南南東方面の防衛戦線ー1
南南東の防衛戦線に到着すると、そこには外側に向かって伸びる不自然に地面が隆起してできたような槍衾の壁があった。
「なんだこりゃ?地面って自然にこんなふうになるのか?」
「知らん。だが、これはおそらく『大地鎧』の通り名で呼ばれるジョゼットさんって人がやったんだと思う。あの人は地面に干渉する魔導術の使い手で土から作ったゴーレムを着て闘うらしいから、これぐらいのことは朝飯前で出来るだろうし。」
「ゴーレムを着る?なんか面白そうな闘い方をするヤツがいるんだな。」
「傭兵の国には奇抜な闘い方をする人はけっこうゴロゴロいるぞ。そんなことより俺達も前線に行くぞ。」
興味深そうに土でできた槍衾を見ているクリスをせっついて前線に向かう。
前線ではあっちこっちから戦闘音が聞こえ乱戦になっていた。
得物を品定めできる状況ではないので近くにいた魔物に奇襲をかける形で俺達も参戦する。
俺が最初に攻撃したのはオークだった。
こいつらは猪を人型にしたような魔物で手先が器用なので簡単な道具や武器を使うことができる。
雑食性なので肉に若干臭味があるが、下ごしらえをしっかりと行い臭味を取ることができれば食用肉としては美味しく頂けるので悪くない稼ぎになる魔物でもある。
ただし、群れることで連携してくるようになるので、複数の個体を同時に相手する時には囲まれないような立ち回りが必要になる。
そして今回のオーク共は八体の群れを形成していた。
奇襲を仕掛けた一体は決まれば防御力を一部無視できる浸透打を背面から心臓に打ち込んだので、一撃で致命傷を与えられているので残りは七体。
まだそこそこの数が残っているので、こちらの奇襲に対してまだ完全に態勢を立て直せていない今の内にもう一体ぐらいは狩っておくべきだろう。
そう判断したしたからには即座に動く。
近くにいたもう一体のオークに狙いを定めて盾の機構を動かして出した刃を振るい喉笛を深く引き裂く。
これで残りは六体。
ついでにそのまま、今狩ったオークの死体を抱えて半回転し血が噴き出す方向を変え、俺に攻撃をしてこようとしていた残りのオークへの目潰にしながら一旦距離を取る。
狙い通り噴き出す仲間の血が目に入りオークの攻撃の手が止まった。
そんなオークの眉間を光線が貫いた。
光線が飛んできた方にチラリと目線を、やると空に浮いたクリスが周囲に浮かべた光球を二つ連結させてから光線を放っているのが見えた。
オークは皮下脂肪と骨が頑丈なのでそこそこ防御力が高いのだが、どうやらクリスはやり方次第でオークの防御を貫通する威力がある光線を出せるようだ。
連発していないところを見ると、一発撃つのに少し溜める必要がありそうだが、後衛の味方にオークを一撃で倒せる攻撃手段があるのなら頼もしい限りだ。
あの貫通力なら上手くすれば直線上の二体を同時に仕留めることもできるだろう。
「それ、もう一発撃つのにあとどれぐらいかかる?」
「もう撃てるぞ。だいだい連射の間隔は三秒ぐらいと思ってくれていい。」
頼もしい回答が返って来た。
残りのオークは五体。オーク以外にも得物はいるのでここで時間と労力を使い過ぎたくない。
オークはそんなに知能が高い魔物じゃないから誘えば乗ってくるはずだ。
「二体抜け!」
言うと同時に動いて正面のオークとの距離を一気に縮めると案の定、正面のオーク以外の四体が俺を囲むように動いた。
この動きによりクリスの光線の射線上に二体のオークが重なる瞬間が生まれ、クリスはその瞬間を見逃さずにさっきと同じ貫通力が高い光線で二体同時に仕留める。
一方の俺は正面のオークが振り下ろす棍棒の一撃にカウンターをあわせにいく。
狙うのは棍棒を握っている手。
振り下ろされている棍棒に速度が乗りきる前に、それを持っている手めがけて盾の側面をぶつけ攻撃そのものを潰す。
手の骨が砕け持っていた棍棒があらぬ方向へフッ飛んでいった。
痛みから負傷した手を庇っているところに容赦無い追い討ちをかける。
ここでクリスが攻撃しなかった側から回り込んで来たオークの一体が、負傷した味方のオークへの追撃を阻止するようにして俺に攻撃を仕掛ける。
だが残念な事に俺の武装である円盾は両手に装備している。
振り下ろされて粗末な剣の側面に片方の盾を当てて叩き折り、同時に残るもう片方の盾の機構を動かして刃を出して負傷したオークの喉笛を切り裂く。
これで残りは二体。
数の有利を失ったオーク達だが交戦の意思はまだあるようだ。
残った二体は俺を挟撃するような立ち位置を取り、更にその内の一体はクリスの射線上に俺が入るような位置を取っている。
これでクリスの攻撃を封じたつもりなのだろう。
オーク越しにチラリとクリスに視線を向けるとクリスの目は「撃っちまっていいよな?」とでも言いたげな目をしていた。
俺が小さく頷くと間を置かずクリスは光線を発射した。
味方ごと攻撃してくるとは思っていなかったオークはオークはアッサリと光線に貫かれ、その射線上に居た俺は身を躱しつつ光線に盾を合わせ『闘氣装甲』の力場で軌道を曲げて最後に残ったオークに当たるように調整する。
この攻撃に対応できなかった最後のオークも光線に貫かれオーク達は全滅した。
「よし!オレが五体でお前が三体。中々順調な滑り出しだな!」
「おい待て。最後の一体をお前が殺ったかどうかは審議だろ?」
「オレの攻撃で仕留めたんだからオレだろ。」
確かにそれはそうなのだが、俺が曲げなかったらあの攻撃はカスリもしなかったはずだ。
反論しようと口を開きかけたところで新手の魔物が現れた。
向かって来たのはレッサーデーモンが四体。
こいつらは名前の通り下級の悪魔に分類される魔物だが、下級だからといって侮っていい相手ではない。
そもそも魔物の中でも悪魔という種そのものが他の魔物とは別格の存在だからだ。
悪魔という種を他の魔物と別格と言わしめる最大の要因は〈魔法〉にある。
下級の魔物や一部の例外を除けば、通常魔物は一つか二つぐらいその種全てが共通して使える〈固有魔法〉という一種の特技を持っている。
この〈固有魔法〉は魔力によって特定の現象を引き起こすものだが、悪魔という種はこの〈固有魔法〉ではなく〈魔法〉そのものを使うことができる。
これにより悪魔という種は〈魔法〉で火の球を作りだし投げつけてきたり、風の刃を作り出し放ってくる等の何でも有りの多様な攻撃ができるのだ。
更に〈魔法〉は魔導術と違って予備動作というものがほぼ無いのも厄介な点だ。
知り合いの魔導師の話では魔導術は術式を構築した回路に従った現象を引き起こすものだが、〈魔法〉はそういった過程をすっ飛ばして〈魔力〉によって無理矢理現象を引き起こすため予備動作が無いらしい。
また、こいつ等は元々の身体能力もそこそこ高いのだが、そこから上乗せして魔力による強化もできるので近接戦闘も普通にこなせる。
ちなみに素材としては、骨や皮の強度が高いため防具の素材として人気があり、血液は魔導器の触媒として優秀、内臓の一部は薬の材料として重宝される。
だが残念ながら肉はあらゆる料理人が試行錯誤したものの、どう調理しても不味いという結論が出てしまっているらしい。
栄養価は高いという話なので、たい肥用のスライムに溶かして畑に撒くと作物の成育が良くなるので使い道はあるようだ。
俺達との間にはまだ少し距離があるので、クリスが先制してさっきオーク達を貫いたのと同じ光線を放つがオークの時と同じ様にはいかず、光線を受けたレッサーデーモンは少し怯んだ程度でほとんどダメージを受けていないようだった。
「クリス、気をつけろよ。こいつ等はさっきのオーク共と同じ様にはいかない相手だ。」
「みたいだな。…魔力瘴壁で聖光がかなり相殺されちまってる。放射系の技だとダメージは見込めないか…となると残された手は…」
クリスは一人でブツブツと何事か呟いていたが、不意に周囲に浮かべていた光球全てを一つにまとめて形状を輪っかのような形に変化させた。
それを頭の上に浮かべると手に光を集め、槍のようなものを作り出す。
「合体して形状が変わった!そんなことできたのかお前!?というか近接戦するつもりか!?」
「これは元々こういう形状のものを三つにバラして使ってたんだよ。あと、この槍はある程度手元から離れてもコントロールできるから中距離で立ち回るつもりだ。ただ、アイツ等はオレを狙って攻撃してくると思うからスマンがバックアップしてくれ。」
その言葉通りこちらに迫ってくるレッサーデーモン達の視線はクリスに集中しているようだ。
こういう場合は臨機応変にクリスが敵の注意を惹き、俺が仕留めるのが理想なのだがクリスはまともな防具も装備していない。
傭兵の国には動き安さを重視して防具の装備を最低限にしている者もいるが、近接戦をやる者で防具を全く身につけていない者は流石にいない。
あの常時半裸+マント姿で生活し「筋肉という最強無比な鎧にして愛しき恋人達に護られている私に防具など必要無い!」と豪語している『肉体火』さんでさえ、「ここだけは筋肉によって護られていないから例外だ。」と言って戦場では鋼鉄製の勝負パンツを穿いているぐらいだ。
だが今のクリスに攻撃が集中するのは流石にマズイ。
よってここは強引にでも攻撃を俺に向けさせる必要かある。
「『誘引』を使う。意識して俺以外を注視するようにしとけ!」
宣言と同時に『誘引』を発動させる。この技は『獣氣』によって体臭をコントロールすることで魔物が気になるような臭いを発して注意を惹く技だ。
当然ながら鼻がいい魔物にほどよく効き、臭いを感知しない魔物には全く効果が無い。
レッサーデーモンの嗅覚は鈍くはなかったはずだからこれで注意を俺の方に向けさせることができるはずだ。
そう思っていたが、予想に反してレッサーデーモンの視線は依然としてクリスに向けられている。
レッサーデーモン以外の魔物も引き寄せてしまう恐れがあるのであまりやりたくなかったが、ここは『誘引』を強めに使うしかないだろう。
『誘引』の出力を一段階上げると流石にレッサーデーモンの視線は俺に向いた。
レッサーデーモンが攻撃してくる前にクリスが先制し先頭にいる一体に光の槍を投げる。
投げられた光の槍は一直線に飛びレッサーデーモンに迫るが、レッサーデーモンは腕を盾にしてこれを受け止める姿勢に入った。
光の槍は最初は何かに阻まれるようにしてレッサーデーモンの腕に突き刺さらなかったが、光の槍が回転し始めたことで勢いがつき腕を貫通するに至った。
このままその先の頭部にまで光の槍が突き進むかと思ったが、レッサーデーモンは腕を突破された瞬間に身を捻りギリギリのところで直撃を避けた。
致命傷ではないものの大きなダメージを与えることには成功しているようで、このレッサーデーモンの足は完全に止まった。
だが、先制攻撃できたのはここまでで残りの三体は既に俺に攻撃できる距離にまで来ていた。
時間差をつけた連撃で各々が棍棒のようにゴツい腕を振りかぶって突っ込んで来る。
これに対して俺はレッサーデーモン達を後ろに通すわけにはいかないので回避という選択肢が取れない。
かと言って数で負けているのだから全てを防御したとしても囲まれればジリ貧になる。
故にこの初撃の攻防で最低でも一体は戦闘不能にしておかなせればならない。
「一体目を崩すからそいつだけは確実に仕留めろ!」
幸いこの初撃は突っ込んで来た勢いが乗った攻撃だから矛先を逸らせば態勢を崩し安い。
先頭のレッサーデーモンの腕が俺に届く前に、敢えてこちらから姿勢を低くしながら距離を詰めるように踏み込み懐に入り込み、下から顎を打ち上げるような盾の一撃を加えると同時にもう片方の盾を腹に押し当てながら持ち上げる。
これにより突っ込んで来た勢いが残っているレッサーデーモンの体勢を崩すことに成功した。
後は後衛のクリスが上手くとどめを刺してくれるはずなので、俺はこのまま残りの二対のレッサーデーモンの攻撃の対処に移る。
とはいえ、一体目の体勢を崩す為に大きく動いたこともあって俺が取れる選択肢は少ない。
二体連続で突っ込んで来るレッサーデーモンを迎え撃つ方法として俺が選んだのは、真正面から受け止めて弾き返えすことだった。
一体目の攻撃に合わせて『剛体』を発動させる。
この技は弛緩状態から一瞬で全身に力を入れることでその瞬間だけ体を硬くして防御力を高める技だ。
叩き付けるようにして振り下ろされたレッサーデーモンの腕の衝撃を全身を通して地面に逃がし、衝撃を逃がし切ったところで反撃に転じる。
盾ごと体でぶつかるいわゆるシールドバッシュに、流れるような体重移動によって全身から生み出した運動エネルギーを相手に叩き付ける発勁と呼ばれる技を乗せた一撃でレッサーデーモンを吹き飛ばし、後から続く三体目のレッサーデーモンにぶつける。
こうして吹っ飛んで来た仲間を受け止める形になった三体目のレッサーデーモンの攻撃は不発に終わった。
ここでチラリと後方の様子を伺うと、クリスは先程俺が体勢を崩したレッサーデーモンの脳天を光の槍でぶち抜きしっかりと仕留めてくれていた。
「そいつもお前だけの手柄か?」
「流石にここまでオンブにダッコされてソレを言う気はねぇよ。」
初回の攻防を切抜けたことで少し余裕ができたので軽口を飛ばすとクリスからも軽口が返ってきた。
どうやらお互いにまだ少し余力はあるようだ。
そんなふうに思っていた次の瞬間に戦況は変化した。
こちらに向かって来る複数の足音が聞こえ始めたのだ。
どうやら強めにかけた『誘引』が仇となって鼻が利く魔物を引き寄せてしまったようだ。
足音からしておそらくは味方ではなさそうで四足獣型の新手だ。
数はわからないがリズムが軽快なことからスピードが速いタイプの魔物だと思われる。
今相手をしているレッサーデーモンは魔法による遠距離攻撃も可能な万能型の魔物だ。
ここにスピードが速い前衛が加わると俺一人では捌ききれなくなる恐れがある。
ついさっきまであった余裕は消え去り一転して追い詰められてしまった。
「これは…ちょとヤバいか…。」
俺は無意識にそう呟いていた。
『大地鎧』を自然とガイアアーマーと読んでしまった読者の方。
その読み方で正解です!




