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傭兵の国群像記  作者: 根の谷行
クラット編
8/72

七日目

 敵襲の知らせを受け砦の中は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。

 隊長職の兵士の怒声に近い号令が響き眠りについていた兵士達がたたき起こされ、慌ただしく事前に決められた位置に向かう兵士でごった返した。

(冷静になれ。もうここは戦場だ。判断を誤れば簡単に死ぬ。)

 早鐘を打ち始めた心臓を深呼吸で落ち着かせながら、心の中で自分に言い聞かせる。

 砦の上に弓兵達が並び終え迎撃の準備が整う。僕も静かに矢をつがえ号令を待つ。


「構えーーーーーーーーーーー!」


 号令に合わせて弓を張る。何時でも矢を放てるように構えその時を待つ。


「放てーーーーーーーーーーー!」


 十分に魔物を惹きつけたところで再び号令が響く。

 一斉に放たれ矢が雨のように魔物に降りそそぐ。

 効果はてきめんで多くの魔物が倒れた。生き残った魔物を砦の外で待機していた歩兵が槍衾で受け止め、そこに連携した騎兵が両サイドから攻撃をくわえていく。

 瞬く間に魔物の数が減り士気が向上した。


「ハーーーハッハーーーー!ボクチンの力を見るがいいーーーーー!」


 高笑いを上げながらクソ騎士が騎馬で魔物を蹂躙していた。騎乗用の武器を振り回しているが見事にほとんど空振りしている。それでも魔物を蹂躙できているのは騎乗している騎馬が優秀だからだ。力強い走りで魔物を寄せ付けず時には蹄で踏み潰している。

 ボクチンの力の九割はあの騎馬の力のようだ。

 程なくして魔物の掃討がおわる。

 第一波が終わったのだろうか?だとしたら意外とあっけない。

 そう思っているとまた森の奥から魔物の群れが現れた。今度の魔物の群れはオークやオーガといった先ほどよりも強力な魔物が多いようだった。

(そうか、魔物の足の速さが違うから侵攻に時間差が出来たのか。)

 思い返せば先ほどの魔物はゴブリンなどの比較的足が速い魔物が多かった気がする。


「構えーーーーーーーーーーーーーー!」


 再び号令が響きそれに合わせて弓を張る。

 次の号令を待っていると森の奥から凄まじい速さで何かが近づいてくる音がした。

 その何かは勢いのままに第二陣となる魔物の群れを飛び越え砦の前へと降り立った。

 それの正体はバカでかい熊の魔物だった。

 信じられないことに体高が僕達がいる砦と並んでもそこまで違いがないと思えるぼどに大きい。

 頭部からは異形の角が突き出している。硬質な結晶のような材質でできているその角は魅入られそうな怪しい光を発していた。

 尋常ではない殺気を放ちながら鋭い眼光が砦を捉える。

 大きく息を吸込み弩級の咆哮を放つ。それはもはや音ではなく爆発だった。砦と魔物の間にはまだ少し距離があるにもかかわらす砦の一部にひびが入り、正面に配置されていた兵士は吹き飛び壁に叩きつけられ、耳から血を流して力なく倒れる。

 目の前の魔物はまだ咆えただけ、それなのに戦況は一変してしまった。

 重苦しい絶望の空気が漂い始める。

 そんな空気を変えるべく砦の中から一人の騎士が現れた。


「皆共これしきで怯むな!私がいる!だからまだ諦めるな!」


 兵士達を鼓舞する声が響き士気が戻り始めた。


「ガーランド隊長だ!」

「そっ、そうだ。俺たちにはガーランド隊長がいた!」

「前回の魔王の侵攻の時に一人で魔物を百体切ったって話だ!その剣技をこの目で見れるってことだから、逆に俺達は運がいいまであるぞ!」

「あの方ならあんな魔物瞬殺だぜ!」


 口々に周りの兵士達がその騎士を称賛し始める。どうやらあの騎士はガーランドというらしい。そういえば行軍中に指揮を執っていた人があんな感じの人だった気がする。


「魔将のお出ましか…やらせはせんぞ!」


 そう言い放ち剣を構える。その体からはゆらりとオーラのようなものが見えるほど気迫が漲っていた。

 その様子に兵士達は盛り上がるが僕はどうにも嫌な予感がした。

(あの何となく見える気がするオーラみたいなやつ…クランさんより弱そうに見える。)

 先日洞窟で見たクランさんのオーラのようなものはもっと凄かったし、その状態のクランさんは剣麟蜥蜴に嚙まれても平気そうにしたいた。

(たしかクランさんは『闘氣鎧』とか言ってたな…あれが同じ技なんだとしたらあの人はたぶんクランさんよりも強くない。それにあの人、あの魔物を魔将って呼んでた。あの魔物が本当に魔将ならあの人は負ける気がする。)

 もちろん確証は無い。ただ、ここで判断を誤ると死ぬ気がした。

 魔将の方を見ると姿勢を低くして攻撃の準備をしているように見えた。

 間もなくガーランド隊長と魔将がぶつかり合うだろう。その様子に皆が見入っている。

(逃げるなら今だ。)

 覚悟を決めてこっそりと砦の出口向かう。転がるように階段を駆け下り一階へ辿り着いたとき先程の咆哮の比じゃない衝撃が砦を襲った。

 転倒した所に運悪く崩れた天井の一部が降ってきて頭に直撃する。視界が歪み意識が跳んだ。






 目が覚めると瓦礫の中に埋もれていた。身体が圧迫されている感覚は無いのでどうやら瓦礫の隙間で昏倒していたようだ。這いながら瓦礫を掻き分けるようにして何とか外に出ると砦は無惨姿になっていた。一部が原型を残しているところがあるもののもはや廃墟といったほうが正しい状態だった。

 至る所に兵士の死体が転がっており生存者は見あたらない。

 この場を離れようと歩き出したとき足に違和感を覚えた。見ると左足の腿の部分に小さな瓦礫のかけらが突き刺さっている。そのことに気付いたとき思い出したかのように全身が痛みを訴えだした。


「ハハッ…これは…まいったな…」


 思わずそんな声が漏れていた。

 しかし、呆けている時間は無い。足に刺さった瓦礫を引き抜き近くにある使えそうな布で足縛って止血する。幸い思ったよりも傷は深くなさそうだった。

 なんとか歩けるが走ることは出来ないだろう。長距離の移動も無理そうだ。

 足を引きずりながら砦の外に出るとここにも兵士達の亡骸が転がっており、流れ出た血で無数の無数の足跡が残っていた。どうやらここを通過して砦街の方へと向かったようだ。

 その足跡を見ていてある事に気が付き戦慄した。

(この足跡…ほとんど二足歩行の魔物の足跡だ。)

 この足跡は先程魔将が現れる前に姿を見せていたオークなどの魔物の足跡という事だ。

 つまり第一波が通り過ぎた跡なのだろう。そしてその上には別の足跡が無い。

(この後に第二波が来る。)

 瓦礫とかした砦には隠れられそうな場所は見当たらない。

(逃げなきゃ…でも、この足じゃそれも難しい。なにか逃げる方法は……そうだ!馬だ!砦への移動に馬を使ってる人がいたから何処かに馬がいるかもしれない。)

 第二波が来るまでどれほどの猶予があるかわからないがすぐにでも馬を見つけて逃げなければならないことは確かだ。

(たしかあっちに馬小屋があったはず。)

 僕はうろおぼえの馬小屋の場所へ向かって足を引きずりながら移動を開始した。




 なんとか馬小屋にはたどり着いたが中はもぬけの殻だった。

 当たり前のことだが、僕が気絶して出遅れている間に同じように考えて馬を使って逃げ出しだした人がいたとしてもなんら不思議は無い。

(これはさすがに詰んだか…いや、僕はまだ死んでない。なら、まだ諦めるには早い。)

 頭をよぎる絶望を振り払い少しでもこの場を離れようと歩き出す。

 がむしゃらに移動していると遠くの方で誰かが言い争うような声が聞こえた。

(生存者か?いや、なんでもいいもうこれ以上悪くなることは無いだろう。)

 声がした方に向かって歩く。声はどんどん鮮明に聞こえるようになり、なにを争っているかわかるようになってきた。


「ボクチン様!いい加減そんな馬見捨てて本隊への合流を急ぎましょう。」

「ならん!このジルパは我がボクチン家の宝なのだ。少し休ませれば元気になるはずなのだ。」


 あのクソ騎士とその部下の兵達が言い争っていた。どうやらクソ騎士の馬が調子を崩し動けないでいるようだ。


「流石にこれ以上は付き合いきれません。我々は先に行かさせてもらいます。」

「待て、こんな場所で一人にするな!………わかった。………ボクチンもついて行く。」


 クソ騎士と兵達は馬を置いて移動を開始してしまった。

(あの馬…ジルパはなんであんなに調子が悪そうなんだ?なんとか回復させられれば乗って逃げられるかもしれない。)

 ジルパの様子を確認すると、目に付く範囲では大きな怪我はしていなさそうに見えるが、座り込んでおりときおり激しく頭を振って苦しそうに嘶いている。

 その様子は先日見た魔獣が魔王の思念で苦しんでいる姿と重なった。

(どういう事だ?ジルパは魔獣だったのか?でもさっきまで魔物の群れの第一波と戦ってたはずだ。)

 近付いて確認しようとするとジルパと一瞬目が合った。その目は助けを求めているようだった。

 僕が生きて戦場を脱出するためにジルパの助けが必要なように、ジルパも自身を失わないために僕に助けを求めている。

 ジルパが魔獣のように苦しんでいるのには何か理由あるはずだ。それを見つけるために注意深くジルパを観察する。

 頭痛に耐えるようにして頭を強く振った際に豊かな鬣に埋もれるようにして首筋の辺りに微かに怪しい光を放つ水晶のような物か見えた気がした。

 一瞬しか見えなかったがその怪しい光を放つ水晶には覚えがあった。ついさっき砦を破壊した魔将の頭から生えていた角が同じ様な怪しい光を放っていた。

(あの魔将の角は魔王が魔物を魔将に改造する時に付けた外付けの魔石か何かで、さっきガーランド隊長とぶつかり合った時に少し欠けてその破片が近くにいたジルパに刺さったとかか?)

 推測の域を出ないし偶然にしては出来すぎている気がするがそう考えるとジルパが魔獣のように苦しんでいることに説明がつく。

 推測している内にまた事態が動く。ジルパが苦しそうに嘶いた後、その瞳から理性の色が消えた。完全にこちらを敵と認識したようで殺気を放ち始める。

(まずい!ジルパの意識が魔王の思念に飲まれた!このままではジルパは戻ってこれなくなる。)

 そうなれば今度こそ詰みだ。魔王の思念に完全に敗北した魔物は二度と自らの意思で行動することは無くなるらしい。

 不意にクランさんの言葉が蘇る。


「闘うってことは自分の命と命より大事なものを失わない為に全力を尽くすってことだ。」


 僕はこれから生まれて初めて闘うことになる。覚悟を決める時がきたようだ。

 まずは、ジルパに刺さった魔石を取り除き正気に戻す。その後ジルパに乗って戦線を離脱する。

 弓を握りしめてジルパと対峙した。




 大きく息を吸ってゆっくりと吐き出しながら己の中にある力に呼びかける。

 身体の奥底から湧き出る『氣』に形を与える。イメージする己の中を奔放に駆け回る獣、僕を自由にしてくれる獣…それは馬だ。

 僕の中で曖昧だった『獣氣』がはっきりと馬の形をとり全身を駆け回り始めた。

 頭は冴えわたり力が漲って全身が熱くなる。

 未体験の感覚に一瞬戸惑うが、一時的な強化で長くは維持できないと感覚で理解した。

 改めてジルパに目を向ける。鬣の中に見えた魔石は一瞬しか見えなかったので正確な位置がわからない。

 なので一矢目をわざと頭を振って躱すように仕向け位置を特定し二矢目で射貫く。

 通常時の僕ではまず実現不可能なプランだが今の僕なら出来なくはないはずだ。

 二矢目を口に咥えて一矢目を弓につがえる。

 ジルパは一足飛びでこちらに届く位置までじりじりと距離を詰めてくる。ここで下がって距離を取ったところで速さで負けている以上ジリ貧になるのは明白だ。

 ならばこの場で迎え撃つしかないだろう。

 先手を取ったのはジルパの方だった。

 一瞬で距離を詰め体当たりを仕掛けてくるが、今の僕にはその一瞬が思いのほかゆっくりに感じた。これならギリギリ回避が間に合いそうだ。

 無事な方の右足で地面を蹴り横に跳んで回避しながら身を捻りながら狙いを定める。

 ジルパは初撃を躱した僕の位置を確認しようと振り返る。

(今ッ!振り返った時の鼻先を狙う)

 振り向いた瞬間に鼻先を掠める軌道で矢を放つ。ジルパは反射的に激しく首を振り避けようとする。

(見えた!そこッ!)

 翻った鬣の隙間から魔石の微かな光が見えた。咥えていた二矢目を口から放し空中で捕まえて間を置かず放つ。

 この矢は確実に魔石を貫く。なぜならそう『確信』して放ったから。

 そして今回も『確信』は外れることなく狙い通りにジルパの魔石を貫いた。

 次の攻撃ヘ移ろうとしていたジルパだったが魔石が破壊された事で瞳に理性の色が戻った。

 攻撃を止めてこちらに歩み寄ってくる。


「ここから逃げるのに力を貸してくれ。」


 やはりジルパはとても頭がいいらしい。一度頷いた後その場にしゃがんで背に乗るように促した。

 僕には乗馬の経験が無かったのだが、あのクソ騎士謹製の鞍には鐙の他に腰の位置をある程度固定してくれるベルトが付いていた。

 肥満体で運動神経がいいようには見えないクソ騎士が落馬しないように色々と工夫が凝らされた鞍のようだ。

 手早く鞍には体を固定してジルパに身を任せる。ジルパはすぐに立ち上がり力を強く走り出した。

 ジルパはグングン加速していき破壊された砦跡はすぐに見えなくなった。

(これで…どうにか助かったか?)

 まだ安全圏内に避難できたわけではないがひとまずは助かったとみていいだろう。

 そう思った時、どっと疲れが出てきた。『獣氣』による強化はジルパに乗った時に既に切れている。

 その反動なのか急激に眠気が襲ってきた。


「ジルパ…あとは…頼んだ。」


 僕はそれだけ言い残して意識を失った。

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