四日目
自分という生命の一番深いところ。そこから滲み出る力に形を与える。『獣氣』の場合は己の中を奔放に駆け回る獣をイメージするといい。
昨日の夜にクランさんから教わった『獣氣』を練る方法だ。教わった直後から寝る間を惜しんでなんとか出来ないか四苦八苦しているがいまいち上手くいっていない。
昨日クランさんに『獣氣』を流された結果、なんとなくだが『マナ』だか『氣』だかの感覚はぼんやりとだがつかめている気がする。しかし、それに形を与えるというのが上手くいかない。
(己の中を奔放に駆け回る獣ってなんだ?…兎とかか?…いや、あいつらは隅っこのほうで動かない事の方が多い気がする。じゃぁ、狼とかか?……駄目だ。狼怖は怖すぎてイメージすると動悸がする。)
最近のことで知らぬうちに狼に対し軽いトラウマがでいきていたらしい。
「クラット、何をボーっとしている?」
ゼフさんに声をかけられて我に返った。
今日は昨日のうちにゼフさんが村の人たちに村を放棄して避難することを納得させたので、村人たちの荷造りと収穫可能な野菜の収穫に手を貸していた。
村の外に出る予定がないことに加えて『錬氣』の練習で寝不足ぎみだったため気が抜けていたらし。
「収穫にはまだ少し早い野菜たちだが、しかたがないな。」
今日のゼフさんは弟さんの件を割り切るためか積極的に農作業に参加している。
黙々と作業をしているといつの間にか昼になっていた。
「そろそろお昼ご飯にしない?」
昼食が入ったバスケットを手に幼馴染のテイルがやってきた。
「もうそんな時間か…クラットも昼食にしよう。」
「クラットの分も作って来たから一緒食べましょう。」
二人に誘われて昼食を共にすることになった。久しぶりに和やかな昼食となり心が安らいだ。
「ねぇクラット、あなたの家にいるクランさんってどういう人なの?」
「えっ?クランさん?そうだな…滅茶苦茶強い人…かな。」
「なにそれくわしく。」
娯楽が少ない村なのでこのての話題を知りたがるのだろう。昨日の洞窟での顛末を詳しく話した。目を輝かせて話を聞くテイルについ饒舌に語ってしまった。
「そっかぁ…クラン様ってそんなに強いのかぁ…。」
(あれ?なんかクランさんの呼び方が変わった?)
「ねえクラット!クラン様がどんな子が好みか聞き出してよ。あっ、それと今お付き合いしてる人がいるのかどうかも。」
開拓村は常に危険と隣り合わせの生活だ。伴侶を選ぶ基準に強いかどうかというのも重要な要素ではある。その点クランさんは抜群に強いのでこの反応は理解できる。理解できるが…。
(複雑だ。なんかめっちゃ複雑だよ。)
生まれてからずっと隣にいた幼馴染だが、こんな反応を見るのは初めてな気がする。
こうして、隣でテンション高めに騒いでいる幼馴染の相手を適当にしながら昼休憩は終わった。
昼食後、テイルと別れて引き続き作業を進めているとそれは起こった。
村長の家の方で何やら騒ぎがあった。
「このボクチンが、わざわざお前らのような下々の者の為に見回りに来てやったのだ。深く感謝してもてなすがよいぞ。」
肥満体型の騎士が数人の部下を引き連れて村を訪ねてきていた。こいつらは、定期的に周辺の魔物の見回りと称して村をいびりに来る砦町の騎士だ。
巡回する地域をローテーションしているらしく、真面目で頼りになる騎士が来てくれる事もあるが、ほとんどは権力争いに負けた貴族の成れの果てで、金で買った騎士という役職にしがみついているようなやつばかりである。
「ようこそいらっしいました騎士様。実は最近、周辺の森の様子が可怪しく魔王の出現の兆候であるとの話もあり…」
村がすぐに出てきて対応し始める。
「黙れ!下賎の者共はすぐにそうやって嘘をつき小事を大事と騒ぎ立てる。」
村長の必死の奏上もやはり聞く耳を持たないようだ。初めから見回りという口実で村をいびりに来ているのだから当然なのだろう。
微かな可能性に賭けて引き連れられて来た兵士の方を見るが露骨に目を反らされてしまった。
「本当の事にございます。どうか調査だけでもお願いできませんか?」
村長が必死の奏上を繰り返す。
「ええぃ煩い奴だな。そんなことより豪華な晩餐の用意をせよ。それと…この村には確か若い娘が居ったな。そやつに給仕をさせよ。」
若い娘とはおそらくテイルの事だ。こういう時はふだん女子供を表に出さないようにするのだが、前回村に来た時にでも目を付けらていたのであろう。
隠れて様子を伺っていたテイルが青ざめていた。
給仕に粗相があったとして教育の名目で若い娘に乱暴するのはこいつらの常套手段である。
それがわかっていながら、村の人間にはどうすることも出来ない。
(このままじゃテイルが…)
隣を見るとゼフさんが唇を噛み締めていた。何かのきっかけで飛び出していくかもしれない。
(その時は僕も…)
心の中で覚悟を決めた。
そんな中、堂々とした声がクソ騎士を止めた。
「おいおい、そこのおデブちゃん。そのお嬢さんは今夜俺の槍を磨いてもらう先約があるんだよ。出直しな!」
クランさんが来てくれた。
「なんだキサマは?このボクチンに向かって今なんて言った?」
「脂肪で耳の穴が塞がってんのか?一昨日来やがれって言ったんだよ、おデブちゃん!」
立場の弱い村の住人では貴族で騎士でもあるアイツには逆らえない。
しかし、村人でもなければ弱くもないクランさんには貴族の威光も騎士の戦力も問題にはならない。
「おい、兵士共。あの無礼なヤツを殺せ。」
命令を受けて兵士達がクランさんを囲み始める。
対してクランさんは懐から金色のプレートを取り出して見せた。
プレートを見た兵士達はあからさまに動揺しコソコソとクソ騎士に話しかける。
「まずいです。アイツ傭兵の国の者ですよ。」
「傭兵の国?ただの野蛮人の集まりだろ。ボクチンの誇りを汚されたのだ。かまわないから殺せ。」
クソ騎士は世間知らずなのか傭兵の国の事をなめているようだった。その様子はしっかりとクランさんの逆鱗を刺激したらしい。
「あんたら…やるならわかってるよな。」
ドスの効いた冷たい声が響く。
「こっから先は…殺し合いだぞ。」
殺気が込められた声に包囲していた兵士達の足が生まれたての子鹿のように震えはじめる。
緊張感が高まり周囲の温度が急激に下がったように感じられた。
「なっ、なにをしている早くソイツをコロ…」
何事が命令を出そうとしていたが、途中でクランさんに殺気を叩きつけられてクソ騎士が失神した。
頭が倒れた事でこれ幸いと兵士達がクソ騎士を担いて撤退を始める。スタコラ逃げ帰る兵士達の背中にクランさんが声をかけた。
「おい、魔王の出現は本当だ。早く準備しないと手遅れになるぞ。」
「情報提供感謝します。我々はこれで…」
その後、僕は見たこと無いテンションの幼馴染に絡まれていた。
「なにあれ、なにあれ、なにあれ〜クラン様かっこよすぎる!」
「そうだね。」
「はっ!そういえはわたしって今夜、クラン様のお部屋に行ったほうがいいのかしら!」
「僕の家だから遠慮して?」
「そっ、そうよね。よく考えたらわたしってばまだ自己紹介もして無かったじゃない!」
「そうだね。」
「わたし、決めたわ。頑張ってクラン様にアタックしてみる。」
「頑張ってね。」
決意に満ちた瞳は恋する乙女のそれであった。
この時、昼に感じていた複雑な気持ちはテイルへの好意があったためである事を自覚した。
(そうか…僕ってテイルのこと好きだったのか。あれ?って事は僕失恋した?)
少年はこうして少し大人になった。