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傭兵の国群像記  作者: 根の谷行
ロア編
56/104

プロローグ

 傭兵の国には原則、法律という国家にとって当たり前にあるべきものが存在していない。

 もちろん暗黙のルールや禁忌というものは存在するが、厳密には誰がどこで何をしていようが咎められるいわれはない。

 にも拘わらず己の欲望のままに好き勝手をする者がほとんどいないのは、環境の厳しさから協力し合わなければ長生きできないという現実と、道理を弁えた強者が己よりも弱い者達のことを気にかけているからだ。

 だが、一方で自らの刹那的な欲望を優先し強者の目が届かないところで好き勝手する者も存在する。

 故にそういった者達を牽制し叩き潰すことを生業とする『獄卒集』と呼ばれる集団が存在していた。




 その日の移動が終わり、傭兵の国が野営の態勢に入って程なくしたころ狩に出た戦士達が仕留めて放置した獲物の素材を回収すべく多くの『集荷衆』が動き出していた。

『集荷衆』は親を持たず、それでも生きていかなけらばならない子供達が日々の糧を得るために席を置くことが多い集団である。

 故にベテランの『集荷衆』には比較的安全に回収できるテントの近くに残された素材には手を出さず、子供の『集荷衆』に残しておくという暗黙のルールが存在した。


「にぃちゃ!みつけた!あそこにおまんまのもとある!」

「よく見つけたな!えらいぞ!」


 まだ幼い兄弟がテント近くに残されている素材を発見し、早速回収しようと走り寄った。

 二人で協力し合い子供には重い素材を一生懸命に運ぼうとしていると、二人に近づく影があった。


「おう、ガキ共!いいもん持ってるじゃねぇか!重そうだし、おっちゃんが持ってやるよ。」


 その言葉が親切心から出た言葉ではないことは口元に浮かべた薄ら笑いによって容易に見て取れた。


「……大丈夫です。僕達だけで運べます。」

「ガキがオレ様の親切心を踏みにじろうってか!?いいからサッサとそいつをよこしやがれ!」


 怪しさ満点の男の提案を拒否した兄弟の態度が気に障ったのか、男は強硬手段に出ようとした。

 幼い兄弟には抵抗する手段が無く、せっかく手に入れた糧を奪われそうになっているところに第三者が介入した。


「おいおい、糞した帰り道でなんか糞みたいなことしてる糞野郎に出くわしちまったな。」


 そいう言って介入してきたのは明らかに戦闘職の身体つきをした青年だった。


「あんたには関係ない事だろ!引っ込んでろ!」

「おっ!お前、今俺にケンカ売ったな。いいぜ、買ってやる。そこのガキ共、邪魔だからそれ持ってサッサと行きな。」

「待ってくれ!別にオレはアンタにケンカを売ったつもりはない!」

「残念!もう買っちまった。つうか…てめえが最近糞みてぇなことばっかやってんのは調べがついてんだわ。」

「アンタ……もしかして『獄卒衆』か!」

「さぁな。これから行方不明になるてめえにはどうでもいい話だろ。」


 闘いの中で生きる傭兵の国では、ある日突然誰かが行方不明になることぐらい日常茶飯事である。

 こうして今日も人が一人行方不明になったが、多くの人から嫌われいたこの人物のことを気にかける者は誰もいなかった。




 一仕事終えた青年が自分のテントに戻ると、そこには先客の姿があった。


「ようロア!邪魔してるぜ。最近随分と精力的に動いてるみたいだな。」

「ガシュテムか……。最近傭兵の国に来て、環境に慣れてきた馬鹿達が糞みたいなことを思い付き始める時期だからな。お前も少しは動いてくれれば俺も楽になるんだが……。」

「俺も裏でそこそこ動いてるんだぜ?お前は最近派手に動き過ぎだ。俺達は顔が割れると色々やりずらくなるからな。」

「確かにちょっとやり過ぎたかもな…。少し大人しく動くことにする。」

「その必要はないぜ。上からの伝令だ。「ロア、お前は最近派手に動き過ぎて警戒されているから、ほとぼりが冷めるまで外ので任務に当たれ」だとよ。」

「外でも任務?」

「近くに屑プレートがいるって情報が入ったんだとよ。」

「なるほど……屑プレートは野放しにはできねぇな。」


 この会話の数日後、ロアと呼ばれる青年が傭兵の国を旅立った。






 地上よりも遥か上空。

 そこには地上からは見ると雲にしか見えないように偽装された空を漂う島が存在していた。

 その島は、地上の人々からは神がこの世界に降臨した際に起こした奇跡によって創造され、今も神の使徒が住まい地上の人々を見守っていると信じられていた。

 そんな天空に漂う島の一角、神秘的な島には似つかわしくない独房のような部屋に拘留されている囚人が、寝っ転がりながら部屋に備え付けられていた〈聖典〜降臨の書〜〉を眺めていた。


「かつてこの世界に神が降臨した。〈これより先、邪悪なる者がこの世界に現れ生命を狩り尽くすであろう。哀れなるそなた達に慈悲を授けん。〉神はそう告げると地上に七つの聖遺物を齎し、それらは結界となって邪悪なる者達の侵攻を妨げた。人々はこの奇跡に感謝し神を崇めるようになった。……神…ねぇ、胡散臭さが半端ないな。」


 興味無さそうに聖書に目を通していたその者の背には左右で大きさが不揃いの歪な無い翼が生えていた。


「正直、聖書なんて物には何の興味もないが、ここには他に娯楽は無いし睡眠導入には丁度いいかもな。」


 興味がないながらもペラペラとページをめくっていると、囚人は何かに気付いて手を止め格子がついている扉の方へと視線を向けた。

 程なくして何者かが扉の外に現れ扉越しに部屋の中を覗き込んだ。


「寝転がりながら聖書を読むなど…これで最後になるるというのに、我が半身は相変わらず不道徳極まる愚物のままのようだな。」


 訪問者は部屋の中を見るなりそう言って苦言を呈した。


「お前に最後に顔を見に来るような情があったとは驚きだ。」


 囚人は苦言などどこ吹く風で訪問者が来ても姿勢を正すことなくそう返す。

 両者の外見的特徴は非常に酷似しており血縁者であることが見て取れた。

 鏡合わせのような二人だが、決定的に違う部分が一つだけあった。

 それは翼の形。歪な翼を持つ囚人に対し訪問者の方は左右対称の翼の美しい翼を持っていた。


「情などではない。地上に追放となり絶望に歪むお前の顔を見に来たのだ。」

「そいつはご苦労なことで。でも残念ながらオレは地上に行くことに絶望なんてしちゃいない。むしろこれから先の未来にワクワクしてるぐらいだ。」

「強がり…というわけではなさそうだな。同じ血を分けた半身であっても到底理解できない。」

「結局のところオレとお前は産まれる前にたまたま同室だっただけの別々の存在だったってことだろ。」

「……本当は私を恨んでいるんじゃないのか?」

「ん?なんの話だ?」

「産まれて来る時に私がお前の翼を……歪めてしまったのかもしれない。」

「お前、あんな与太話信じてるのか?くだらねー。オレがお前に抱いてる感情は、強いて言うなら哀れみだよ。」

「哀れみだと!それはどういう意味だ!?」

「そろそろ時間だ。面会はここまでとし、罪人を離別の門に移送する。」


 訪問者がその真意を確かめようとするが第三者の介入がありそれ以上の問答はできなかった。






 〈翼人種〉それが神が起こした奇跡によって浮遊するこの島の住人の名前で、地上の人々からは神の使いであると考えられている希少種族である。

 生まれついて翼を持ち飛べることが当たり前の彼等だが、中には生まれつき翼が奇形であったり骨が歪んでいたりして飛ぶことが出来ない者達も存在していた。

 彼等の美に対する評価基準では翼の美しさが最も重要視される。そのため、この島では不完全な翼を持つ者達の立場は弱く醜い存在として扱われていた。

 鎖で繋がれた囚人が連れてこられたのは浮遊島の末端にある柱の囲まれた崖のような場所であった。

 その場所には多くの翼人種がこれから行われる追放の儀を見物する為に集まっていた。

 そんな人々の壁を割って豪華な翼と衣を纏った人物が歩み出た。


「もしお前が完全な翼を持って生まれていたならどれ程良かったことか……。」


 そう言って声を掛けた人物もまた、先程囚人を尋ねてきた人物と同様に囚人によく似た容姿を持っていた。


「くだらねー仮定ってやつだな。そんな便利な物があったならとっくにこんな不自由極まる退屈な場所から飛び立って自由を謳歌してるだろうよ。」

「大いなる存在によって創られた聖地を不自由極まる退屈な場所などと…やはり歪な翼を持って産まれてくるような者は考え方も歪なのだな。」

「その歪な存在を産んだのはアンタだろうがよ。」

「だからこそ私がこの手でお前の事に始末をつけねばならん。とはいえお前も私がこの腹を痛めて産んだ子だ。命までは取らん。翼の封印を行いこの地を永久追放とする。」

「いいね。最高だ。クソみないな翼を捨てるだけで自由が手に入る。安いものだ。」

「地上はお前が思っているほど自由でも楽しい場所でもない。」

「行ったこともければ見たことすら無いだろうに、どうしてアンタにそんなことがわかるんだ?」

「………無駄話はここまでだ。最後に何か言い残すことはあるか?」

「う〜ん……無ぇな。とっととやってくれ。」

「では、……罪人よ中央の陣の上に進みなさい。」


 この会話の後に刑は速やかに遂行され、雲の上から雨でも雪でも雷でもない何かが落ちてきた。

プロローグなので短めです。


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