ハンターギルド
宿屋の一室で目を覚ました。
ボーっとする頭を毎日のルーティンで起こしていきながら昨日のことを整理する。
街に入りチックという協力者を得た後、酒場を自力で見つけ出し情報収集した。
とはいっても、残念ながら大した情報は得られなかった。
おそらく、クリスが街に来てからまだ間もないのであまり噂などになっていないんだろう。
だがそれはそれとして、少し気になることがあった。
俺が自分の身分を明かし傭兵の国のプレートを見せると酒場の客の数人が少し妙な反応をしていたのだ。
(あの探るような視線。それ自体はよく向けられる視線だが…なんかちょっと感覚が違った。言葉にするには難しいが…こう…なんか、馴れ馴れしい感じがした。)
上手く言語化できないが、よそ者を見る目というよりは味方がどうかを見定めているような目だった気がする。
なにはともあれ、俺の方の情報収集は空振りだったのでチックが集めて来た情報に期待するしかなさそうだ。
とは言っても、チックが朝の何時に報告に来るかがわからない。
「確かこの宿は一階に食堂があったな。そこで飯でも食って待つか。」
考えがまとまったので動き始めることにする。
まずは朝飯だ。
一階に降りて適当に料理を注文を済ませ、注文した料理がテーブルに並んだところでチックが現れた。
「ロアにぃちゃん!情報集めてきたぞ。」
元気良く話しかけてきたが登場のタイミングがあまりにも良すぎる。
おそらく近くで待機しておいてテーブルに料理が並んだのを見計らって出てきたのだろう。
「そうか、なら早速報告を…」
ぐぅ~
話の途中でこちらの話を遮るようにタイミング良くチックの腹が鳴った。
この腹の音も計算ずくで鳴らしていたとしたら大したものだ。
チックの物欲しそうな視線に根負けした俺は、溜息を一つ吐いてチックの分の料理も追加で注文するはめになった。
今日は昨日の反省を活かし全て食べ終わってからチックが集めてきた情報を話させる。
「それじゃ、改めて…何かわかったか?」
「うん。一月以上前にロアにぃちゃんが言ってたクリスって名前の傭兵の国のプレートを持った男がこの街に来てたみたい。」
「一月以上前?俺が探しているクリスはその頃はまだクリスとは名乗ってなかったはずだ。となると、クリスに殺られたあの山賊の方か。」
「それだけじゃなくて、そのクリスって男の他にラットっていう傭兵の国のプレートを持った男が一緒に居たって情報もあるんだ。」
「ラット……どこかで聞きいた覚えがある名前だ…。そうだ!しばらく前に獄卒の回覧板で回ってきた要監視対象のリストにそんな名前があった。」
数年前に『獄卒衆』の頭だった御方が一身上の都合で傭兵の国を抜けることになった。
それがきっかけで『獄卒衆』の抑止力が落ちてしまい、元々素行が怪しかった連中が裏でコソコソと動くようになったのだ。
その中で厳重監視対象としてマークされていた者の中に、金プレートまで登り詰め『悪食』の通り名で呼ばれるゴルドーという男がいた。
ゴルドーはしたたかでありながら、ある種のカリスマ性を持っており、素行が怪しい連中を集めて徒党を組んでいた。
そんなゴルドー勢力のメンバーリストが『獄卒衆』の回覧板で回ってきた時に、末端としてラットいう名前がリストに載っていたのを思い出した。
その後、しばらくしてラットは傭兵の国から姿を消した。
『獄卒衆』にマークされたことで動きにくくなり、ゴルドーに渡す上納金を用意できなくなって逃げ出したというのが『獄卒衆』の見解だった。
ラットがどの地点で傭兵の国から離れたかはわからないが、一人で離れたとは考えにくい。
結界もない魔物の生息領域において一人での長期間の旅はかなり難しいものになるからだ。
なにせ、いつ魔物に襲われるかわからない環境での野宿を連日行わなければならないので相当な消耗を強いられる。
俺もこの地域に来る過程では、近くにある【星零獣】の縄張りにギリギリ入らないようなルートを通ることで、できるだけ魔物との遭遇を避けて移動して来たくらいだ。
クリスという名前が要監視リストに載っていた記憶は無いがクリスは銅プレートだった。
それぐらいの実力では一人で傭兵の国を離れてこの街まで辿り着けたとは思えない。
ラットと行動を共にしていた痕跡がある事から、クリスはラットと共に傭兵の国から離れたのだろう。
そして楽をして稼ぐ手段として山賊に堕ちることを選んだ。
「そのラットって名乗っていた男のプレートについては何か情報はあるか?例えばプレートの色とか、半分欠けていたとか。」
「酒場で喧嘩になった時にプレートを見せて威圧してたらしいからそれについての情報もあったよ。なんでも、銀色のプレートで欠けたりはして無かったらしい。」
『獄卒衆』の回覧板で回ってきたラットについての情報でも、ラットは銀プレートだったはずだ。
くわえて、欠けていないプレートを持っているということは、傭兵の国を離れた時に自分のプレートを誰かに
「なるほど、ちなみにその情報は信頼できる筋からの情報なんだよな?」
「うん。なにせそのラットって男と喧嘩して怪我させられて、働けなくなってスラムで暮らすことになったおっちゃん本人に直接聞いたから。」
「そうか、それなら信憑性はありそうだな。」
実際にプレートを見た人物から直接話を聞けているようなので信頼できそうだ。
興味深い情報は手に入ったが、俺が追っている方のクリスの情報は何もない。
(さて、どうするか…ラットの件は気にはなるが、傭兵の国の看板を使って何かしているってわけじゃ無いなら俺が出ていく話じゃない。そして、肝心の一番欲しい情報がない。これはいよいよハンターギルドに行くしかないか。)
傭兵の国の者がハンターギルドに顔を出すと高確率で因縁を付けられる。
それが非常に面倒くさい。
だが現状では他に情報が得られそうな場所がないのは事実だ。
「わかった。引き続き何か情報が入ったら教えてくれ。それと、この街のハンターギルドに案内してくれ。」
俺は腹を括ってハンターギルドに行くことにした。
チックに案内されたハンターギルドは大通りの一等地にある大きめの建物だった。
馬車等を停める為のスペースもあるようで、街の一等地にこれ程堂々と施設を建てているところからして、どうやらこの街のハンターギルドは繁盛しているようだ。
扉を開けて足を踏み入れたるとの値踏みするような複数の視線が飛んで来る。
臆する事なく足を進め受付のカウンターを目指すが、案の定見知らぬ男に進路を塞がれてしまった。
「おいおい、アンタここらじゃ見ない顔だな。」
「確かに俺は余所者だ。ちょと用があって立ち寄ったんだよ。でもそんなことはアンタにゃなんの関係も無いことだろ?通してくれ。」
昨日、門番にプレートを見せてたのをチック同様に誰かが目撃し情報を広めたのだろう。
ハンター達というのは往々にして自分達の縄張りを荒らす可能性がある存在には敏感だ。
「そんなに急ぐなよ。ちょと確認したいことがあるんだ。」
「急いでるんだ。後じゃだめか?」
「なら単刀直入に、アンタはどこの所属だ?」
「お察しの通り、傭兵の国から来た者だ。」
「ほぉ~……傭兵の国、ねぇ。ここがどういう場所だかわかってんのか!?」
「ハンターギルドだろ?それぐらいは承知で来ているさ。」
俺が自分の所属を明かした瞬間に立ち塞がった男の声のトーンが上がり、その声に呼応するように追加で二人の男が現れ俺を囲む。
「スカしてんじゃねぇぞ。俺らは傭兵の国が相手でもビビったりしねぇぞ。」
「別に俺はケンカを売りに来たわけじゃない。アンタ等が少しの間大人しくしててくれりゃなんの問題も起こらない。簡単だろ?」
俺もナメられるわけにはいかないので少しだけ声に圧を込める。
一見すると一触即発のような雰囲気になり、ハンターギルドの職員が慌てて仲裁に入る。
「ちょっとそこ!なにをやっているんですか!ギルド内での私闘は禁止ですよ!」
「チッ、命拾いしたな。次は無ぇぞ。」
職員に諫められたので仕方なく引き下がったとでも言いたげな雰囲気を醸し出しながら男達は退散した。
俺は溜息を一つ吐いて受付の列に並ぶ。
(これだからなるべく来たくなかったんだ。さっきのヤツ等、俺と本気でやり合う気なんてサラサラなかっただろ。囲んできてたヤツ等全員、微妙に重心が後ろだった。それに職員が止めに入りやすいようにこれ見よがしに大声で騒ぎだしやがった。おおかた、傭兵の国が相手でもビビらなかったっていう実績が欲しかっただけなんだろうな。)
対峙した感覚からして、さっき立ち塞がってきた男達は傭兵の国でいえば精々、銅プレート程度の相手だった。
傭兵の国だったら格上相手にあんな態度を取ると即わからされるところだ。
文化の違いではあるんだろうが、格下相手にあんな風に絡まれても大人しくしておかなければならないのはストレスでしかない。
そんなことを考えながら自分の番になるのを大人しく待っていたが、俺の前の人が何やら揉めているようで中々俺の番がやってこない。
「頼む!娘にはもう時間がないんだ!どうにかして星鈴花を採集してきてくれ!」
「お客様のご依頼はすでにハンターが受注し対応中です。」
「その返答は五日前からずっと聞いている。だが一向に進展がないじゃないか!依頼を受注したハンターは既に依頼に失敗し帰ってこれない状況になっているんじゃないのか!?」
「それについても現在確認中でして……」
「そんな悠長な!娘にはもう本当に時間が無いんだ!頼む!」
(……星鈴花なら今持っているな。)
この花は【星零獣】の縄張りでのみ咲く花であらゆる薬の材料として使える非常に優秀な素材だ。
この地域に来る途中のルートで魔物との遭遇を最小現にするために【星零獣】の縄張りの近くを通ったが、その時に運良く発見したので採集しておいた物だ。
星鈴花を求めている依頼主の男は身なりからして商人のようだ。
(商人か…傭兵の国の商人達は情報は商人にとって飯の種だって言ってたな。何かしらの独自の情報網を持っていてもおかしくない。ここは恩を売っておくべきか。)
「横から失礼するぞ。そこのアンタ、星鈴花が欲しいだってな。条件次第だが、コレを渡しても構わない。俺と交渉する気はあるか?」
「なんだお前は…むっ!それは星鈴花か!?頼む!譲ってくれ!」
「条件次第だ。ここじゃ話にくそうだし場所を変えないか?」
「…わかった。私の商会の事務所で話そう。付いて来てくれ。」
本当はハンターギルドで情報屋を紹介してもらうつもりだったが、思わぬところで別の糸口が開けてしまった。
正直、ハンターギルドに借りを作りたくないのでこっちの線からクリスを追うことにする。
万が一この商人が情報を持っていなかったとしても商人なら情報屋に伝手ぐらいはあるだろう。
早足でハンターギルドから出ていく商人に続いて俺も外に出る。
「ここから先は馬車で移動する。ハインツ、馬車を。」
「かしこまりました。旦那様。」
使用人を外に待機させていたようで、商人の男が一声かけると使用人が素早く動き出し留めてあった馬車を回してきた。
「お待たせいしました。」
「ご苦労。さあ、乗ってくれ。」
商人の男に続いて俺も馬車に乗り込む。なぜかしれっとチックが後に続いて馬車に乗り込んできたが、俺がなにか言う前に使用人が馬車の扉を閉めてしまったのでツッコミそびれてしまった。
気を取り直して馬車の内部に視線を巡らせる。
馬車の外装は落ち着いた雰囲気だったが、内装をじっくり見てみると凝った装飾や質がいい素材が使われているのがわかった。
(人を使わずに直接自分がハンターギルドに出向いてたから、そんなに金を持ってない商人なのかと思ってたがけっこう良い馬車を使ってるな。これは思ったよりも大物の商人を引いたかもしれん。)
そんなことを考えていると商人の男が話しかけてきた。
「さて、手短に自己紹介だけでも済ませておこう。私はデミスという者で、この街で商会を営んでいる。」
「俺はロア。傭兵の国に所属していて、ちょっとした用があってこの街に来た。………こっちはチック。色々あって今は一緒に行動している。」
自分の自己紹介を済ませたところで隣に座っていたチックが脇腹を小突いてきたので仕方なくチックのことも付け加える。
「ではロア殿と呼ばせていただくことにしょう。早速で悪いが私には…いや、私の娘にはもう時間が無いんだ。なんとしても君の持つ星鈴花を譲ってもらうよ。」
その真剣な眼差しからデミスという商人の本気が垣間見えた。
個人の能力の差はありますが、ハンターギルドに所属している者と傭兵の国に所属している者を比べると、基本的に傭兵の国に所属している者の方が強い傾向にあります。
これはハンターギルドに所属している者のほとんどが結界の影響で弱体化している魔物を相手にしている為で、彼等も命を賭けて闘ってはいるものの生きるか死ぬかのギリギリの闘いはやらないので、その辺りで差がついています。




