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傭兵の国群像記  作者: 根の谷行
アレク編
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南方領へ

 いつものように使用人達が起こしに来る前に目を覚ますと、今日は何故か不思議な感覚があった。

 この感覚を上手く言語化できないが、それでも無理矢理言語化するなら〝気になる何かが南の方角にあるような気がする〟といった感じだ。

 首を傾げながらも現状ではどうすることもできないので、この感覚を一旦無視していつものモーニングルーティンを始める。

 妙な感覚が気になって集中できないかもしれないと思ったが、意識を切り替えることでこの感覚を一時的に排除することができた。

 なのでいつもの調子で瞑想していると、今日は城内全体にどこか慌ただしい雰囲気があることに気がつく。

 そのことに少し疑問も感じながら瞑想を続け、自分の意識を薄く広く拡散させながら城内の様子を探っていると、こちらに向かって来ている人の気配を感じた。

 足音の特徴からしてそれが執事のワースとメイドのサラサだと思われるが、今日はなぜか足音のテンポがいつもりよりやや早い気がする。

 二人が部屋の扉の前まで来たので瞑想をやめると、すぐに朝起きたときから感じている不思議な感覚が戻ってきた。

 こうして、いつもと同じようで少しだけ違う日常の幕が上がった。




 いつものように使用人達に連れられて食堂に向かう。

 移動の最中に気がついたのだが、今日はなぜか城内の一部の人々が慌ただしく動き回っているようだった。

 食堂の扉をくぐるといつもよりもテンションが高い母上に出迎えられた。


「アレクちゃんおはよう!なんと!今日はとっても嬉しいお知らせがあります!なんだと思う〜?」


 母上のテンションに若干圧倒されながら思考を巡らせる。

 ヒントになりそうなことで思い当たるのはやはり昨日の昼頃に入ってきた通信だろう。

 昨日は城まで来てくれたのにのに昼頃の通信のせいでろくに挨拶もできなかった北方伯への埋め合わせとして、北方伯とその御令嬢を晩餐に招待したこともあり、通信についてろくに聞くことができなかったので誰からの通信で何を話したのかはわかっていない。


 たが余が持っているヒントになりそうな情報はここまでだ。

 流石にこれだけでは〝とっても嬉しいお知らせ〟とやらの正体を推測しようがない。


「母上、何かあるならもったい付けずに教えて下さい。」

「よし、それじゃあ発表しちゃいます。なんと!もう少ししたらアレクちゃんのパパとお兄ちゃんが帝国の近くに来ることになりました〜。」


 嬉しさ伝わってくるような声色でそう告げられた。

 余には実は兄上がいると昔から聞かされていはいた。

 余が最後に兄上に会ったのは余がまだ赤子の時だそうで、余もうっすらとしか顔を覚えていない。

 本来ならば皇帝の地位を継ぐべき立場である兄上がなぜ帝国にいないかというと、兄上は傭兵の国で産まれたこともあって帝国国内での暮らしに慣れることができず、帝位を放棄して父上と一緒に傭兵の国で旅をする暮らしを選んだかららしい。

 ちなみに、余の兄弟は兄上だけでなく姉上がいる。

 姉上とは数年前まで一緒に暮らしていたのだが、ある日突然「ちょっと旅に行ってくる。たぶんそのうち帰る。」と書き置きだけ残してい帝国内から姿を消してしまった。

 一応母上には事前に話を通していたようだが、それ以外の人には何も話さずに書き置きだけ残しての蒸発したので当然ながら大問題となった。

 国中を上げての大捜索となったが見つからず現在も捜索は続いており、重要情報提供者には莫大な謝礼が支払われることになっていたりする。

 たが、今はそんなことよりも父上と兄上が帝国に向かって来ていることの方が大ごとだ。

 なぜならそれは傭兵の国が帝国に向かって来ているということであり、傭兵の国が帝国に向かって来ているということは魔王による侵攻が起こる予兆の可能性があるからだ。


「一大事ではないですか!傭兵の国はどこからか向かって来ているのです!?」

「南方領の方からこちらに向かって来てくるみたいよ。」

「南方領…前南方伯との争いを治めて現南方伯の統治に変わってようやくそれが軌道に乗り始めた時期だとゆうのに…南方伯への注意喚起と斥候の増員についての早馬は出してあるのだろうな!」

「そのあたりの指示は昨日にアニエス様から話を聞いた後に直ちに行いました。」


 母上にではなく控えていた警備兵に対して言った言葉だったが、執事のワースが反応し即座に反応し返答を返してきた。

 伝令が動いているのなら一旦の対応はできているということだ。


「そうか…もし南方領の方で魔物の動きに異変があり、それが緊張を要するものであったならば最悪の場合余や母上の判断を待たずして騎士団が増援として動いてもかまわんと騎士団に通知しておけ。」

「かしこまりました。」


 母上の言う通り傭兵の国の動きを知れることで魔王の侵攻の可能性を事前に知れたのは嬉しいお知らせだ。

 だが、冷静に考えてみると母上の性格からしてこんなことを〝とっても嬉しいお知らせ〟というふうには言わない気がしてきた。


「…母上、もしや父上と兄上に会いに行くおつもりですか?」

「もちろんそうよ。カワイイ我が子達と愛する旦那様が近くに来るのに会いに行かないなんて選択肢はわたくしにはないわ。あ、もちろん結界の外にまで出て会いに行くなんて無茶はしないから安心してね。」

「…わかりました。母上の護衛として兵を派遣すれば、万が一の事態になった場合に南方領への増援として転用も可能でしょうからある意味悪くないかもしれません。」


 これなら傭兵の国の接近が魔王と関係なかった場合でも、母上が傭兵の国と接触するついでに南方領を視察に行ったということにできるで民に無用な混乱をもたらすことも避けられる。


「アレクちゃん、他人事みたいに言ってるけどアレクちゃんも一緒に行くのよ?」

「…母上、余まで行けば城に皇族の者が誰も居ない状態になってしまいます。」

「え?それって何か問題なの?」


 確かに城には常に皇族の者が居なくてはならないとかいう決まりは無い。

 だが常識的に考えて、結界の管理者としての権限を持つ皇族が結界を維持するアーティファクトがある帝都を揃って離れ、しかも行き先が魔王の侵攻が起こるかもしれない場所というのは色々とマズイ気がする。

 だか余のそんな余の考えなど、どこ吹く風で母上の中では余と共に父上と兄上に会いに行くことが決定事項となっているようだった。

 母上は普段はワガママを言うこともなくいつもニコニコとしている人だが、一度こうと決めたらその決定を外的要因で覆すことがほぼない頑固な人でもある。

 そして今回のことについて母上からは何があっても引かないような強い意思を感じた。

 この様子では誰に何を言われようとも決定を覆すことはなさそうだ。

 現にワースを始めたした立場ある家臣たちはどこか諦めた表情をしている。

 おそらく昨日の内に言葉を尽くして説得したがダメだったのだろう。

 確かに危険は危険だが魔王の侵攻にはいくつかの段階があるという話なので、侵攻の兆候が確認された段階で即座に帝都へ避難すれば最悪の事態を避けることはできる。

 そして、余としてはあまり好きな考え方ではないが傭兵の国が近くまで来ているのなら、侵攻が起こったとしてもこちらが時間稼ぎさえできてさえいればその間に傭兵の国の者が魔王を討伐してくれることだろう。

 よって南方領への訪問中に魔王の侵攻が始まったとしても、撤退のタイミングさえ間違えなければ対応は可能だ。

 あとは個人的なことだが、朝から南方に感じている不思議な感覚の正体についても実際に南方領に行くことで何かがわかるかもしれない。


「…わかりました。では出発はいつですか?」

「準備が済み次第すぐかな。」


 更にサラッととんでもないことを言い出した。

 同時に朝から感じていた城内の慌ただしい空気にも納得した。

 皇族が揃って出かけるともなれば護衛として同行することになる兵の数も多くなるので、その準備で城内が慌ただしくなるのも当然だ。


「…具体的にはいつ頃出発できるようになる?」

「今急ピッチで準備を進めております。明日の朝までには準備を完了させる予定で御座います。」


 今度は母上にではなく周囲の状況を把握してそうな使用人に尋ねると、執事のワースが即答で返してくる。

 朝までに準備が終わるのであれば出発は明日の朝食後あたりになるだろう。

 こうして急遽余と母上の南方領への訪問が決まった。






 南方領への訪問が決まったといっても、それに伴って余の方で何か準備する必要があるかといえば全くなく、基本的に必要な物は家臣の皆が全て準備してくれるので余は明日の朝に準備された馬車に乗り込むだけだ。

 それゆえ今日予定されていた授業を全て終えてしまった後は暇になっていた。

 周りの使用人がバタバタと動いている中で特にすることもない余は、最初こそ自室で本などを読んて時間を潰していたがそれにも飽きてしまい城内をぶらつくことにした。

 目的地を特に決めていなかったが、なんとなく忙しそうにしている人を避けて歩いていると普段は人気がない中庭の一角に人の気配があることに気がついた。

 どうせ暇をしていたのでその気配の主に話し相手にでもなってもらおうと思いその場に向かうと、そこには皇族の近衛部隊副隊長を務めるエルクという男が寝転んでいて仕事をサボっている真っ最中だった。


「…誰かと思ったらアレク殿下じゃないですか。こりゃマズイところを見られちまいましたね。」

「皇族近衛部隊の副隊長ともあろう者がこんな場所で油を売っていてもよいのか?」

「いいんですよ。俺みたいな数もまともに数えられないような馬鹿は準備で役に立てることなんて無いんで、せめて邪魔にならないように大人しくしとくのが仕事みたいなもんでなんです。」


 このエルクという男は、まだ二十代半でありなが騎士団の中でもエリートのみが選ばれる皇族近衛騎士団の副隊長にまで実力のみで登りつめた剛の者という話だ。

 口では数も数えられない馬鹿と卑下しているがそんなはずはない。

 つまりこの場で寝転んでいるのは単純にサボりということだろう。

 だがこちらも母上の急なワガママで皆を振り回してしまっている立場なので、そのことを糾弾するような気にはならなかった。


「お主はサボっているようだが、騎士団の皆には母上の急なワガママで色々と急がせてしまい悪かったな。」

「かあ…アニエス様のご命令ならば我々は黙って従うだけですよ。…ちなみにずいぶんと急に南方領への訪問が決まりましたけど何かあったんですか?」

「む?理由を知らされておらんのか?」

「俺が不在の時に通達があったみたいで詳しい理由とかは聞けなかったんですよ。」

「そうであったか。母上に傭兵の国から通信があったのだ。南方領の方に向かっているとな。」

「…傭兵の国…なるほど。」


 話していると最中で傭兵の国が近く来ていると聞いた途端にエルクの表情が一瞬引き締まった。

 話から魔王の侵攻が起こる可能性を察したのだろう。


「うむ。それで父上と兄上に会いに行くと母上が言い出したのが今回の南方領への視察の経緯だな。」

「…総大将様とハル坊か…懐かしいな。」

「…ハル坊とは余の兄上のことか?」

「こいつは失礼を。昔馴染みだったものでつい気安く呼んでしまいました。お許しを。」

「よい。それより兄上をハル坊と呼んているということは…」

「はい。お察しの通り、俺も傭兵の国から帝国に移ってきた者の一人です。」

「兄上のことをハル坊と呼んでいるのをみると兄上と親しい間柄であったのであろう?兄上とはどんな関係だったのだ?」

「そうですね…それを話す前に、アレク殿下はアニエス様が傭兵の国に居た時にどんな仕事をしていたのか知ってますか?」


 思えば母上が傭兵の国でどのような暮らしをしていたのかについての話は聞いたことがなかった。

 だが改めて考えてみるといかに一国の姫といえど、環境が全く異なる傭兵の国でなんの仕事もせずに数年暮らし続けられたとは考えにくい。


「母上の傭兵の国での暮らしについての話は聞いたことが無かったな。どういう風に暮らしておったのだ?」

「傭兵の国には親や死んでしまった子供とかを引き取ってまとめて面倒を見る孤児院のようなものがあるんですよ。それでアニエス様は昔から子供好きな御人でしてね、そこで色んなガキ共の面倒を見てくれていたんですよ。そんで俺も物心つく前に親を侵攻によって無くしていた親無しの子供だったもので、実子であるハル坊と一緒にあのお方に育ててもらったんですよ。」

「そうであったのか…ん?ということは、お主はある意味で余の兄に当たるということか?」

「いやいや、たしかに俺はハル坊の兄貴分をやっていましたが立場ってものがありますでしょう。それにアニエス様が育てた子供達ってのはかなりの数がいるんで、その全員を兄弟ってことにしてたらとんでもない大家族になっちまいますよ。」

「むっ…確かにそうだな。」


 そんな話をしている誰かがこちらに近づいて来る気配がした。


「やっべ…この気配はリュティスか。アレク殿下、申し訳ありませんが急用ができました。これで失礼します。」


 気配で誰が来たのか察したエルクはそそくさと逃げ出した。


「あ〜〜!エルク副隊長!やっぱりここに居た!準備で人手が足りないんですから逃がしませんよ!」


 たが逃亡の途中で見つかってしまったようで追いかけっこが始まったようだ。

 だが、暇つぶしの為にぶらついていたら思わぬところで気になる情報を知ることができた。

 もっと詳しい話を聞きたかったところだが今の状況ではそれも難しいだろう。

 多少後ろ髪を引かれる思いであったが、この後は大人しく自室に戻り明日に備えて早めに寝ることにした。

最近仕事が繫忙期に入って忙しい…。

予定通りの更新を続けられるように頑張ります。

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