五日目
己の中に形作った獣と己自身を重ねる。元々その獣は己を構成している一部であるので、その手綱を握り息を合わせ己の中で駆け巡らせる。
それが昨日クランさんから聞き出した『獣氣』の運用方法のイメージだそうだ。
もっとも、昨日はあの後色々あって精神的にもクルものがあったので全く『獣氣』について進展は無かった。
具体的には、助けてもらったお礼と称してテイルが晩御飯を作りにきた。一切の手抜きが無い全力で作られた料理のおこぼれを貰った。今までの食べた幼馴染の料理の中でも最も美味しく、非常に微妙な気持ちになった。
付き合っている人がいない事を聞き出しガッツポーズし、どんな女性がタイプかと聞いて料理が上手い子はポイントが高いと言われ満面の笑みを浮かべる幼馴染に更に微妙な気持ちになった。
何かと理由を付けて僕を家の外に出そうとするのには流石に抵抗した。最終的に「二時間くらい夜の散歩に行ってきて?」と言われたので夜は修行を観てもらっていることを理由に追い返して事なきを得た。
そんな鬱になりそうな夜を越え今日も避難に向けての準備を進める予定だ。
朝早くに魔王の〈城〉の場所の特定に成功したシキシマさんが帰還した。
「ただいま戻りました、任務完了です。」
「お疲れさん。本隊への連絡は?」
「連絡済みです。このまま村長殿へ報告に行ってきます。」
「まだ朝早いが、報告は早いほがいいか。俺も一応知っといたほうがいいな同行したよう。」
こうして朝早くに二人で村長の家へ行ってしまった。
その後、スキップしながら朝食を作りに来たテイルが不在を知りガッカリして帰って行った一幕もあった。
村で避難の準備を進めているとまたもや訪問者が現れた。
「すまない、ここに傭兵の国の者が滞在していると聞いた。だれか案内をたのめるか?」
訪問者は精悍な騎士であった。数人の兵士を連れている点は変わりないが、昨日のクソ騎士とは違いしっかりと己を鍛えていることが見て取れた。
二人の所在を知っているのは僕だけだったので僕が案内することになった。
「今は村長の家にいます僕が案内致します。」
「そうか、では頼む。」
「騎士様はどういったご用件で傭兵の国の者をお訪ねしたのか聞いてもよろしいでしょうか。」
昨日の件で意趣返しに来た可能性もある。念のために聞いておいた方がいいだろう。
「魔王の出現についてだ。事が事実なら状況は一刻を争うだろう。出来るだけ正確な情報が必要だからな。」
今度はまともな騎士がきたようで安心した。おそらく、兵士経由で情報が正しく伝わったのだろう。
「村長、騎士様が訪ねて参りました。魔王の出現の件について話がしたいそうです。」
村長の家へ案内するとすぐに家の中に通され話し合いが始まった。
「まずは名乗ろう。私はグレルカイト王国東方伯軍第五部隊副団長ガゼル・アルドハインツ・ナイトセーバーだ。早々で悪いが魔王の軍勢についての情報が欲しい。」
「傭兵の国の『先触衆』所属第三部隊中隊長のシキシマです。魔王の軍勢についてですか…。いくらで情報を買いますか?」
「相場の二倍出そう。」
「それはまた太っ腹ですね。」
「東方は暫く平和だったものでな、嘆かわしいことに東軍の一部が平和ボケして対応が完全に後手に回っている状況だ。これ以上初動で躓くわけにはいかない。」
「なるほど。では、世間話をしている暇はないようですね。この地図を見てください。」
机に地図を広げて何やら難しい話を始めた。部屋の隅にいる僕の立ち位置からは地図を見ることは出来ない。村の皆と避難する予定なので魔王の軍勢についてなど知る必要も無いので聞き流すことした。
(案内の後、部屋から出るタイミングを逃しちゃったんだよな…何も言わずに出ていくのは流石によくないよな…かといって一介の村人僕が話を中断させられるような雰囲気でもないし…終わるまで待たないとどうしようもないか…)
諦めの境地で部屋のインテリアとなることにした。
「有益な情報に感謝する。」
「いえ、こちらとしてもいい取引でした。」
ボーっとしているうちに話し合いがおわったようだ。シキシマさんも報酬が入った袋をもらい上機嫌であった。
「しかし、情報を精査する限り中央軍の援軍は間に合いそうにない。そこで貴殿らに助力を頼みたい。無論十分な謝礼はさせてもらう。」
「そちらの指揮下に入って戦うという意味での助力ならお断りさせてもらいます。」
「俺も今回はちょいと事情があってな。積極的な参戦は控えさせてもらう。」
「むぅ、貴殿らは他国の所属であるから無理強いは出来ぬな。であればこの村で臨時の兵士を募集するしかあるまいか…。」
逃げそびれたことを心底後悔した。これは臨時の兵士として徴兵される流れだ。
昨日のクソ騎士の横暴とは違い今回の騎士の要請となれば断れる要素がない。一塁の希望を込めてクランさんのほうを見るが笑顔でサムズアップされた。
(これはあれか…僕が強くなりたいと話したから実戦経験のチャンスとでも思ってるやつだろうか?)
数日寝食を共にしてクランが戦う意趣持つ者に対してはわりとスパルタな面があることが見てきたので何となくわかった。助け舟は期待できないようだ。
「恐れながら、あまり若者を連れていかれると村の進退に関わるのですが…」
村長は徴兵に対して消極的なようだ。この嘆願が通され徴兵を免れるかもしれない。
「そうだな…ろくに訓練も受けていない者がいても下手をすれば指揮系統の混乱を招く可能性もある。…ならば弓が使える者に限定しよう。弓兵であれば弾幕を張れれば戦力としても数えらえるし、号令を受けて弓を放つだけなら訓練は最低限で済む。」
他の同年代は徴兵を免れそうだが僕は無理みたいだ。この村でまともに弓が弾けるのは僕とゼフさんを除けば年寄りが数人いる程度だ。ゼフさんは足が悪いので軍の移動にはお荷物にしかならないから免除となるだろう。
こうして僕は戦場へ行くこととなった。
兵士達に連れられて東方砦に到着した頃にはすでに夜になっていた。砦の中には僕と同様に徴兵された若者が数十人いた。
「勇気ある若者達よ、貴殿らの奮闘に期待する。」
なんだか豪華な鎧を着た偉そうな人が形だけの歓迎をした後、炊き出しが用意され砦の周辺で野営をすることになった。
支給される野営道具を取りに行っていると、知った顔が話しかけて来た。
「クラット、お前も来てたのか。」
こいつは隣村に住む狩人で何度か仕事の繋がりで会った事がある。名前は確か…ジャック…いや、タックだったか?もしかしたらロックだったかもしれない。同年代ということもあって何かとつっかかて来るヤツだったが微妙に名前を忘れてしまった。なんにせよ、知り合いが居たのは助かった。僕自身は別に人見知りというわけではないと自負しているが、この状況で知り合いが居るのは精神的にも助かることだ。
「ようやくチャンスが回ってきたぜ。俺はこの戦いで大活躍して成り上がってやる!」
どうやら僕と違いジャックだったかタックだったかロックだったか思い出せない彼はやる気満々らしい。
「まずは、騎士の目に留まり懐刀と認められ騎士団に入団。そこでメキメキと頭角を現し隊長格へ出世。そしてゆくゆくは名誉騎士と認められ貴族の仲間入りを果たしテイルを迎えに行く…完璧だ。」
(こいつもしかして、僕にやたらつっかかて来てたのはテイルに気があったからなのか?だとしたらコイツも…)
まだ非常な現実を知らない彼に優しくしようと思う僕だった。