣の額をチョンと突いた。たったそれだけで魔獣は倒れて大人しくなった。


「シキシマさん、今ライカ様は何をしたんですか?」

「おそらく攻撃をさばきながら魔獣を支配している魔力の流れを読み取って魔石の正確な位置を割り出したんでしょう。その後、魔獣の体に極力負担がかからない最低限の威力の攻撃で魔石のみを破壊したっといったところか。」

「はぁ…なんか凄そうですね。」

「凄いなんてものじゃない。もはや神業だよ。魔獣を殺さずに魔王の支配から解き放つなんてことは普通狙って出来ることじゃない。魔石は下手に破壊すると破壊される時に脳に致命的な障害を残す魔力の波をまき散らすことがありますから。」


 どうやら想像以上に凄い技術だったようだ。そんなことを軽くやってのけるあたりやはりライカ様は底が知れない女の子のようだ。


「ん、これでこいつも大丈夫そうだな。ライカの用事は終わったぞ。」

「ライカ様、お見事でした。流石の技量に感服致しました。」

「まあ、ライカは強いからな。」


 一仕事終えて魔獣の状態を確認した後、こちらに合流したライカ様はシキシマさんに褒められてドヤ顔をしている。

 ちょっとホッコリする光景だったが不意にライカ様がドヤ顔を辞めて一方の方向に視線を向けた。


「今、あにさまの誰かが魔王の〈城〉に踏み込んだな。」


 小さくつぶやいたその言葉は侵攻の終わりを予感させるものだった。

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