南南東方面の防衛戦線ー3
逃げて来た人物が連れて来た半透明の魔物の正体はレイスだった。
それも一体や二体ではなく結構な数がいそうだった。
この魔物は幽体というよくわからん体の構造をしており、足音や臭いが一切しないので目視か気配で察知するしかないのだが、乱戦をしている戦場では周囲に複数の気配が入り乱れているので気配だけでの察知は難しい。
その上、体が半透明だから視認しにくいので正確な数が何体いるのかわからなかった。
「ゲッ…レイスかよ。それも何体いるかわからねぇし…面倒だな。」
厄介なことにレイスには物理攻撃がほとんど効かない。
武器に『闘氣』を纏わせて力場を形成すれば攻撃は通るので倒せない敵ではないが、霊体であるが故に肉や骨などの素材が一切取れない。
一応、倒すと核らしき石コロのような素材を落とし、それは魔導器の材料としてそれなりに需要があるのだが、逆に言うとそれ以外の素材は全く取れない。
だから俺のような前衛職の者達からすると労力を使う割に実入りが少ない不人気な魔物だ。
「なんか透けるな?どういう魔物なんだ?」
「アレはレイスっていう魔物だ。物理攻撃がほとんど効かない半面でエネルギーを直接ぶつけるような物理的接触をしない攻撃にはめっぽう弱いっていう極端な性質を持つ魔物だな。」
「ふーん……体を魔力によって構成しているのか…でも魔力瘴壁の類いはなさそうだから…いけるな。おい、アレはオレが貰っていいか?」
「倒せるなら好きにすればいい。というか、俺としてはまともに相手すると消耗する割に得られる物が少ないからそっちで相手してくれるならぜひやってほしいぐらいだ。」
「それなら…ホイっと。」
気の抜けたような掛け声とともにクリスが一瞬の閃光を放った。
その効果は抜群で閃光を浴びたレイスは一瞬にして核らしき石コロを落として消失してしまった。
「は?」
レイスは魔導士なら比較的簡単に倒してしまえる魔物ではあるが、こんなに無造作に放った一撃で全滅させるとは思っておらずつい間抜けな声が出てしまった。
「思った通りコイツ等はいいカモだな。楽に倒せるからもっと来て欲しいぐらいだ。」
「今の魔導術はなんだ!?確かに魔導術ならよく効くが今の一発は効きすぎってくらいだったぞ!」
「どういうやらオレの攻撃はあの手の魔物には特効みたいだな。ま、体を魔力で構成しているクセに魔力瘴壁が無いんなら当然っちや当然だな。」
先程の自爆を止めて見せたことやクリスの言動からして、もしかしたらクリスは魔物の魔力に直接干渉をする魔導術が使えるのかもしれない。
この仮定が正しいなら非常に興味深い能力で今回の連携の仕方に大きく関わってくる。
クリスは自分の力については後で話すと言っていたが最低限のことは今確認しておくべきだろう。
「クリス、今後の連携の為に一つだけ答えてくれ。お前って魔物の魔力に干渉して魔法を止めたりできるのか?」
「干渉か…干渉出来るっちゃあできるが、正確にはオレがやってるのは相殺だ。だから体外に放出された魔力ならある程度消せる。反面で魔物の体内で完結しているような魔力の利用の仕方だったら手が出せない。」
「つまりどういうことだ?」
「魔物が何をしてくるかによるってことだ。場合によっちゃ打ち消せる。」
「…つまりはあまり当てにしない方がいいということか。」
戦場において〝できるかもしれない〟程度の信憑性に命を預けるのは、追い詰められてそれしか選択肢が無い時だけで十分だ。
「いや~、旦那方はお強いでんな〜。おかげさまで助かりましたわ。」
話をしている内に魔物を連れて来た厄介者がこちらに合流し話しかけてくる。
本来ならさっきのような場合によっては死人が出るなすり付け行為はマナー違反だが、首から下げているプレートを見るにこの人物は『集荷衆』の一員で非戦闘員であるようだ。
であるのならは情状酌量の余地がある。
「非戦闘員であれば仕方がない部分もあるが今のはどうかと思うぞ。」
「申し訳ねぇ。ですが言い訳させてもらうと、あっしも気配・臭い・音全部抑えて動いてたんですぜ?でもあのレイスって魔物は得体が知れなさ過ぎて…」
確かに魔物は種によって生態がよくわかっていないものも多く存在し、とりわけレイスはわけがわからない魔物としても有名だ。
目や耳、鼻があるようには見えないのでどうやって敵の存在を検知しているのか不明だし、何を食べているのかも繁殖方法も不明だ。
戦闘職である俺達からすれば敵意を持って襲ってくる時点で敵なのでそれだけわかってれば問題ないのだが、そもそも生物かどうかすらも怪しい存在だ。
「まあ、災難だったな。せっかく来たんだし、俺達の獲物は任せていいよな?」
「もちろんでさぁ!あっしが責任を持って旦那方の荷は運ばさせてもらいまさぁ。お前達、出番だぞ。」
そう言って背負っていた木箱を地面に下ろすと、箱の中から大量の蟻がワラワラと出てきた。
見たところ魔力を持たない普通の蟻ようだ。
傭兵の国には自らで品種改良した虫を操って闘う一派がいるのでこの男もその中の一人なのかもしれない。
「そういえば名乗っていませんでしたね。あっしは『集荷衆』のアシダバってもんで、仲間内では『蟻塚』って呼ばれてまさぁ。旦那方はなんてお名前で?」
「…俺はロア。こっちはクリスって名乗ってる。」
「浅学なもんでクリスって方には覚えがありませんが…その二つの盾からして旦那の方は〝『二枚盾』のロア〟で合ってますかい?」
「うっ………そうだ。」
『集荷衆』は戦闘職の者達の情報に敏感だ。
だから最近ごく一部で呼ばれ始めてる俺の通り名である『二枚盾』の事も知っているようだ。
俺としてはこの通り名はダサいのであまり浸透して欲しくないのだが、元々通り名というものは何かの拍子にその人物のことが話題になった際に、名前は覚えてないが戦闘スタイルなら覚えているって人が適当に付けて呼び始めることが始まりである場合がほとんどだ。
だから本人が望むような名前が付くかは運によるところが大きく、どうしても気に入らない名前が付けられた際は侮辱であると訴え決闘してわからせて撤回させる必要がある。
誰が始めに呼び始めたかわからない場合は、気に入らない通り名で呼んだ者達全てを片っ端から殴っていかなければならないので非常に面倒なのだ。
「なんだそりゃ?お前『二枚盾』なんて呼ばれてるのか?なんか貝みたいな名前だな!」
「ごく一部でそんなふうに呼ばれた事があるってだけだ。まだ定着してるわけじゃない。」
と、思いたい。
なにはともあれ、この話はあまりしたくないので無理矢理話題を変えることにする。
「そんなことより、『蟻塚』あんたはこの蟻を使って荷運びするのがやり方なのか?」
「そうでさぁ。操り方は一族の秘伝なんでお教えできねぇですが、蟻って生き物はこう見えて自分の何十倍もの重さの物でも持ち上げで運ぶことができるで凄い生き物なんなんでさぁ。それに外見もよく見ると意外と可愛いさとカッコ良さを両立した魅力が……」
「そっ……そうか。」
話題を変えたはいいが予想外の熱量で返されてしまった。
「とにかく、俺達はもう少し稼ぎに行くからその頼りになる蟻で運搬は頼んだぞ。」
「おや、いまからもまだ狩りを続けるつもりですかい?そろそろ角笛が鳴ってもおかしくない時間ですぜ?」
「なに?もうそんな時間か?」
飯を食ってからの途中参加だったのでまだ余力も残っているが、角笛が鳴るならここらが潮時かもしれないなら。
「角笛ってなんだ?」
「そっか、お前はその辺りの傭兵の国の常識もまだ知らないんだったな。角笛ってのは『防人衆』が防衛の人員を交代する時に合図で吹くものだ。」
「あ〜、なるほど。ずっと闘い続けられるもんでもないから途中で交代すんのか。でもそれは『防人衆』って連中の話だろ?オレ達まで一緒に交代しなきゃならないもんなのか?」
「いや、俺達は『防人衆』じゃないからそんな義務はない。ただ大人しく下がっておかないと巻き込まれる可能性がある。」
「巻き込まれる?」
「ああ、『防人衆』の連中は基本的に交代が来るまで闘い続けなければならないから、常にある程度の余裕を残しながら闘ってる。でも交代が来るならその後に余力を残しておく必要はない。だから角笛が鳴ると『防人衆』の連中は残しておいた余力を使って大技を連発しはじめるんだ。それで…今回の防衛戦で主力になっている『大地鎧』が繰り出す大技は威力も規模もえげつないの一言でな…」
説明をしている内に実際に交代の合図の角笛の音が響いた。
「ヤベえ、一回目がもう鳴っちまった。三回目が鳴った後に大技が来てその混乱に乗じて人員の入れ替わりが起こるからそれまでに一旦前線を離れておいた方が良い。交代後にまた防衛戦にさんかしてもいいがここは一旦戦場を離れるぞ。」
時間が無いので強引に話を終わらせて戦線を離脱しようとクリスに手を引いた。
「さっきの『蟻塚』ってヤツ、もういなくなったぞ。」
『蟻塚』は一回目の角笛が鳴った時点で大量の蟻を引き連れて既に視界から消え移動を開始しているようだった。
「『集荷衆』の連中は戦闘能力が低い分危険に対する嗅覚みたいのなのが鋭いからな。逆に言うとアイツがもういないということはここもそろそろ危なくなるってことだ。だからとっととこの場を離れるぞ。」
ということなので俺達も一旦戦闘を中断し撤退を開始する。
道中の撤退中に俺達を見つけた魔物が襲ってくるが今は相手をしている暇はない。
「向こうから来てくれるのに逃げるのはなんかもったいないな。少しぐらいは相手してもいいんじゃね?」
「ダメだ。倒した後に素材を運びながら離脱する時間が無い。攻撃は足止めの為の牽制だけにしとけ。」
俺の指示に従いクリスが空を飛びながら牽制の為に頭の上の光輪を再び分裂させて光線を放ち始める。
そうこうしているうちに二回目の角笛が響いき、同時に足元の地面が僅かに蠢き始める。
「ん?なんか今地面が少し動いてなかったか?」
「『大地鎧』さんが大技を繰り出す前の予備動作だ!急ぐぞ!」
幸いにも撤退する味方への配慮もあるのか地面の蠢きは走るのを阻害するほどではない。
「お先っす!アンタ達も速く引かないと呑まれるッスよ!」
ここで後方からもの凄い速さで『雷獣』が俺達を追い抜いていった。
一瞬しか見えなかったが『雷獣』は肩に負傷者と思しき誰かを担いでいるようだった。
(にしても、『雷獣』のヤツ…誰かを担いだ状態でも俺よりも速いとか…速さの次元が根本的に俺よりも上ってことかよ。薄々そんな気はしてたけど改めて突きつけられるとショックだな。)
そんなことを考えて撤退していると、途中で俺達と同様に撤退している別のグループ達の姿が見えてきた。
その中でも一際目立つのはゴツい鎧に身を包んだガタイの良い大男とその肩に乗った魔導士風の女の一組。『剣角』と『魔笛』の二人だ。
『剣角』の方は立ちふさがる魔物を走る勢いを落とさないまま突っ込み体当たりで粉砕しており、『魔笛』の方はその通り名の由来となった笛を吹いて魔道術を発動させ他の傭兵の国の戦士達が撤退するのを助けている。
「クリス!あの人達を見習ってお前も他の撤退している連中を援護して恩を売っておけ。ここで顔を売っておけば後々役に立つかもしれん。」
「オッケー。」
そんな具合でクリスは自分達に向かってくる魔物以外の魔物にも攻撃し始めた撤退戦は進んだ。
一方で俺は向かって来る魔物をいなして捌きながら走る分には問題ないが、周りの人達のフォローの為に攻撃しながら撤退するような器用なことはできないので、ひたすら自分に向かって来る魔物の相手をしながら走る。
しばらくそのまま走り、周りに魔物があまりいなくなった所で三回目の角笛が響く。
そして『大地鎧』さんの大技が本格的に始まった。
続々と名前だけ出てきていたキャラクターがチラリと出てきていますが残念ながら今回の章で彼らにスポットライトが当たることはありません。
一応全員のちょっとしたキャラ設定などは考えてるので、いつか本筋に絡んだ時にでも掘り下げができればいいなと思いながらも、今のところ全員の掘り下げができる見込みはありません。
悩ましい。




