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傭兵の国群像記  作者: 根の谷行
レリア編
51/105

逃走劇

 森の異変は瞬く間にエルフの里全体を巻き込み、里の住人達は何が起こったのかわからないまま不安そうにしています。

 そんな中を人目を避けるようにして私とサヤさんはひっそりと移動し里からの脱出を試みます。

 本当は来るときに利用した馬車を使いたかったのですが、あの馬車では通れる道が限定されてしまうので逃走経路を簡単に読まれてしまうので使えません。

 サヤさんが先導してできるだけ人の気配が無い道を選んで移動しているのですが、流石に全く人と会わないで移動することはできません。


「おい、あんたらは外から来たヤツラだよな?あんたらは今のこの森のざわめきと何か関係があるんじゃないのか?」


 移動中にエルフの里の住人と遭遇してしまい声をかけられてしまいました。


「無関係ではありませんが今は非常事態なんです。詳しい事情はシゲン様から発表があるはずですから通して下さい。」

「そんな事を言って…お前達が何か悪さをして逃げようとしてるんじゃないのか?納得がいく説明ができないなら通さないぞ。」


 森の騒ぎに乗じて里から逃げるように先を急ぐ余所者の二人組、怪しむなという方が無理な状況です。

 ですが非常事態で私達は一刻も早くこの場を離れる必要があります。

 どうしたものかと思案していると、しびれを切らしたサヤさんが腰の剣に手を添えて戦闘態勢に入ります。


「…通して。」

「おっ…脅しても無駄だぞ!里の危機かもしれないなら俺は命を掛けてでもお前達をここで止める!」


 どうやら逆効果だったようで事態が悪化してしまいました。

 一触触発の空気が漂い出したとき、不意に森の木々の空間が私達の前を開けるようにして広がり道を作り出しました。


「これは…【星零樹】様がこの二人が出ていくのを助けようとしておられるのか?すまない!【星零樹】様の御意志が君達を逃がす事にあるのなら、俺ごときが君達の足を止めるのは許されない。行ってくれ。」


 思わぬ援護が入り事なきを得ました。

 魔導術のような力が作用した感じはしなかったので、人知を超えた不思議な力がこの現象を起こしたようです。

 私達が通った後の道を振り返ると広がった空間はすぐにもとに戻り道を閉ざします。

 ご丁寧に私達が通った道の痕跡も消してくれたようなので、どうやら【星零樹】様も私達が脱出することに積極的に力を貸してくれるようです。


「行きましょう。」

「…うん。」


 私とサヤは再び走り出しました。




 それから暫くは何事もなく順調に進むことができました。

 道中は私達が進む先の木々の間の空間が先程と同じように広がり、進むべき道を示してくれていたので誰とも会うことはありませんでした。

 森の中心からそれなりに離れたところで私達の後を追って来た集団に追いつかれました。


「待ってくれ。我々は敵じゃない。我々はカスケード様からの命を受けて君達を護衛するために派遣された者達だ。」

「カスケード一派の?」

「警戒するのはわかるがまずは話を聞いてくれ。カスケード様は魔王の脅威を重く受け止めシゲン殿達と協力する道を選ばれた。」


 確かに出発する前にシゲン様がカスケード殿に協力するように話をつけてくるとは言っていました。

 ですがシゲン様がカスケード殿の協力を取り付けて、その命を受けて私達を追いかけて来たとしたら行動があまりにも早すぎる気がします。

 それに、現状ではエルフの里の人間は魔王の手駒にされている可能性が否定できません。

 サヤさんも私と同じようにこの人達を怪しいと思っているようで、既に腰の剣に手を添えて戦闘態勢に入っています。


「こちらの護衛は結構です。手を貸してくれくださるならシゲン様の御屋敷の警備をお願いします。」

「そう言われてもな…我々もカスケード様の命を受けてココニ……イヤチカ゚ッタ。」


 途中から一斉に言動がおかしくなり始めました。


「【星零樹】サマノ声カ゚聞コエタノダ。オマエ達ヲ排除シ遺物ヲ回収セヨト。」


 魔王の洗脳を受け手駒とされた人達で間違いなさそうです。

 エルフの里の方々は【星零樹】の意思を尊ぶ宗教観が根強ようなので、そこを利用し自身の声を【星零樹】の意思と偽り信じ込ませ、思考を誘導でもしているのでしょう。

 できれば傷つけずに事を収めたいところですが、相手は微塵も手心を加えてくれそうな気配はありません。


「…秘剣「魔断」。」


 そうこうしていると、サヤさんが先制攻撃を行い一瞬で私達を囲んでいた一団を制圧してしまいました。


「サヤさん!?」

「…殺してはいない。」


 よく見るとサヤさんの攻撃を受けて倒れた方々は血の一滴も流していませんでした。

 どうやら気絶させるだけに留めたようです。


「…まだいる。安心するには早い。」


 ひとまず脅威は去ったと思い安堵しているとサヤさんが警戒を緩めずに警告してきます。

 その言葉通り木々の間からどこか様子がおかしいエルフの方々が次々と姿を表してきました。


「【星零樹】様ノ御意思ダ…。」

「【星零樹】様ノ為ニ…。」


 先程の方々と同じように言動がおかしい事が見て取れます。

 その中の一人が激しい痙攣を起こした後に急に異様な雰囲気を醸し出し始めます。


「先程の攻撃は…私の魔力を斬ったんですか?………そういえばそんな忌々しい技を使える敵がいましたね。この個体の練度はあの時の忌々しい敵程高くないようですが…それでも面倒なことに変わりはありません。」


 忘れもしない異様な雰囲気…あのエルフの体に魔王が憑依したのでしょう。

 その魔王に憑依されたエルフを一番の障害と判断したのか、サヤさんが素早く接近して剣を一閃させて先制攻撃で制圧を試みます。

 魔王が憑依した存在にそう簡単に攻撃が通るとは思っていませんでしたが、私の予想に反してあっさりと攻撃が決まり魔王に憑依されたエルフが崩れ落ちました。

 ですがすぐにその近くにいたエルフが激しい痙攣をし始めて、先程と同じように異様な雰囲気を醸し出し始めました。


「ふむ…魔力を直接斬るこで素体を傷つけずに無力化できる…益々もって面倒な敵。…そうか、戦力として連れてきたにしては随分と若い個体だと思っていましたが、こういう技が使えるから選抜したんですねぇ。これでは憑依体ごときではどうにもならない。」


 サヤさんが呑気に話している魔王に再び迫り、剣を一閃させて憑依されているエルフを気絶させ憑依を強制解除させます。 

 魔王の洗脳を受けたエルフも無限に湧いてくるというわけではないはずですから、このまま数を減らすことができれば魔王の手札を全て潰せるかもしれません。

 そんな風に一瞬希望を抱いたのですが、やはりそんなに簡単にはいかないようです。

 まだ倒し切れていないエルフ達が一斉に懐から禍々しい感じがする短剣を取り出しお互いに刺し合い始めます。

 異様な光景ですが、私は以前もこれと同じよにな光景を見た記憶がありました。

 私の予想通り刺された傷跡からは血の代わりに黒い靄のような物が吹き出し、その靄が集まって形を成してゆき人型を作り出していきます。


「私への対策としては悪くありませんが…残念ながら今回の計画には私もかなりの労力を費やしていましてねぇ。簡単に引くには惜しいのですよ。なので少々本気で相手をして差し上げましょう。」


 そんな声が聞こえた後に黒い靄が完全に晴れ、中からあの時に私を殺そうとした魔王が姿を表しました。

 魔王が動き出す前にサヤさんが先制攻撃を仕掛け魔王との戦闘が幕を開けました。

 私では視認することすらできない一閃が魔王を襲い、防御した魔王の腕が切断されて地面に転がります。


「この密度でも斬らますか………仕方がありませんねぇ。ここで戦力を使いすぎるのは得策ではないんですが、逃げられることの方が面倒です。」


 その言葉を合図にまたもや木々の間から様子がおかしいエルフ達が数人現れます。

 そして先程と同じように禍々しい感じがする短剣を一斉に取り出しお互いを傷つけ合い始めます。

 噴出した黒い靄は魔王の元にどんどん集まっていき吸収され始めます。

 これにより、斬られた腕が再生すると共に魔王が放つ威圧感のようなものが数段上昇しました。

 サヤさんは相変わらずの無表情を貫いていますが、冷や汗をかいているのが見て取れ余裕が無いことがわかります。

 それでも攻めの姿勢を崩さずに再び果敢に剣での一閃を繰り出しました。

 魔王は先程と同じように腕でその一閃を防御したようですが、今度は先程と違い防御した腕を切断することはできませんでした。


「これぐらいの密度になればもう斬ることはできないようですね。では…始めましょうか。」


 本格的に魔王が反撃を開始し激闘の幕が上がりました。

 戦況はサヤさんの劣勢です。

 サヤさんは魔王の攻撃を捌いていますが、反撃で時折繰り出しているサヤさんの攻撃が全く通じていないようです。


「…逃げて!」


 サヤさんの切羽詰まった声が響きました。

 自分では魔王を討伐することが出来ないと悟ってしまったようで、せめて私だけでも逃がそうと声を上げたようです。

 その声に呼応するように私の背後の木々の空間が拡張され道が開かれます。

 このままでは全滅するだけです。私は後ろ髪を引かれる思いのまま現れた道に向かって懸命に走り出します。


「サヤさん…ご武運を!」


 私にできるのはせめてその武運を祈ることだけでした。




 どれぐらい走ったのでしょうか。

 必死で走っていたので既に時間の感覚がわからなくなってしましました。

 現状ではまだ魔王が追ってきているような気配はありません。

 ですが、おそらく時間の問題でしょう。このまま逃げ切れるとは到底思えません。

 体力の限界が近づきスピードを維持できなくなた私はとうとう倒れ込んでしましました。

 逃げ切ることが難しい以上はここから私だけあの魔王を出し抜く方法を考えなければいけません。

 疲れ果てて動かなくなった足の代わりに頭をフル回転させながら必死で対抗策を模索します。

(そもそも魔王はなんで私達の方を追ってきたんでしょう?既にナイーダ嬢を手に入れている、もしくは手に入れる算段が付いているから私達を追ってきた?………………そっか、よく考えたら魔王は最初っからナイーダ嬢を手に入れるのは簡単だったんだ。さっきみたいに手駒にしたエルフが複数いるなら私達がどんな風に動いているのかは把握されてるはず。だからナイーダ嬢をジャドさんの魔導術で転移させて脱出する作戦で、そのために準備が整うまで籠城していることも看破していると考えていい。そのことを前提にして考えるとナイーダ嬢を脱出させる作戦には致命的な穴がある。長距離を連続転移で移動する以上はジャドさんもそんなに多くの人を連れて転移することは出来ない。つまり護衛として一緒に転移してついてくる戦力はほとんどいない。だから単純な話、転移してくる中継場所を一つ特定できているならそこで魔王が待ち構えていればいいんだ。魔王は巣穴から獲物が出てくるのをただ待っているだけでいい。だがら魔王は逃げている私達の方を優先して追って来たんだ。)

 私は完全に上がってしまった息を整えながら更に思考を続けます。

(ここまでの私の推測が正しいなら、魔王はまであのことを知らないんだ。私に勝機があるとしたらその一点しかない。この一筋の勝機を最大限に活かす方法は………。)

 思考を巡らせている内にふと転んだ拍子に地面に広がったある物が目に入り、私は一つの作戦を思いつきました。


「【星零樹】様私の声が聞こえていますか?聞こえているなら一つ、お願いしたいことがあります。」


 私の声に答えようにして木々がざわめきました。

三章のクライマックスのラストバトル開始。

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