六日目
朝早に起こされた僕達は朝食の配給を受けた後、配属される砦へ移動していた。
東方砦はここら辺の地域の最重要拠点であると同時に最終防衛ラインでもある。この砦の最奥には王都の大結界を補助す役割もある東域結界を展開する遺物があり、東方伯騎士団はこれを守ることを最重要任務とする騎士団らしい。
僕が配属されるのはこの東方砦よりも前線に近い位置にある東域四番砦という場所らしい。ちなみに昨日再開した彼も同じ配属先のようだ。
移動中あまり見たくなかった者が視界に入った。先日のクソ騎士だ。
なにやら、立派な馬に騎乗しており機嫌が良さそうだった。案外このクソ騎士も隣を歩く彼と一緒で権力を取り戻すチャンスが来たとでも思っているのかもしれない。
「おお、なんと立派で勇ましい騎馬でしょうか!そこに騎乗する騎士様もそれに相応しく勇猛な御方のようだ!心強い限りです!」
いつの間にか隣に居たはずの彼がクソ騎士のところへゴマすりに行っていた。サクセスストーリーの第一歩として色々な騎士に気に入られるようにしているようだ。
「ほぅ、下膳な身のわりに見る目はあるようだな。この馬は我がボクチン男爵家が所有する最強の軍馬なのだ。その名はジルパ!勇猛にして優美な名前だろう?由緒正しい血統の馬と魔獣を掛け合わせたハイブリッドで…」
なにやら自慢げに語りだしたがそんなことより、ボクチンというのが実は名前だったことに軽い衝撃を受けて話が頭に入ってこなかった。
目的地の砦に到着するとすぐに配置が決められ号令に合わせて矢を射る訓練に入った。僕の配置は弧を描く様に建造された城壁の端の部分で両端にある出入り口に近い場所であった。緊急時には逃げやすい場所なので幸運な位置だと思う。
「構えぇーーーーーーーーーーー。…………………………放てぇーーーーーーーーーーー!」
何度か号令に合わせて訓練用の矢を射る。最初は不安だったがある程度の人数が揃っての一斉射撃なので矢の雨が降ると言える様相だった。先日の剣麟蜥蜴のような全身鎧の魔物でもない限りそれなりの効果が期待できそうだ。
訓練の後は昼食の配給を受けて小休止となった。休み中、また彼が来て矢継ぎ早に話しかけてくる。
「クソッ、一斉掃射だと誰が魔物を仕留めたのかわかりずらい。これじゃ俺の華々しい活躍が騎士たちの目に留まらないじゃないか!いっそのこと、砦がある程度破壊されるような事態になったほうがいいな。強力な魔物の一撃で城門を破られ絶体絶命な騎士たち、そこに素早く駆けつけた俺が一瞬のスキを突き急所を一撃し見事に討伐、称賛の嵐が俺を包む。…こうなるためには魔物たちにも少しは頑張ってもらわないと困るな。」
なにやら元気に妄想を垂れ流している。いい機会なので魔王の侵攻について少し聞いてみることにした。
「なあ、×××ック…僕たち生き残れるかな?」
「なっなんだよ急に。大丈夫に決まってるだろ。」
名前が微妙にわからないのでシリアスな口調と語彙を曖昧にして誤魔化したのだがなんとか通じたようだ。
大丈夫とは言うがどこか強がりを言ってるようにも聞こえる。昨日からの妄想話も不安の裏返しなのかもしれない。
「僕は最近傭兵の国の人達と知り合いになってさ、少しだけどその人たちが闘う姿を見る機会があったんだ。はっきり言って同じ人間とは思えない強さだったよ。でも魔王の軍勢との戦いはそんな人たちでも死ぬことがある戦いなんだって思うと…なんか怖くなっちゃってさ。」
気づくと心の内にあった不安な思いを吐き出していた。実際、僕もコイツも弓が少し使える程度の素人だ。まともな闘う訓練も受けていないし戦場で死ぬ覚悟もない。なのに流されるままにこんな戦場に来てしまった。
「考え過ぎだろ。さっき騎士との会話で聞いたんだけど、この砦は魔物を弱体化させる結界の深度とかいうやつが2.5もある場所らしいぞ。俺やお前の村が0.5らしいから、その5倍ぐらいの結果の力強いってことらしい。結界の深度が深い場所だと魔物は大幅に弱体化するらしいから結界の外で戦うやつらとは事情が違うだろ。」
こいつなりに僕を励まそうとしてくれてるんだろうけど生死にかかわることだ。楽観視は死につながる。
いまいち結界深度が2.5といのがどれほど凄いのかピンとこない。僕たちの村が0.5らしいからそれを基準に考えてみる。村の周辺には基本的に魔物は巣を作らないが、森の見回り中には魔物と遭遇することはたまにある。つまり住処としては不適だが餌を求めて徘徊する分には問題ない程度ということになる。
それの5倍…あまり期待できないのでは?
とうにも不安が拭えないんまま小休止の時間が終わってしまった。
いつ魔王の侵攻が始まるかわからないので部隊を二つに分け交代で警戒に当たることとなった。僕は夜間の警備組に回されることになったため先に寝るよう指示された。
固い床に敷かれた薄いベットロールの上で横になる。不安と寝心地の悪さでどうにも寝付けない。何度も寝返りをうちながら今後の事を考える。
思い出すのは村を出る前にクランさんから餞別として話してもらった生き残ることへのアドバイスだ。
「最後になるかもしれないから、そうならないためのアドバイスをやろう。魔王の侵攻には幾つかの波がある。一段階目は魔王が支配下に置けなかった魔物や置くまでもないような雑魚魔物を魔将が指揮する魔物で追い立ててできる波だ。雑魚ばかりだが死に物狂いで突っ込んでくるから飲まれると死ぬぞ。二段階目の波は魔将が指揮する魔物の群れだ。組織的に動き近くに魔将もいるから侵攻の障害となると判断されると袋叩きにされる。三段階目の波は魔王本人もしくはその右腕となる魔将の直接侵攻だ。結界の範囲内に大量の魔物が入り込むと結界の効果が減衰していく。そうなると魔王が直々に出向いて結界を展開する遺物を破壊しに来る。巻き込まれたらまず生き残れないだろうな。」
「どれもヤバイじゃないですか!」
「そうだな。まともに闘えば素人同然のお前では生き残れんだろう。」
「…つまり僕はもう死ぬしかないってことですか?」
「まともに闘えばって言ったぞ。まともに闘わなければ生き残れる可能性があるってことだ。」
「どんな戦い方をすればいいんですか?」
「侵攻の混乱に乗じて逃げちまえ。」
「戦わないで逃げろということですか?」
「ちょっと違うな。闘うってことは自分の命と命より大事なものを失わない為に全力を尽くすってことだ。その為の選択肢として逃げることを選ぶんだよ。」
「なんですかそれ?結局ただの詭弁じゃないですか!」
「まあ、そうかもな。」
あの時はただの詭弁だと思ったが戦いを目前として何が言いたかったかわかった気がする。
(クランさんの言う通り混乱に乗じて逃げよう。生き残るにはそれしか無い。)
そう心に決めると不安が少しだけ和らいだ。
具体的な逃走のプランを考えているうちに何時しか眠りについていた。
「交代だ。起きろ!」
見知らぬ兵士に起こされ目を覚ます。眠りが浅かったせいか寝起きにしては意識ははっきりしていた。
松明を持ち見張りの持ち場につくと周囲はすっかり夜になっていた。
目の前には夜の闇に染められた森が不気味に佇んでいる。
見張りをしながらも最後の悪あがきとして『獣氣』を練る練習をする。『獣氣』は身体能力を向上させたり出来るらしいので、混乱に乗じて逃げる時に『獣氣』が使えれば生存率は大幅に上がるだろう。
身体の奥底から湧き出る『氣』というのはなんとなくわかるのだが、相変わらず『獣氣』として練り上げるには感覚が掴めない。
(身体の中を奔放に駆け回る獣のイメージ。…駄目だ、イメージできない。)
奔放に駆け回るというのは言い換えれば自由ということだろうか?
だとしたら、なぜイメージできないかわかった気がした。
(そうか、僕は自由をイメージできないんだ。)
生まれてから村の中という限られた世界でしか生きてこなかった。
その世界には色々な苦労はあったが不自由は無かった。…だが、自由では無かった。
(なら、発想を変える。自由な獣ではなく、僕を自由にしてくれる獣をイメージする。)
今度こそ何かを掴める気がした。
勢い勇んでその先へ進もうとした時、誰かがあらん限りの大声で叫ぶ声が聞こえた。
「敵襲ーーーーーーーーーーーー!」
慌てて森の方を確認すると、森の奥からおびただしい程の魔物がこちらに駆けてくる姿が見えた。
侵攻が始まった。