プロローグ
少女は幸せに包まれて生きていた。
父は厳格な人だったが厳しさの中に自分への愛があることを感じることができたし、母は優しい笑みを浮かべながら常に自分を見守ってくれていた。
そしてなによりも、少女はもう少しでお姉ちゃんになり可愛い弟と出会えるはずたったからだ。
そんな少女は大陸の北部にある帝国で神より結界の維持と管理という使命を受けた血族の正統な血統、すなわち皇帝の娘として生を受けていた。
皇帝としての地位はこれから生まれてる可愛い弟が受け継いでいくことになるだろうが、少女にはそのことに対する不満は一切無かった。
なぜなら少女は皇帝の跡継ぎになるよりも、自分の母のようなうに優しく我が子を見守る母親になりたかったからだ。
このまま幸せな日々が続きこれから出会う弟は立派な皇帝として父の跡継ぎとなり、自分は母のように素敵な旦那様と出会って可愛い我が子を見守りながら穏やかに暮らすことができる。
少女はそんな未来が来ることを信じて疑わなかった。
だが、そんな幸せや日々はある日突然終わりを告げた。
母のお腹が大きくなり弟がいよいよ産れてくると思われた日に、父の兄にあたる男がクーデターを起こしたからだ。
この男は先帝から選ばれず皇帝になることはできなかったが、結界を作り出しているアーティファクトにサブ管理者として登録されているため、目の上のたんこぶである現皇帝さえいなくなれば自分が皇帝になり変われる可能性を持っていた。
それゆえ裏で虎視眈々と皇帝の地位を奪うために準備を進めている最中だった。
そんな時に現皇帝の正統後継者である子供が産まれるという知らせが入ったことで計画は急がれ、そしてついに実行に移された。
つまり、皮肉にも弟の誕生という慶事がこのクーデターの引金となってしまったのだ。
母は出産間近で動くことができず逃げられなかった。
そしてそんな母を見捨てることができなかった父は自らの身を囮とすることで、せめて少女が秘密の通路に逃げ込む時間を稼いだ。
泣きながら自分も残ると主張する少女を信頼できる側近に任せ少女に最後の願いを託す。
「よいか、もし仮にワシがここで命を落とすようなことになったなら、いつの日か必ずお前か…お前の子がワシの変わりに皇帝の座を奪い返すのだ!兄の…あの男の器では皇帝は務まらない!あの男が政権を握ることになれば遠くない内に帝国は致命的なまでに壊れてしまう!国を…人が住まうことができる領域をこれ以上失うわけにはいかんのだ!」
こうして少女は父の願いを託されて秘密の通路から逃された。
そしてその数日後、両親と産まれたばかりの弟が処刑されたことを知り少女は最愛の家族を失った。
失意と絶望に打ちのめされた少女を支えたのは、父が遺してくれた側近達だった。
そして少女は父から託された願いを叶えんとするために協力者を募り動き出すことになった。
協力者として最も信頼できるのは帝国の北の領地を統治する北方伯だ。
元々、北方伯領は標高が高い山が多くある場所で、一年のほとんどを雪で閉ざされるような僻地であった。
だがその代わり多くの鉱山があったので帝国の中でも財政は潤っている方だった。
だが、近年は結界の範囲に入っている安全な鉱山を掘り尽くしてしまったため鉱山での収入は激減し財政が苦しい場所となっていた。
そんな領地を皇帝は見捨てなかった。
今まで多くの鉱石と忠義によって帝国を永く支えてくれた忠臣として信を置き、財政が苦しくなった後でも重用し続けた。
こうして硬い忠義の絆を結んでいた北方伯は帝都でクーデターが起こった事を知るとすぐに軍を率いて皇帝を助ける為に行動を開始した。
だが地理の問題や突如として領内の魔物の動きが活性化したせいで軍の到着は遅れ皇帝の救出には間に合わなかった。
そんな経緯を持つ北方伯を頼りに帝位を奪還しようとしていた矢先、自身の息子と少女の婚姻を条件に南方伯が協力者として名乗りを上げた。
南方伯領は領内を流れる大きな河と、帝国内で最も温暖な気候に恵まれた豊かな領地だった。
はっきり言ってしまえば財政が厳しくなっている北方伯よりも、豊で安定した財政を持つ南方伯の方が協力者としては魅力的な相手だった。
どちらの手を取るかで話し合いが行われたが、結論から言うと少女は両方の陣営からの協力を得ることになった。
北方伯は協力の見返を求めず忠義のために動いていたからだ。
これにより、少女は南方伯の息子との婚姻を受け入れ南方伯と北方伯の両陣営の協力を得ることに成功し、決起のためのパーティーが開かれることになった。
そしてそのパーティーが少女にとっての滅亡の始まりだった。
パーティーは南方伯領で行われていたため、南方伯が準備した杯を片手に少女の挨拶の後に皆で酒を煽る流れだった。
挨拶が終わり予定通り皆で乾杯した後に騒ぎが起こった。
北方伯が隠し持っていたナイフを抜き南方伯に迫った。
「貴様ッ!姫殿下にいったい何を飲ませた!」
「何の話だ?ワタシは何もしておらんよ?」
「嘘を付くな!姫殿下が杯を口にした瞬間に貴様が下卑な笑みを浮かべていたのを見たぞ!姫殿下に何をした!言え!」
「何やら酷い誤解があるようだな。これでワタシが何もしていなかったら姫殿下の帝位奪還のための同盟に大きな溝ができるのだぞ?わかっているのか?」
「ぐっ…それは…」
「それがわかったのならワタシに謝罪を…プッ…フハ…フハハハハ…ダメだ。キサマのその悔しそうな顔を見たらこれ以上は我慢できなくなってしまった。」
「貴様ッ!やはり…」
「そうだ。姫殿下に今ご賞味頂いたのは〈種絶の黒血〉という特別なスパイスが効いた一品です。このスパイスはとても優れていましてね、無味無臭はもちろんでたった一滴でも体内に入れば致死量です。効果は少しづつ体内の血液が毒へと変わっていき、数年後には必ず死に至るというものです。」
「なんだとっ!待て……ということは…キサマァ!」
「北方伯殿は察しが良いようですね。そうです。この毒の真の致命的な部分は血が毒へと変わっていくということです。それはつまり、そこの元姫殿下はもう子を宿せる身体ではなくなったということですよ。なにせその身体では、腹に子が宿ったとしても他ならぬ母体の血の毒によって子が育つ前に死んでしまうのですからね。」
それは父から託された願いも果たせず、夢だった優しい母親になることももはや叶わなくなった瞬間だった。
あまりの事態に少女が呆然自失となっている間にも話は進んでいく。
「何故だ!何故このような暴挙を!」
「目障りだったからですよ。少し鉱石が採れるからといって財政面でずっと私達一族が治める南方領の上をいっていた貴方の北方領が!そして鉱石が枯渇して惨めな姿を見せてくれると期待していたのに変わらず誇り高くあろうとする貴方が!そんな貴方のことを信頼し変わらぬ信頼を置き続ける前皇帝!それら全てが!ですがようやくそれも終わりだ。現皇帝閣下は私の献身に大きな見返りを約束してくださいました。」
「くっ……くだらぬ。そのようなくだらぬ理由で帝位を簒奪する逆賊に手を貸し、あまつさえ姫殿下に毒を盛るなど…」
「今の皇帝陛下はあの御方で、そこの元姫殿下は今や子を成すことができなくなった小娘だ。いくら本人に結界の管理者としての資格があったとしても、次代の結界の管理者としての血を残せないのならば帝位を奪い返す旗頭としては成立しないだろう?だからお前達はもう〝詰み〟なんだよ!北方伯殿も今のうち身の振り方を…」
「もういい、それ以上口を開くな。この場でキサマの首だけでも…」
「おぉ、怖い怖い。ですがいいのですか?計画ではもう少し茶番を続けてあなた方を引き付けておく手筈だったのですが、あなた達が必死にあがく姿をもっと見たくなったので教えてあげましょう、こうしている間にも皇帝直属の兵がここに向かって来ています。私を害する暇があるのなら早く逃げた方がいいですよ?」
「くっ…これより北方伯軍は姫殿下を連れて脱出する。姫殿下、今はひとまず我々と共にこの場を離れましょう。」
こうして少女は北方伯と父が遺した側近達に連れられてパーティー会場を脱出した。
もはや帝国内で安全と言える場所は唯一の味方である北方伯が治める帝国北部ぐらいしかない。
当然ながら一同は帝国北部を目指す流れになったが、パーティー会場があったのは南方伯の領土だ。
今は日和見を決め込んでいる西方伯と東方伯も、少女が毒を飲まされ皇帝家としての資質を失っていると知れば敵対してくることは目に見えている。
それゆえ帝国内部を横断して北部を目指すのはリスクが高すぎた。
必然的に帝国の結界の外から大回りする形で魔物の領域を進んで帝国北部を目指す以外に選択肢は無かった。
それからの一同の旅路は過酷なものであった。
結界の外というのは常に魔物に襲われる危険性がある世界だ。
安全に休めるような場所も無ければまともな地図すら無い世界を進む内に、少女を助けてくれた者達はどんどんと疲弊していく。
そんな中、父が遺してくれた側近の一人が口を開いた。
「北方伯殿、このまま北方伯領を目指し辿り着けたとして、そこで姫殿下の毒を解毒てきる算段はあるのでしょうか。」
「…正直な話、現状でその目処はありません。ですが、どうあってもやり遂げなければならないことです。戻り次第研究を開始します。」
「…北方伯殿が姫殿下を連れて戻ったと知られれば逆賊共の妨害があることは必定。であるならばそれでは恐らく間に合わない。」
「しかしそれ以外に道が無い。どれだけの妨害があろうとやり遂げるしかないのだ。」
「いえ、博打にはなりますが道はもう一つあります。」
「何か策がお有りか。」
「はい、我等と姫殿下はこのまま傭兵の国に亡命するのです。」
「傭兵の国ですと!…いや……しかし…そうか!かの者達は大陸中を渡り歩いている。我等の知識にない解毒方法や治癒の方法も傭兵の国にはあるかもしれない、ということだな。」
「そうです。そして北方伯殿には逆賊共に姫殿下は亡くなられたと嘘の報告をして頂きます。こうすれば姫殿下の命を狙う者達の目を欺く事ができます。」
「なるほど…貴殿等が傭兵の国に姫殿下をお連れし〈種絶の黒血〉なる毒を解毒し、我等は姫殿下がお戻りになるまで伏して力を蓄える。そして姫殿下が戻った暁には皇帝閣下の宿願を叶える。そういう手筈か。」
「はい。いかがでしょうか?」
「…無事に姫殿下を傭兵の国までお連れできるかという不安はあるが……現状では貴殿の策の方が皇帝閣下の宿願を叶えるには現実的に思える。だが、傭兵の国は大陸中を動き回っていると聞く。どうやってたどり着く気だ?」
「私の部下に元傭兵の国の者がおります。この者が持つ傭兵の国のプレートなる物は傭兵の国がいる位置を示すことができると聞いております。」
「進むべき方角は分かるが距離がわからぬということか……分の良い賭けとは言えんな。」
「ですがそれ故に賭けに勝てれば大きな利があります。ここまでずった後手に回り続けてしまった我等が逆転するにはこの賭けに勝つ以外に道は無いかと。」
「………ならばせめて、我が軍の精鋭達をそなた達に預けよう。…姫殿下のことをよろしく頼む。」
こうして少女は一部の手勢と共に希望を求め、傭兵の国を目指すことになった。
少女の運命はどうなってしまうのか!?
みたいな感じですが、実は今回の章の主人はこの少女ではありませんし、なんならヒロインというわけでもないです。




