歴史の勉強
帝国の次期皇帝とし生を受けた余の朝は早い。
正確には余の年齢がまだ七歳なので寝ることも仕事の内とされているから、使用人が起こしに来るまで寝ることもできる。
だが余は毎朝使用人が起こしに来るよりも早くに自然と目が覚めてしまう。
成長の為には十分な睡眠が必須であることは頭では理解しているが、何か本能のようなもののせいでどうしても寝ている無防備な姿を他人に晒すことができないのだ。
こんな体質だが幸いなことに余の身体は今の睡眠時間で十分なようで、今のところ寝不足を感じることもなく日々順調に成長し続けている。
ベットから抜け出すとまず最初に始めるのは身体の柔軟だ。
以前、城の兵達の訓練を視察した時に一部の兵が訓練前に体内に力を巡らせながらやっていたのを見て、良さそうだったので余も見様見真似で朝の柔軟に取り入れたのだが、これが思いの外理に適っていて良い感じだ。
身体がほぐれると今度は足を組んで目を閉じ瞑想に入る。
余はこの内なる自分と向き合えるような感覚がする瞑想の時間が好きだ。
ゆっくりと心と身体を落ち着かせ、呼吸を通して世界と繋がり自分とそれ以外の境界を無くすことで、自分と世界が混ざって一つになっていく。
この状態維持しながら更に世界と深く溶け合えば何かが起こりそうな気がするが、以前興味本位でそれをやって大変なことになりかけたので自重する。
こうして瞑想していると遠くからこちらに向かって歩いてくる足音が聞こえた。
足音からして二人組。
片方はどちらかの足をやや引き摺っているような足音で、もう片方は軽快ながらも音がしないように工夫しているようで音がかなり小さい。
これらの特徴からして向かって来ているのは執事のワースとメイドのサラサあたりだろう。
この二人は城で働く者達の中でも余の世話係のチームメンバーなので接する機会が多く足音の特徴まで覚えてしまった。
やがて余の寝室の前まで来た二人はノックの音と共にこちらに声をかけてくる。
「アレクサンドリウス殿下、朝食の準備が整いました。入室の許可を頂けますでしょうか?」
「入室を許可する。それと…余のことはアレクで良いと言っているだろ。」
皇帝の血筋として産まれたこともあり、余の正式な名前はアレクサンドリウス・ルクレイロス・カイザード二世という微妙に長ったらしいものだ。
歴史だの伝統的だのがあるのだろうが、正直一生付き合っていく必要があると思うと面倒なことこの上ない。
「なりませんアレクサンドリウス殿下。身分の違いというものがあるのです。下々の者に気安く愛称で呼ぶことを許してはその境界が曖昧になってしまいます。」
「信頼の現れだ。立場の違いを軽視するつもりは無いが気を許している相手に愛称で呼ぶことを許すのは相手への信頼を現す行為でもあり、そうすることでその者の仕事へのやる気や忠誠心を刺激する効果が期待できるという利点もあるのではないか?」
「ムムッ…確かにそのような側面で利点が無いこともないかもしれませんな。ですがなりません!…アレクサンドリウス殿下も年々成長し弁が立つようになってまいりましたな。ワースは嬉しゅう御座います。」
今回もワースを説き伏せることができなかった。
他の者達は今のように説き伏せてプライベートな場であればアレク殿下呼びにさせることに成功しているのだが、ワースは余の世話係の中でも最も頑固な男のようで一筋縄ではいかない。
また別の方向からのアプローチを検討しておく必要がありそうだ。
「アレク殿下はいつも早起きでいらしゃいますね。思えば寝顔を見せてくださっていたのも赤子の頃までです。まだ七歳なのですから起こしに来るまで寝ていてもいいのですよ?」
「寝ていてもいいと言われても…自然と目が覚めてしまうのだ。」
「寝不足とかになってはいませんか?眠れないなら添い寝しましょうか?それとも抱き枕になったほうが…」
「寝不足にはなっておらんからそんな必要は無い。目が覚めるのは、おそらく余がそういう体質なのだろう。それよりも着換えだ。」
このままだとサラサが寝るときにベットに潜り込んできそうなので話題を変える。
そして着替えを済ませた後は食堂へと向かう。
希望すれば朝食を部屋まで運んでもらうことも可能なのだが、母上のこだわりで特別な理由が無いのならなるべく一緒に食卓を囲む方針になっている。
「ワース、今日の予定はたしか…朝食の後に経済、法律、歴史の勉強の後に昼食。午後からは乗馬、ダンスレッスン、魔導術の座学だったな?」
「さようでございます。」
「ふむ…前々から思っておったのだが、魔導術は別として座学関係はもっと時間を減らしてもよいのではないか?正直、一通りのことは既に頭に入っておるぞ。」
「ぐっ……確かにアレクサンドリウス殿下は七歳とは思えぬ程に頭脳明晰でいらっしゃいます。先日も数学の教師に雇っている者がもう教えられることが無いと泣きついてきました。ですが!学びにこれで良いという終わりは無いのです!」
「言わんとすることは最もであるし理解もできるが、実際問題として最近は各教科の教師達の目が死んでおるように見えるぞ。」
「そういえばその話なら私この前、法律の先生のザンザス様が「あのクソ分厚い法律の本を全て丸暗記とか…アレクサンドリウス殿下の頭の中はどうなってるんだ」って言いながら頭を抱えていたいらっしゃったのを見かけましたね。」
少し前に「アレクサンドリウス殿下もこの帝国の法律を知っておくべきでしょう。こちらが法律をまとめた本になりますから目を通しておいて下さい。」と言って分厚い本を渡されたが、余は一度でも目にした光景なら忘れないという特技があるので時間がある時にちょくちょく読み進めて暗記しておいたのだ。
余としては言われた通りに目を通しただけなのだが結果としてザンザスを追い詰めてしまう結果となっていようだ。
「ま…まぁ、アレクサンドリウス殿下の言う事もごもっともですな。しかし、座学を減らすにしても空いた時間をどうするおつもりですかな?」
「そうだな…剣術などを中心とした戦闘訓練とかにもう少し注力しても良いのではないか?」
「………よいですか。貴方様は次期皇帝として生を受けた御方です。前線に出て闘うのは兵の役目、それゆえ貴方様には戦闘訓練など不要なのです。」
「しかし、将来武器を手に闘わなければならんような事態になることが無いとは言い切れまい。なにも学ばすしてその時を迎えるようなことがあれば、それこそ最悪の結果につながることになるのではないか?」
「……そうならないような体制を築けばよいのです。」
「どんな体制を築こうと絶対は無かろう。それならば、備えとして戦闘訓練をしておくのも良いと思うのだがな。」
「…この話はまた今度にいたしましょう。もうすぐ食堂に着きます。」
話をしている間に食堂に着いてしまったので話を打ち切られてしまった。
扉の前に控えていた使用人の手によって食堂の扉が開かれると、広い食堂の奥には余の母上が座っていた。
「おはよう、アレクちゃん。」
「おはよう御座います、母上。」
朝の挨拶をしながら席を立った母上は、余が挨拶を返している内にこちらに歩み寄るとその勢いのまま余を抱きしめてくる。
「は〜~~…ざっと十二時間ぶりのアレクちゃんかしら。」
「母上、毎朝余を抱きしめるのはそろそろ止めませんか?」
「えっ!?アレクちゃんはわたくしに干からびろというの?」
「余を抱きしめなくても干からびたりはいたしません。」
「いいえ、わたくしは毎日我が子を抱きしめなければ干からびてしまう自信があります。だからこれは必ず必要な行為なのです。」
「…はぁ、わかりました。では終わったら朝食にしましょう。」
言っても無駄そうなので引き下がることにした。
母上は余が成人した後でもこの習慣を続けそうなので今から不安でしょうがないところだが、現状では説得しきれないと思うので未来の余に期待するしかないだろう。
数分余に抱きついて満足した母上はようやく余を解放して席に戻っていった。
余も席につくと朝食が運ばれてくる。
今日もいつも通り忙しい一日になりそうだ。
朝食後の勉強は順調過ぎる程につつがなく進み経済と法律の勉強まで終わった。
特に法律の勉強は途中では教師のザンザスが今までにあった判決などの凡例の資料を持って来て、どういう法律にしたがってどういう刑が言い渡されたテストしてきたのだが、早々に全てのテストを終わらせてしまった結果ザンザスが泣きながら「私から殿下にお教えできることはもうありません」と言いながら走り去ってしまったので急遽歴史の勉強の時間が繰り上がりになったのだ。
「よいですか、帝国の歴史は初代皇帝であるランヴァルド・ルクレイロス・カイザード様が世界に降臨した神によりこの地を守護する結界の管理者として任命されたことから始まりました。」
「うむ、帝国歴元年の話であったな。そして後に帝国歴三十二年に二代目皇帝ヴィルヘルム・ルクレイロス・カイザードが即位し、帝国歴七十八年に三代目皇帝ミッシェル・ルクレイロス・カイザードの即位と続き、帝国歴百四年に即位した四代目皇帝アンビシアス・ルクレイロス・カイザードが暗君であったことが原因で帝国史最初の政変が起こった。これが帝国歴百十八年のことだ。なお、事実帝国歴帝国歴百四年以降の十年の間にに造られた法には家畜の名前をアンビシアスにすることを禁止する、などのくだらないものが多くあるあたり暗君であったのは事実だったのであろうな。そして帝国歴百十九年に弟であったフレディシア・ルクレイロス・カイザードが五代目皇帝として即位することとなる。その後は帝国歴百五十五年に六代目皇帝ガルガンティア・ルクレイロス・カイザードの即位、帝国歴百九十八年に七代目皇帝スクルドア・ルクレイロス・カイザードの即位、帝国歴二百四十九年に八代目皇帝バルトロ・ルクレイロス・カイザードの即位、帝国歴二百九十年に九代目皇帝クロシード・ルクレイロス・カイザードの即位と暫く平和な時代が続いた。だが帝国歴三百三十七年に十代目皇帝であり余の祖父であるアレクサンドリウス・ルクレイロス・カイザードが即位した。しかしこの世代で帝国史で二度目となる政変起こる。アレクサンドリウス・ルクレイロス・カイザードの兄であったロリクテッド・ルクレイロス・カイザードにより謀反が起こり帝国歴三百五十一年にロリクテッド・ルクレイロス・カイザードが帝位を簒奪する形で十一代目皇帝として即位した。その後、帝国歴三百七十二年に余の母上であるアニエス・ルクレイロス・カイザードの手によって帝位は奪い返され今に至るのであったのだったな。」
「…よく勉強されていらっしゃっておりますな、アレクサンドリウス殿下。」
「渡された教本には一通り目を通しておいたからな。…そういえば、帝国歴三百七十二年の母上による帝位の奪還があったことは学んだが具体的にどの様な経緯で奪還に至ったについては歴史書には書かれていなかったな。そのあたりの経緯についてはどうなっておるのだ?」
「……それは…本日の授業内容外のことですのでまた後日に…」
「そうは言っても資料で渡された内容は既に頭の中に入っておるぞ。であるならば資料になかった内容について学んだ方が唯意義ではないか?」
「…アレクサンドリウス殿下のことを疑うわけでは御座いませんが、私はまだアレクサンドリウス殿下が資料の内容の全てが頭に入っていらっしゃることを確認しておりません。ですので本日は予定通り計画していた通りの内容の授業を行おうかと…」
「ふむ、余が本当に資料の内容を全て把握していることを証明できれば問題ないということだな。ならばなんでも聞いて来るがよい。お主の出す問いに全て応えられれば証明となるであろう。余が全ての問いに答えられた暁には余の望むことを教えるがいい。」
こうして歴史の授業で急遽小テストをすることとなった。
そして教師の出す問題に全て正解した余は改めて母上が行った帝位奪還の経緯を改めて問うことした。
「これで証明は十分であろう。先程の問いを今一度しようか。母上はどういった経緯で帝位の奪還に成功したのだ?」
「申し訳ございませんアレクサンドリウス殿下。その内容につきましては私の口から詳しく話すことはできないのでございます。」
「なに?なぜだ?」
「理由を申し上げることもできないのでございます。申し訳ございません。」
「ふむ…そうだ!別にお主に聞かずとも余の身近にはその件の当事者がおったな。ではそちらに聞くとしよう。」
「お待ちくださいアレクサンドリウス殿下。まだ歴史の授業は…」
「これ以上余に何を教えられるというのだ?」
「それは…」
「無い様だな。では午前中の授業はこれで終わりであろう。」
少々強引だが興味が湧いてしまったので強制的に授業を切り上げて部屋を出ることにする。
目指すは帝位奪還の当事者である母上の所だ。
こうして余は、余の産まれる前に起こった帝位奪還とういう事件の経緯について調べることにしたのであった。
今回の章の主人公はハイスペック美少年ショタのアレク君になります。
そしてこれから新章開幕特有の新キャララッシュも開始。
なお、今回大量に出てきた歴代皇帝の名前とかは本筋に絡むようなことはないので流し読みでOKです。




