雲の上に潜む何か
ギルドで報酬を受け取った後、俺達は空を飛んで一直線にウリーカの街へと向っていた。
出発前にギルドで確認した結果、傭兵の国の本隊とウリーカの街は一般的な戦闘職の者で半日かからない程度の距離が離れていることがわかっている。
だが、これは地上をなんの邪魔もはいらないで状態で移動した場合の話なので、実際には奇襲を受けないように警戒しつつ道中で遭遇した魔物を討伐しなければならないのでもっと時間がかかるはずだ。
その点俺達は空を移動できるので奇襲への警戒は最低限で済むし障害物によって進路を変える必要もない。
おまけに今日の天気は薄い雲が広く広がっていて、日差しがいい感じに遮られているので快適に空を移動できる環境だ。
一応飛行できる魔物が襲ってくる可能性もあるのだが、俺の見解ではその可能性はかなり低いと思っている。
なぜそう思うかというと飛行できる魔物というのは魔王にとっても貴重な戦力であるからだ。
地形や城壁による影響を受けない飛行能力を持つ魔物を多く揃えることができれば使い方次第で十分な切り札になりうる。
そんな貴重な戦力を、よくわからない者達が飛んでいるからといって迎撃するためにぶつけてくるような贅沢な使い方はしてこないだろう。
空の移動は順調で既に同じタイミングでギルドを出た者達を追い抜き独走状態だ。
このまま行けば現地に前乗りして狩猟の解禁待ちをしている逆張り連中を除けば一番乗りできるだろう。
そんなふうに思いながらしばらく空を進んでいると、進行方向の方面から複数の点のような何かが見えた。
急速に嫌な予感がし始めたので急いで手で輪っかを作り『遠見』を使ってその正体を確認する。
『遠見』は『闘氣』の応用方法で『闘氣』の力場で手で作った輪っかの内部の光の屈折率?とかいうのを調整して即席の望遠鏡を手で作り出す技法だ。
正直なところ俺もこの技でなんで遠くのものを確認できるようになるのかよくわかってない。
そんなことより、今は遠くに見える点の正体を確認することが先決だ。
『遠見』により拡大された点の正体を見て俺は戦慄した。
点の正体は大型の猛禽類の魔物、死影鳥が六体だった。
死影鳥はその影が見えたなら誰が死ぬという逸話からその名が付けられた魔物で、高速で飛行しながら獲物を狙って急降下し強靭な爪で対象をガッチリと掴み一瞬で去って行く厄介な魔物だ。
こいつ等は空中での機動性が抜群に速く、このまま空中での会敵となったら最悪なにもできずに一方的に殺される可能性すらある。
「死影鳥だ!数は六!」
「ん?なんだって?」
叫んでクリスに伝えようとするが、先日と同じでクリスの耳には届いていないようだ。
俺はグイッと動いて身を起こし死影鳥が向かって来ている方角を指差しながら耳元で大声で叫ぶ。
「魔物が来てる!降りてやり過ごそう!」
ここでようやくクリスも緊急事態であることを察したようだ。
「ちっ…ダメだな。たぶんオレの聖氣を感知してこっちはに向かって来てる。降りて隠れたところですぐに見つかって逃げ切れないだろうな…なら!」
なに策があるのかクリスは俺を抱えたままグングンと高度を上げていく。
「どうするつもりだ?」
「ちょっとした仕掛けを使ってヤツ等を罠にはめて倒す!」
「勝算はあるんだろうな!」
「そこはオレを信じろとしか言えねぇな!」
話している内に雲がある高さまで上昇した俺達はその勢いのまま雲の中に突っ込んでいく。
著しく視界を制限される中、俺達を追うようにして高速で飛来してくる魔物を気配だけで感じる。
こちらから見えない以上、向こう側からもこちらが見えていないはずなのに死影鳥の気配は真っ直ぐにこちらへと向かってきているようだ。
「このままじゃ追いつかれるぞ!仕掛けってやつは本当に大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫…なはずだ。」
「はずってお前…。」
あてが外れた場合にどうするつもりなのか問い詰めようとしたところでそれは起こった。
俺達が突入した雲は雷雲ではなかったはずなのに突如として稲光が走り、追って来ていた死影鳥の悲鳴のような鳴き声がこだました。。
「よし!狙い通りだ!このまま全部叩き落すぞ!」
明らかに自然に発生した雷ではなさそうなので、この雷がクリスがあてにしていた仕掛けとやらなのだろう。
死影鳥は強力な魔物ではあるが、流石に雷の直撃を受けて無傷でいられる程の耐久力はないようで追って来ていた気配が一つ消えた。
その後も稲光は複数回走り、その度に追って来る死影鳥の気配は減っていく。
「よくわからんがやるじゃないか!」
この調子なら死影鳥を全滅させることも可能かに思えた。
だが、順調だったのはここまでだった。
突如として、本当に何の前触れもなく発生した圧倒的なプレッシャーによって金縛りのように指一本動かせなくなったのだ。
(なんだ!?なにがおこった!?…これは…何かに見られている…のか?)
視界が悪い雲の中では正確なことはわからないが、何かが突然現れてこちらを観察するような視線で見ていることはわかった。
以前師であるセンスイさんに、真の強者はその視線だけで弱体を征することができると教わったことがあったのを思い出した。
俺は相手の殺気に怯まないようにするための訓練も積んできていたのだが、このプレッシャーはの前では訓練程度じゃ完全に役不足だった。
更に言えば感覚からしてこのプレッシャーは殺気によるものではなく、圧倒的強者がこちらを見ているというだけで発生しているものだ。
(これはダメだ…俺達程度じゃ戦闘自体が成立しないぐらいの差がある。逃げることももちろんできないし、もはや見逃してもらえるのを祈るぐらいしかできることがない。)
俺を抱え込んでいるクリスも同じプレッシャーを感じたようで全身を強張らせながら硬直している。
(この感覚…感じているプレッシャーは桁違いだが、少し前に【星零獣】と対峙した時の感覚と似ている気がする。)
命を握られるているような感覚。そしてそれに対して自分に抗う力も手段も一つもないと強制的にわからせられる程の圧倒的な差。
それは先日遭遇した【星零獣】を前に感じた感覚を何百、何千倍にしたかのようなものだった。
このプレッシャーにさらされいるのは俺達だけではないようで、ついさっきまで追跡者だった死影鳥達にも同じようにプレッシャーが降りかかっているようだった。
だが、俺達と死影鳥には決定打な違いがあった。
それは、俺達は〝浮遊して〟しているのに対して死影鳥は〝飛んでいる〟ことだ。
浮遊している俺達は一切動かなくてもこの状態を維持できる。
対して、飛んでいる死影鳥は風を捉え続けるために翼を少し動かさなければこの状態を維持できない。
誰もが動けない状態の中で、死影鳥達が飛行を維持するために僅かに動く。
その動きが、このプレッシャーを放っている何かの注意を惹いてしまった。
プレッシャーの中心地が死影鳥達の方に向く。
クリスはその瞬間を見逃さず、大胆にも重さを消すのを少しづつ止め高度を下げはじめる。
俺達が徐々に離脱を試みる中、とうとうプレッシャーに耐えられなくなった一体の死影鳥が発狂したような鳴き声を上げた。
そして間を置かず死影鳥の気配が一つ消える。
おそらくすぐ近くで仲間が殺されるのを目撃したのであろう。
一拍の間を置き残りの死影鳥達は一斉に恐慌状態に陥ったようで、もはや断末魔のようにさえ聞こえる絶叫を響かせる。
そんな中、ここでクリスが勝負に出た。
重さを消すのを完全に止めたのだ。
自由落下を始めた俺達はあっという間に雲を抜けて大地に向かってグングンと加速していく。
このままでは地面に叩き付けられて二人とも御陀仏になるのだが、今はそんなことよりもあのプレッシャーの主から逃げる方が先決だ。
俺達は未だにあのプレッシャーの主がその気になりさえすれば一切の抵抗すらできず殺される領域の中にいる。
自由落下している最中俺達と同じように落ちていく何かが視界の端に見えた。
(なんだアレは?…表面に羽毛のような毛が張り付いている…まさか、アレに殺された死影鳥のなれの果てか?いったいどんな攻撃をされたらこんなふうになるっていうんだ?)
まるで全方向から圧力をかけられて肉塊になるまで圧縮されたような死骸だ。
(あの肉塊…血が滴っていない。…その上、今も少しずつ小さくなっていってる。)
つまり今この瞬間も見えない力によって死影鳥だったものは圧縮され続けているということになる。
(下手すると次は俺達の番か…ダメだ、次元が違い過ぎてどんな攻撃をしているのかサッパリわからねぇ。)
相手が何をしてくるかわかれば何かしらの対策を講じることもできるかもしれないが、俺が認識すらできない力によって一歩的に攻撃していることしかわからないのでなんの対策も思いつかない。
完全にお手上げ状態の中、次は俺達の番かと戦々恐々としていたが予想に反してプレッシャーの主からの攻撃はいつまで経ってもこなかった。
そして地面がドンドンと迫ってくる中、不意にプレッシャーが一気に軽くなったのを感じた。
どうやらプレッシャーの主は俺達のことを見逃してくれるようだ。
安堵の中最後に一瞬だけ稲光が走り、雲の中に巨大な鳥のような生物のシルエットが垣間見えた。
(一瞬見えたアレがプレッシャーの主なのか?それにしてもデカい。雲の中に見えたシルエットだから大きく見えただけかもしれないが、もしあのシルエットのままの大きさだったとしたら亀龍と同じぐらいの大きさになるぞ!亀龍以外にもあんなにデカい生物がいるのか!?)
「おい!このままじゃ減速しきれないぞ!なんとかのらないか?」
最後に見えたものが何だったのかを深く考える暇も無く次の危機がすぐそこまで迫ってきていた。
「可能な限り減速に集中しろ!俺はなんとかして衝撃を殺す!」
クリスのおかげで落下のスピードは少しづつ減速してきている。
俺は盾の機構を展開しながら下に向かって盾を投げ、『闘氣』の力場を駆使して腕と盾を繋いでいる鎖が螺旋の形を作るように操作する。
そして形ができた後は全力で『闘氣』を惜しげもなく使い螺旋の形を維持するように努める。
「着地だ!衝撃に備えて気合入れろ!」
「応っ!」
クリスにと言うよりは自分自身に活を入れるつもりで言った言葉だったのだが、クリスからも気合を感じられる返答が返って来た。
最後の抵抗として先行させていた盾が地面に接触した瞬間に『剛体』を使い防御力を一段階引き上げて衝撃に備える。
そしてその直後に全身を襲う体がバラバラになりそうな衝撃。
(この程度ぉ…力加減をミスったセンスイ先生の一撃に比べれは…軽い!)
カウンター主体の戦闘スタイルで闘うなら相手の攻撃を見切り、そしてなによりも打たれ強くてはならない。
師であるセンスイ先生にそう言われギリギリ見切れる速さに調整された攻撃や、ギリギリ耐えられる威力に調整された攻撃を受け続けた特訓の日々が走馬灯のように脳裏に浮かんだ。
歯を食いしばりながら衝撃に耐え抜き、二人して無様に地面に転がった。
「はぁ…はぁ…はぁ…おい、生きてるか?」
「ふぅ…ふぅ…当たり前だ。こんなところで死ねるかよ。」
「…今回もなんとか生き残ったな。」
「…一昨日に引き続き死ぬかと思ったぞ。」
なんとか生き残ったが体力的にも精神的にも消耗していて起き上がる気力が湧いてこない。
「怪我とかはしてないか?」
「あっちこっち痛いが、骨折とかの大事にはなってないみたいだ。その代わり、切り札を一回使っちまったけどな。そっちは?」
「俺の方も似たような感じだな。戦闘に支障が出る程の負傷はしてない。ただ、短期間に『闘氣』を乱用したから流石に少し休まないと動けん。」
こうして俺達の魔将討伐という挑戦は前途多難な幕開けとなった。
今回の話で二人が墜落から生き残れたのは、ロア視点だと猫写がなかったのですがクリスが切り札を消費して衝撃の大部分を相殺したのと、ロアが咄嗟に盾を即席のバネにして衝撃に備えたのが大きいです。
二人がそれぞれでベストを尽くさなかった死んでました。




